作品タイトル不明
26-16 カードゲーム
「ジン、これを見てくれ! 『水銀』だってさ! 珍しいね!」
目録に目を通していたサキが大声を出した。
「水銀?」
仁も驚いた。カプリコーン1では水銀温度計に使っているが、蓬莱島以外で水銀は目にしたことはなかったからだ。
産地が限られているのか、それとも存在自体知られていないのか。
両方かもしれない、と仁は思った。
水銀は、常温で液体である唯一の金属で、硫化物である辰砂や単体である自然水銀として主に産出する。
金を溶かし込み、熱すると水銀だけが蒸発して金が残ることから、古代では金メッキにも使われた。
だがこの方法は有毒な水銀蒸気を発生し、重金属公害の原因となるので、現代では用いられていない。
金属水銀は沸点が高いが、水銀蒸気によって飽和した空気中には、毒性を発揮する数倍の量が含まれるので注意が必要だ。
……と、この程度は、金属を扱う仕事に携わっていた者として、仁も知っていた。
「どんな使い方をされているのだろう?」
危険な使い方でなければいいが、と、心配になる仁であった。
「あと、興味があるのはこれかな。『ミョウバン』だって」
「へえ」
所変われば品変わる、というが、ハリハリ沙漠の西側には、やはり毛色の違った環境が存在していた。
「ミョウバンというと漬け物に入れてナスの色をよくするとか、体臭を抑える効果があったかなあ……」
おばあちゃんの知恵袋みたいな知識であった。
この世界にはアルミニウムが少ないようなので、アルミニウムを含むミョウバンは稀少なはずである。
現在では化学的に合成されているが、近年まで、大分県の別府・明礬温泉などで採掘されていた。
それが、ミツホ内でも採れているらしい。
「染色に使われているらしいね」
服の生地は木綿が主流らしいので、色止めにミョウバンを使っているのだろう、という程度しか仁もわからないが、サキは興味を持ったらしい。
「このミョウバンは是非欲しいね!」
その他、興味を惹かれたのは『エチルアルコール』、『木酢液』などがあった。
「うーん、やっぱり『 賢者(マグス) 』は俺と同郷で、化学系に強い人だったんじゃなかろうか」
ますます気になりだした仁である。
「だけど……」
一つ、矛盾する事があって仁は悩んでいるのである。
「魔法工学と結びつかないんだよなあ……」
シュウキ・ツェツィが、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの関係者だとして、どうにもちぐはぐなのである。
仁のイメージでは、シュウキ・ツェツィが化学系、アドリアナ・バルボラ・ツェツィが魔法工学系。
今の蓬莱島にアドリアナが一人住まいをしていたことから考えると、シュウキ・ツェツィの方が年上の可能性が高い。
ならば父親だろうか? と考えると、それにしては、アドリアナから受け継いだ中に、化学系の知識が少なすぎる、ということを感じるのだ。
「……まだ情報不足か」
パズルでいえばピースが足りなくて、絵が見えてこないといったところ。
「北の地には何か残されているのかなあ……」
やはり北の地が気になる仁であった。
* * *
その夜は穏やかに進む。
夕食を食べて、入浴したあとは、みんなで談笑だ。
「ジン兄、こんなもの借りてきた」
最後に風呂場から戻って来たエルザは、小さな箱を手にしていた。
何でも、ロビーを通り掛かった時、職員の人にこんな遊びがありますがいかがですか、と勧められたそうだ。
で、遊び方を尋ねるのも忘れ、そのまま受け取ってきたという。
「どれ」
仁はその箱を手に取ってみる。
「……花札?」
てっきりトランプかと思ったら、花札であった。
座布団を1枚余計に出し、その上にばらまいてみる。
絵柄はかなり簡略化されてはいるが、やはり花札だ。院長先生に教わって、仁も一通りのやり方は覚えている。
「……だけど、記憶を探って書いたみたいな絵柄だな……」
これも、『 賢者(マグス) 』がもたらした物なのであろうか。
