作品タイトル不明
26-15 歓呼の声
全ゴーレムが正常に稼働するようになると、工場はにわかに活気づいた。
「ご注文をどうぞ」
工場長 自動人形(オートマタ) が改めて聞きにやってきた。
「自転車を10台、頼む」
「わかりました」
そこに仁が、更に仕様を追加。
「タイヤは鉄でなく、ゴムで作ってもらいたい」
これで通じるかどうか、ちょっと心配したが、工場長 自動人形(オートマタ) は、この面では十分な知識を持っていたようだ。
「承りました。可能です。ですが、タイヤ用のグッタペルヒャの在庫がまだ十分でないので、お引き渡しは3日か4日後になりますが」
「それでいい。よろしく頼む」
「承りました」
グッタペルヒャは、おそらく、サヤマ湖西部の森で採れるのだろうと思われる。
「 賢者(マグス) はよく知っていたな……」
おそらく仁が言うガタパーチャ、グッタペルカと同じもの。天然ゴムの一種である。
仁は、ドイツのカメラメーカーがカメラの外張りに革ではなくこれを使っている、ということをアルバイト先のカメラ屋で店長から蘊蓄話として聞いていたのである。
蘊蓄的な補足をすると、水中での耐久性を買われ、かつては海底電線の被覆材に使われたこともある素材だ。
こちらのグッタペルヒャは地球のガタパーチャとは少し違うのかもしれないが、改めて仁は 賢者(マグス) の功績に敬意を払ったのである。
「おお、これはすごい!」
首長ヒロの声に、仁は物思いから覚める。
工場は活気を取り戻しており、今はハンドルとフレームが作られているところであった。
地球の工場とは規模も方式も違うのだろうが、アルス式、いや、『ミツホ式』の工場はそれなりに効率が良さそうだ。
「おにーちゃん、あれって、『ぶんぎょう』っていうんだよね?」
ハンナの声。確かに、作業用ゴーレムたちは、金属塊から金属板を作るもの・金属板から金属パイプをつくるもの・金属パイプを必要な長さに切断するもの・切断された金属パイプを成型するもの、などに分かれており、間違いなく分業体制をとっていた。
それよりも驚きなのは、ハンナが『分業』という言葉を知っていたことだ。
「えへっ、昨日、図書館で読んだの」
とあっさり答えているが、ハンナの理解力には驚かされっぱなしである。
ハンドルグリップ、ブレーキパッド、タイヤなど、ゴムを必要とする部品以外が出来上がっていった。
「これでもう大丈夫そうですね」
気が付いたらお昼過ぎ。集まってきた素材の間を飛び回っていたサキを、半ば強引にアアルが引っ張ってきたので、昼食にするため街中に帰ることにした一行である。
* * *
「ジン様、ばんざーい!」
「『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、ばんざーい!」
「……なんだこれ」
街中に戻った仁を待っていたのは、街中の人々からの歓迎であった。
「ジン様は今や救世主、いえ、救世主以上ですから」
「……勘弁して下さい」
専門は技術職で根は一般庶民の仁には少々、いやかなり恥ずかしい。
貴族や王族との付き合いもそれなりに長くなったが、未だに慣れないのである。
急いで通り過ぎたくとも、人力車に乗っている限りは自分の意志で速度を上げることができない。
「ジン様、ばんざーい!」
「『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、ばんざーい!」
むしろ、わざとゆっくり進んでいるような気がしないでもない人力車に揺られ、住民の歓呼の声に送られて、仁たちは迎賓館へと戻ったのである。
「……おなかすいた」
エルザもさすがにげっそりしている。
時間を掛けて戻って来たので時刻は午後1時、少し遅い昼食となった。
迎賓館の中ではミイが気を利かせてくれて、仁たちだけで昼食にしてくれたので、ようやく少し落ち着くことのできた仁である。
「しかしすごいね、ジン。救世主扱いかい」
「俺としては勘弁してほしい」
感心するサキとげっそりした仁。
「一刻も早く北の地へ行きたくなった」
