作品タイトル不明
25-23 自動車製作
将来の問題はさておき、仁は今最もやりたいこと……自動車製作に取りかかることにした。
「ジン、なにやってるんだ?」
ちょうどそこにラインハルトがやって来た。執務が終わり、息抜きに来たらしい。
「ほら、この間ちょっと話をした、自動車を作ろうとしているんだよ」
仁が簡単に説明すると、ラインハルトは目を輝かせた。
「それはいいな。僕も1台作ってみたいんだが」
「ああ、いいかもな」
まずはショウロ皇国でお披露目するつもりであったし、仁だけでなくラインハルトも作れるということで、特殊性が緩和されるかも知れないと目論んだのだ。
「で、どんなものにするんだい?」
ラインハルトの質問に、仁は概念図を広げて見せた。『木紙』に書かれた図面である。
「お、これは木紙だな。……で、ふんふん、ジンの馬車に似たデザインで、もちろん馬はなし、か。なるほど」
最初期の自動車は『ホースレスキャリッジ』と呼ばれたこともあるらしいことを、仁は昔、模型自動車の本で読んだことがあった。
『ホースレスキャリッジ』、つまり『馬なし馬車』。今の各国に受け入れやすいデザインということで仁は採用したのである。
「でも、ジンのことだから、中身はとんでもないんだろう?」
その言葉にエルザがちょっと眉を動かした。
「はは、そうでもないさ。材料にはいい物を使うが擬装するし、性能も抑えておくつもりだから」
そうしないとおおっぴらに乗り回せない、と仁は笑った。
「ふん、それならいいかな」
ということで、仁とラインハルトは自動車製作に取りかかった。
まずはシャーシー。シャーシ、シャシ、フレームともいう。要は車の基礎部分だ。
ここにエンジンやミッションが乗り、最終的にはボディも乗ることになる。
「これは梯子状にする」
これをラダーフレームと呼び、悪路を走るような車には適した構造である。
それ以前に、自動車を製造する上で、作り易いという理由が大きいが。
剛性……変形しにくさよりも、頑丈さ……壊れにくさを主眼に置き、仁はクロムモリブデン鋼を採用した。
錆びにくく、粘りのある特殊鋼である。
並の技術者には、ただの炭素鋼と見分けがつかないだろうからというのも採用する理由だ。
ラインハルトも、仁が用意した同じ材質を使う。
この際、ある程度、大きさに関する規格化も念頭に置いておこうということで、6人乗りを前提に決定したサイズである。
エンジンも同じ素材にする。
「これは面白いな」
さすがラインハルト、エルザに手伝ってもらいながらとはいえ、初めてのゴーレムエンジンを危なげなく作り上げていった。
問題はタイヤ……車輪である。チューブ、バルブといったものは作るつもりはないので、鉄のホイールに木製の車輪を嵌めたものを当面は標準とする。
ここからオールゴム製のタイヤ、チューブタイヤ、チューブレス……と変わっていけばいいな、と仁は思っている。
が、まずは第一段階、木製タイヤからということで材質の選定に入る。
日本で『樫の木』というと硬くて丈夫な木、というイメージがあるが、硬度的には樫はそこまで硬くはない。むしろ、柿の木の方が硬いかもしれない。
だが、粘り、弾力を含めた丈夫さという意味では、まさにトップクラスの木材である。
古墳から発掘された『修羅』という古代大型木橇に樫が使われており、巨大な石材を運搬していたらしい。
因みに、大きな石、つまり『 大石(たいしゃく) 』を動かす、という意味で、 帝釈天(たいしゃくてん) と戦う 阿修羅(あしゅら) から取って『修羅』と名付けたという説がある。
閑話休題。
そんな樫の木の強靱性を使い、この材を車輪に使うこととした。
直径は50センチ、車輪の巾は5センチとする。
「左右に曲がるためにはこういう仕組みにするんだ」
「ブレーキが必要だ」
「サスペンションはゴーレムアームだ」
等と、ラインハルトとエルザに説明をしつつ、仁は自動車を仕上げていった。
仁としても、蓬莱島専用自動車や特殊車両は以前作ったものの、『乗用車』ということになると模型自動車以上のものは作ったことがないので、黎明期を思わせるクラシックカー然としたデザインは似合っていたと言えよう。
礼子、エドガー、そして 職人(スミス) 5体の手伝いを受け、夕暮れ近く、試作1型の自動車2台が完成した。
