作品タイトル不明
25-24 自動車普及計画
エルザ用の軽自動車は日暮れ前に完成し、真っ暗になるまでエルザは嬉しそうに乗り回していた。
そして夕食の後。
「うーん……」
「ジン兄、また悩んでるの?」
風呂から上がってきた仁が唸っているのを聞きつけたエルザは、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ、昼間、危険性に気が付いてしまってさ」
「危険性?」
「自動車事故だよ」
ラインハルトが自動車を急発進させたのを見て気が付いたのだ。
現代日本でも、特にオートマチック車におけるアクセルとブレーキの踏み間違い事故が起こっていた。
このアルス世界は、道幅も狭く、交通法規などまったくない。いきなり自動車を普及させたら、人身事故が多発することは容易に想像できた。
急すぎる変化は、危険をももたらす。
この世界に交通戦争を持ち込みたくはない。
「……確かに」
「だろう?」
それだけ言うと、また仁は悩み始めた。そして今度はエルザも一緒に考え始める。
「……事故を減らすにはどうすればいいか、ではなく、なぜ事故が起きるか」
エルザが切り口を変えた提案を口にした。
「なるほど」
その発想は無かった、と仁も、頭を切り換えることにした。
「やっぱり、なんといっても速度の出し過ぎだろうな」
速度が出ていなければ反応が間に合った、とか、ダメージが少なかったろう、という事故は多い。濡れた路面でのスリップにしても同じだ。
「……それは制限を掛ければ何とかなると思う」
エルザの言葉に、仁は反論する。
「だけど、自動車の利点を捨てることにもなりかねない」
移動速度というのは近代社会での重要な要素なのである。
そこで、速度については保留とし、他の原因を考えてみることにした。
「やっぱり操作ミス?」
「そうだな。人間が運転する以上ミスは必ずあるしな……そうか! 運転手だ!」
高級自動車といえば運転手。馬車には御者。
ゴーレムの運転手をセットにすればいいのではないか、と仁は考えたのだ。
運転に習熟させる意味での自動車教習所は、まだとてもではないが現実的ではない。
「……うん、いいかも」
エルザは賛成してくれた。そこで仁は、老君にも意見を聞いてみる。
『そうですね、それなら事故は防げると思いますが、普及の妨げになってしまうというデメリットが考えられます』
老君の言い分も分かる。ただでさえ自動車は高価になるだろうと思われるのに、更に高価になる要素としてゴーレムの運転手をプラスするのだから。
「ご主人様、そもそも何のために普及させたいのか、再考なさったらいかがでしょうか?」
「いろいろな角度から考察されるのがよろしいかと存じます」
その声に振り向くと、青髪の 自動人形(オートマタ) 、ロルとアンが立っていた。
2体は、仁の系統ではないので、違った考え方の意見を得られるだろうと、老君が呼び寄せたのである。
『どうせなら『太白』とレファも参加させましょう』
ということになって、崑崙島を統括する『太白』は 魔素通信機(マナカム) で。レファは 転移門(ワープゲート) で蓬莱島へやって来た。
「大袈裟になったな」
などと仁は言っているが、この状況を楽しんでいるようだ。
「事故は絶対に起こしたくない。……少なくとも、今現在、馬車で起きている事故数より少なくしたい」
自動車事故で親を亡くした、家族を亡くした、等と言う事態は、仁には絶対許せないのである。
「そうなりますと、街中での利用を制限する必要がありますね」
レファが即座に反応した。
《急速な普及は軋轢を生みますよ、 御主人様(マイロード) 》
これは太白だ。仁はその意見を噛みしめてみた。
「たしかにな。いきなり馬車が無くなったら、御者が失業するし、馬の流通にも影響があるだろうしな」
『 御主人様(マイロード) 、その通りです。最初は貴族の玩具でもよろしいかと』
「そうだなあ。速度も街中なら時速15キロくらいで十分だろうし」
「ジン兄、バンパー、だっけ。そういった材質にも気を配って」
エルザが提案したのは、現代地球の自動車でも行われている。