「くふ、気持ちは分かる」
「ジン兄、明日、行けそう?」
「エルザ、この様子じゃそれは無理じゃないか? 明後日になるんじゃないかな?」
サキが冷静な判断を下す。
「うん、あした一日あれば、図書館の本、だいたいよめる!」
ハンナが無邪気とも取れる宣言をするが、その内容は驚くべきことだ。
もちろん、興味のある分野の本を読破できる、という意味であろうが、それにしてもすごい。
「ハンナ、本を読むのもいいが、明るさや姿勢に気を付けろよ? 目を大事にな?」
「うん、おにーちゃん」
仁の注意に素直に頷くハンナ。アアルも口添えする。
「ジン様、図書館の中にある閲覧所は明るさも十分です。机と椅子も完備されていますので、ご心配には及びません」
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「おーいジン、ボクの目の心配はしてくれないのかい?」
サキが拗ねたような顔をする。
「いや、サキは十分懲りていると思ったんだが……」
「ジン兄、サキ姉がそうそう懲りると思う?」
何気にエルザがひどいことを言っている。
「あ、あはは」
乾いた笑いで誤魔化すサキ。
「そ、そういえばね、ジン。図書館の本だけど、少し傷んでいる本があったんだ。直せるかい?」
「本が? ……ふーん……」
仁はちょっと考えて見た。本の管理、保存、修理、そして複写を専門とするゴーレムがあれば……。
そこへ、ミイとその祖父、首長ヒロがやって来た。何か手に持っている。
「お食事はお済みですかな」
仁たちはちょうど食べ終わり、食後にほうじ茶を飲んでいるところだった。
「ジン様には感謝してもしきれません、こんな陳腐な言葉しか出て来ないのをお許し下さい」
「いや、許すも許さないも……」
「ささやかではありますが、まずはこれをお納め下さい」
手にした四角いものをヒロが差しだした。反射的にそれを受け取る仁。
「これは……」
それは、仁をミツホ国の『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』として認める、という内容が刻まれた金属板を額に入れたものであった。
金属板の色は金色。メッキか、金無垢か……。手に伝わる重さからすると、どうも金無垢のようではある。
「あ、ありがとうございます」
「本当は、全住民の前で大々的に発表したかったのですが、このミイが強く反対しまして……」
「……ありがとう」
仁はミイに向かって礼を言った。
「ほら、言ったでしょう? ジン様は仰々しいことがお嫌いなのですから。いくら私たちの気持ちだからと言って、押しつけはよくないわ」
短い付き合いだが、ミイは仁の気質を慮ってくれたようである。
「それで、こちらが素材の目録です」
小冊子も手渡された。もちろん『木紙』なので皮紙より薄く、軽い。
「ありがとうございます。目を通させていただきます」
受け取って、サキに手渡す。サキは早速それを開き、熱心に目を通し始めた。
「それでは本日はこれで失礼します。何かございましたらミイにお申し付け下さい」
首長ヒロは一礼して下がろうとした。そこに仁が声を掛ける。
「あ、待って下さい。ちょっと相談が」
「なんでしょうか?」
そこで仁は、図書館の本を管理、修理、そして複写するゴーレムのことを説明した。
「なんですと! そういうゴーレムをお作りいただけるのですか!!」
首長ヒロは目を輝かせた。
「ええ。その代わり、図書館の本について、必要な分を記憶させて下さい」
「記……憶……?」
ヒロは、その意味を測りかねたようだ。
「ええ。この礼子でしたら、流し読みするだけで内容を読み取ってしまえますから」
「なんと……!」
本を読み取る代償に、書籍管理ゴーレムを贈る。これが、先程思いついた仁の計画だった。
「ゴーレムをいただけずとも、お読みいただくことに問題はないのですが、作っていただけるなら、是非お願い致します!」
「わかりました」
こうして仁は、正式に本の内容を読み取る許可を得たのであった。