花札は、1月から12月までの季節ごとに主題を変えて絵だけで1〜12を表し、各月はまた、価値の違う4枚からなるという、江戸時代あたりから続く日本のカードゲームである。
(トランプ賭博を幕府が禁じたため作られた、何て説もあったような……)
とはいえ、そんな由来はどうでもいい。目を輝かせているハンナがいるので、遊び方を教えてやらなくちゃ、と、仁は説明を開始した。
「1月から12月を絵柄で分けているんだ。まずはそれを覚えてくれ。1月は松、2月は梅、3月は桜……」
「くふ、なるほど、だから『花』札っていうんだね?」
「ジン兄、8月の坊主と11月の雨って花じゃないけど?」
サキは感心し、エルザは誰でも持つような疑問を口にした。
「ああ、8月は多分『ススキ』なんだ。でも月の方が印象的だろ? 俺の故郷じゃ、月のことを俗に『坊主』頭になぞらえることがあるんだ」
11月は多分柳だが、雨の方が通りがいいから、と付け加える仁。
「俺もそこまで詳しいわけじゃないからな。で、20文、10文、5文、カスとあって、これも覚えてもらわないとけないのだが……」
「うん、覚えた!」
真っ先に覚えたのはハンナだった。ついでエルザとサキも覚えた、という。
「よし、それじゃあ一番簡単な役なしのバカッ 花(ぱな) をやってみよう。これは手七の場六といって……」
仁はルールを説明していく。
「4人の場合、親から順に勝負するしないを決められる。最終的には3人で勝負するんだ。その場合、親が1番最初に札を合わせる権利を持つ。次が中ヤ、最後をビケという」
かなりローカルなルールや呼び方が入っているが、仁は己の知っているルールを皆に教えた。
「山の札を順にめくり、場に出ている札と月が合えば自分の物になる」
「……一度、やってみよう?」
その方が覚えやすいかもと、まずは仁が全員分の手札を見て説明しながら、女性3人が勝負をする、という形で始めた。
「ふんふん、だいぶ分かったよ。つまり、場に手札と同じ月の札があればそれを持って行ける。なければ捨てるしかない」
「……で、山を1枚めくって、そこに出た札でまた場にある札をもらえるかどうかが決まる」
「そうそう。覚えがいいな。じゃあ本番、いってみようか」
「上がり。……えーと、85点」
「ハンナ、花札の時は85文っていうんだ。中ヤの俺が80文でいっぱいだから、ビケのサキが75文で5文負けだな。つまりハンナの『短勝ち』だ」
「ジン兄、『たんがち』って?」
エルザが首を傾げた。
「ああ御免。ほら、5文の札には全部『短冊』が描かれているだろう? それで5文のことを『短』ともいうんだ。だから『短勝ち』」
「……面白い」
「よし、じゃあハンナが親だ、札を切る……混ぜてから配ってごらん」
「うん!」
小さな手には少々持て余し気味だが、ハンナは器用に札を切り、手七の場六でちゃんと配ったのである。
「よーし、今度は負けないよ!」
「……サキ姉、私も負けない」
「俺、降りるわ。女性陣だけでやってくれ」
配られた手が悪い時、勝負を降りる権利は、親から順にビケへ、となっている。親が降りないならその次の位置にいる者が降りる権利を持つのだ。
「よーし、ほらっ!」
「うわー、ハンナちゃんったら、ボクが取りたかった札を持って行っちゃったかー」
「……起きた」
「エルザ、起きがいいな」
起きがいい、というのは、山をめくったらちょうど場にあった、という状態である。
「……今度は私の20文勝ち」
「うーん、次こそは! エルザ、早く配っておくれよ!」
仁たちは時間の経つのも忘れ、花札に興じるのであった。
* * *
「エルザ様、朝です。起きて下さい」
エドガーの声に起こされる。
「……眠い」
エルザは目をこすりながら、のろのろと布団から身体を起こした。
昨夜は夜中過ぎまで花札に興じてしまったので若干寝不足なのである。
「サキ様、起きて下さい」
「……うーん、もう少し……」
隣ではサキが布団を被って2度寝をしようとしていた。
「おねーちゃんたち! 朝だよー!」
夜中にもならないうちに眠ってしまったハンナだけは寝不足にもならず、朝から元気いっぱいだった。