昭和中期くらいまではクロームメッキした金属バンパー(クロームの光沢が持て囃されていた)だったが、プラスチックやゴムのバンパーに変わっていった、と仁は院長先生から聞いたと記憶している。
とはいえ、それは必ずしも真実ではない。空気力学的な、またデザイン的な理由もあったし、日本と欧米では法律などの規制も異なっているからだ。
だが、安全面からいって、衝撃吸収素材のバンパーは悪くなかった。
《いずれは、魔導頭脳で統括制御するのもよろしいかと存じます》
太白らしい意見である。
「そうするとゴーレムエンジンの供給についても考え直しか……」
「ジン兄、それは、仕方ない。そもそも、急ぎすぎ」
思いつきで行動すると思わぬ事故を起こすことがある。今回は未然に防げたということで、良しとしなければならないだろう。
「と、なると、自動車について考え直す必要があるな」
《どういう経緯で自動車をお作りになるのですか、 御主人様(マイロード) ?》
太白からの質問に、仁は少し言葉に詰まる。元々、『作ってみたい』という思いに明確な理由はないのだ。
そして作ったからには使いたい。それも、堂々とミツホへ行ってみたい。
そのためには、その技術が一般化していないと目立ってしまう。
と、おおよそこういう流れが仁の頭の中で出来上がっていたのであるが。
それを説明すると、まず老君が意見を出した。
『 御主人様(マイロード) 、まずは『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』の新作として公表されたらいかがですか』
「それはいいが、その後はどうなるかな? 同じ物を欲しがられたりしないかな?」
仁としてはそういう要求をされると対応に困るのである。
『ですが、馬車はアーネスト王子に作って差し上げてましたよね?』
「ああ。とはいえ、1割程度の性能しかないが」
「ごしゅじんさま、その方向性でよろしいのではないでしょうか?」
今度はアンからの意見である。
「ごしゅじんさまがお作りになったゴーレムエンジンも、もっと性能を落とされれば」
「確かにな」
直結で自動車を悠々動かせるようなエンジンにしてしまったが、もっと非力にし、歯車で減速するのも手かもしれない、と仁は考え始めた。
そうすれば、歯車というもう1つの高度な部品が必要となり、おいそれと真似はできないだろう。
(あの時は苦労したしな……礼子にも怒られたし)
歯車を作り上げるのに苦労したことを思い出す仁であった。
「それ、いいと思う。最初は玩具みたいなもので」
エルザも賛成した。
「地下で見つかった金属、『オリハルコン』でしたか? 青銅とよく似ていますから、ご主人様のものはオリハルコンで、贈るものは青銅でお作りになることを提案いたします」
これはロル。強度が段違いであるから、出せる力もおのずと桁が違ってくるだろう、ということだ。
「その上で、専任のゴーレム運転手を必要とするようにされればよろしいのでは」
レファも意見を述べた。
「そういう方向性か」
当初の、自動車を普及させる、という方針からはかなり外れてしまったが、太白に言われたように、急激な変化は軋轢を生む。
普及は時間を掛けてじっくりと行えばいいのである。
「まずは様子見、か」
ちょっとだけ落胆した様子の仁を見て、礼子が慰めを口にする。
「お父さまは、こちらの世界で、短期間に多くのことをなされました。それは他の誰にも真似できないことです。今回の自動車も同じです。これ以上急ぐことはないと思います」
「そう、か。そうかもな。……ありがとう、礼子」
仁は礼子の頭を撫で、礼を言った。礼子はこの上なく嬉しそうな顔をしていた。
こうして、あらためて自動車普及計画が練られていく。
現実に、予定通りに事が運ぶことは少ないだろうが、それでも無計画よりは余程いい。
1番の目的は、自動車を使ってエルザたちとミツホへ行くことで、普及は2番目以下となる。
今回作った自動車は、使用を蓬莱島限定とする。
「よし、普及品については明日作ってみよう」
おおよその計画が決まったのは夜遅くであった。