今回の自動車は一般公開を前提にしているため、途中で抜けているものに気が付いた仁が更に追加する、ということを3度ほど行ったせいでもある。
「出来たな」
「ああ」
仁とラインハルトは、自動車を研究所前までゴーレムに運ばせ、いよいよ試運転してみようと勢い込んで乗り込んだ。
万が一に備えて。仁の隣には礼子、ラインハルトの隣にはエドガーが乗りこんでいる。
とはいえ、陸の上を走る自動車であるから、大きな危険があるとも思えなかったが。
「よし、行こう」
まずは仁が 徐(おもむろ) にアクセルを踏み込んだ。
エンジンと名が付いているが、ゴーレムエンジンの特性はフラットで、トルク(回転力)は回転数に依存しない。
また、アイドリング(暖機運転)も必要無いし、停止状態からの起動もスムーズである。レバースイッチ1つで逆進も可能だ。
アクセルの踏み込みに応じ、試作車はゆっくりと走り出した。勤め先で小型特殊車両……通称『ターレー』等も運転『させられた』ことのある仁は、それなりに危なげなく運転できていた。
「よし、僕も」
それを見たラインハルトもアクセルを踏み込む……が、少々強く踏み込みすぎたらしい。
ラインハルトの乗った試作車は土を巻き上げ、一気に加速した。
「う、うわあ!」
その加速により身体がシートに押しつけられることで、アクセルを踏む力が弱まり、なんとかラインハルトはコントロールを取り戻すことが出来た。
「ふう、びっくりした」
その様子を見ていたエルザも負けず劣らず驚いていた。
「ライ兄、もっと慎重に!」
珍しく大声で注意を呼びかける従妹に、ラインハルトは苦笑しながら手を振った。
「あー、慣れてないと危ないな」
仁は対策を考えてみる。アクセルレスポンス(応答)が良すぎるのも考えものだ。
「流体クラッチ……か」
トルクコンバーターはこの発展型で、オートマチック車などに使われている。
「でも構造よく知らないんだよなあ……」
試作から入らないと実用は難しそうだ。ということでもう1つの案を出す。
「制御……だな」
仁が考えたのは、アクセルの踏み込みとエンジン出力が正比例するのではなく、踏み込みが少ない時はより低出力で、踏み込みが大きくなると、ぐんと出力を上げるようにしたらどうかということだ。
オーディオのボリュームがこれに近い。直線ではなく『対数変化』で抵抗値を変え、聞く者の耳に滑らかな音量変化を感じさせるようになっている。
これは 制御核(コントロールコア) を少し弄ってやればいいので、すぐに終わる。
とりあえずの対策である。最適値はまたあとで実験して求めればいい、と仁は考えた。
「ラインハルト、今度はもう少し乗りやすくなってるはずだ」
「お、おう」
今度は、注意していたこともあり、危なげなく発進することができたラインハルトである。
それから15分、仁はもちろん、ラインハルトも運転に習熟した。何せ、遊園地のゴーカート程度の操作性であるから、慣れるのも早い。
「エルザ、乗るか?」
「ん」
前庭を一周してきた仁は、エルザを誘った。喜々として乗り込むエルザ。だが。
「……え?」
「……?」
エルザは運転席に乗り込もうとしたのである。
「運転、してみたいのか?」
「うん」
そういえば、ポトロックでのゴーレム艇競技でも操縦者を務めたんだっけ、と昔を思い起こした仁は操縦席を譲った。
「ありがとう」
エルザの知識にも、アクセルで加速、ブレーキで減速。ハンドルで左右に曲がる、といった自動車の運転に関する基礎くらいはある。
「アクセルを踏みすぎるなよ」
との仁の忠告だけで、エルザは自動車を易々と運転して見せたのであった。
「僕よりうまいな」
とはラインハルトのセリフ。
「ボートレースに出ただけのことはあるな」
加減速のコツのようなものを身体で覚えているということだろうか、と仁は思った。
こうした機械類の急激な操作は基本的に厳禁である。そういった加減をエルザは知っていたということだろう。
「エルザ専用の小型車も作ってみようか」
「え、作ってくれるの?」
エルザは驚いたような顔をし、次いで嬉しそうに微笑んだ。やはり乗り物好きなのだろう。
「ああ」
仁が考えているのは軽自動車。つまり4人乗りだ。
今回作った6人乗りが普通車なら、軽自動車は4人乗り、と仁は考えたのである。
そしてこれが、このあとに続く自動車の規格の元となっていくのである。