作品タイトル不明
25-22 エンジン製作
婚約の儀もなんとか滞りなく終え、仁はロイザートの屋敷に戻った。その夜は久しぶりにのんびり過ごす。
やはり婚約者の実家、というのは緊張するものなのだ。
そして翌日、27日。
いよいよ自動車計画を始動させるべく、エルザと共に蓬莱島へと移動する仁であった。
* * *
蓬莱島の研究所、仁の工房で、仁はまず概略を考え始めた。
が、まずそこで詰まってしまった。
「うーん、どうするか……」
「ジン兄、どうしたの?」
珍しく、仁が悩んでいるようなので、気になったエルザは声を掛けてみる。
「ああ、エルザ。ちょっと、自動車について考えていたんだ。……聞いてくれるか?」
「ん」
考え倦ねたとき、人に話を聞いてもらうことで、新たな道が見つかることがある。
エルザは仁の対面に座って話を聞くことにした。
「まず前提から話すと、『コンロン2』があるだろう?」
「うん」
「あれは、外見と中身が一致してないんだよな」
それにはエルザも同感である。
「それから『シャーク』。あれも、縛りを付けて作った船だった」
「うん」
「……で、自動車なんだが、これにもそういう縛りというか、外見と中身が一致しないようなものにしようと思っているんだが」
「うん、それは賛成。いいと思う。でも、それで悩んでたの?」
エルザとしては、どこに悩みどころがあったのかわからなかったのである。
「ああ、だから前置きなんだよ。コンロン2のときは熱気球を配ったけど、今回もそうした方がいいかな、と思ってさ」
「自動車を、配るの?」
だが仁は首を振った。
「そこで悩んでいるんだ。今のところ、『ゴーレムエンジン』にするか、『簡易版自動車』にするか、の二者択一なんだが……」
そこへ礼子がシトランジュースを持ってやって来た。
「お父さま、あまり根を詰められても身体に毒です。少しお寛ぎ下さい」
「ああ、ありがとう、礼子」
ジュースは2人分あったので、エルザもお相伴にあずかった。
「……美味しい。……で、私の意見、言っていい?」
「もちろん」
「エンジンを支給する、で十分だと思う」
ゴーレム自体は既にある技術だし、エリアス王国ではアローにペダルを漕がせて回転運動を作り出している。
ゴーレムエンジンを誰かが開発してもおかしくはない状況である、とエルザは纏めた。
「なるほど。そういう考えもあるか……」
納得して頷く仁。エルザは、シトランジュースを飲み干すと、思い出したことを口にした。
「ところで、ジン兄の馬車、あれだって、確かゴーレム馬がいなくても走るんじゃなかった?」
「えっ? あ、あー……そうだったそうだった」
そんな仁をエルザはわざと睨むような顔をしてみせる。
「ジン兄のいけないところは、作ったら作りっぱなしなところ」
「うーん、心当たりがありすぎて反論できない……」
仁もシトランジュースを飲み干し、苦笑して見せた。
「でもそうか……馬車……うん、デザイン的にはクラシックカーにしてみるというのがよさそうだ」
デザイン的に、あまりにもこの世界の標準とかけ離れたものを作ると、かえって使いづらいと言うことを、仁もようやく学んだらしい。
「まあ、空を飛ぶ必要はないんだからな」
院長先生のビデオコレクションにそういう洋画があったような気のする仁だが、今回は真っ当なものにしようと……『その時点では』思っていた。
その日は、時差の関係もあって1日が短かった。
仁は、残りの時間を、構想を練ることに費やしたのである。
そして本格始動したのは28日からだ。
「まずはエンジンを作る」
「ん」
「はい、助手はお任せください!」
「何を用意しますか?」
仁は、エルザと礼子、エドガーらと製作に取りかかった。
「各国にサンプルとして贈る物からにしよう。材質は鉄だ。正確には炭素鋼」
そこで礼子に、鉄の塊を200キロほど用意してもらった。そこに、空気中の二酸化炭素から分離した炭素を加え、炭素量0.5パーセントの炭素鋼を作った。
「構成は2気筒……じゃなく2連」
構造としては、脚でペダルを踏むイメージなので、2連が基本となる。
ガソリンエンジンのシリンダーヘッドに当たる部分に股関節が来て、ピストンは脚、クランクシャフトはペダルというわけだ。
「大きさは、そうだな、実用的なところで、高さ50センチくらいにしよう」
この大きさだと、減速機無しで馬車を動かすことができるだけの力が出せる。
「 魔法筋肉(マジカルマッスル) は標準……いや、それじゃまずいか。確か、 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) の革があったから、あれを使おう」
以前、エリアス王国南端のポトロックで出会った魔物。蓬莱島周辺にもたまにやってきて付近の魚を捕食している。
その中で、タツミ湾にまで入って来たものに対しては、魚を養殖している生け簀を破られないよう、退治している。その素材である。
説明を兼ねて、まずは仁が1台作ってみせることにした。
「わかった。面白そう」
「構造は簡単だけどな。重いから、エドガーにしっかりと保持してもらうんだぞ?」
「うん」
今回の軸受けには砲金、つまり銅に錫と若干の亜鉛を添加した合金だ。
最後に、シリンダーヘッドの天辺、ガソリンエンジンで言えばプラグが取り付けられる部分に 制御核(コントロールコア) をセットし、制御用の導線で繋いで完成である。
こうして、解説しながら、約1時間掛けて、2連ゴーレムエンジンが完成した。
「さあ、作ってみてくれ」
「やってみる」
わからないところや難しいところは仁がそれとなく指導しながら、およそ2時間掛けてエルザもゴーレムエンジンを完成させた。
「いい出来だ」
「ありがとう。ジン兄のおかげ」
等とエルザは言っているが、仁は手を貸してはいない。最後まで指摘するだけに留めたのだから。
「お昼まであと1時間弱、か。もう1台作れるな」
「うん」
ということで、今度は仁に見てもらうことなく、前の半分、1時間でエルザはエンジンを完成させた。
その間に仁は3台のエンジンを完成させていたが……。
「ジン兄を見ていると、いつまで経っても自信が持てない……」
とは、そんなエルザの心情吐露であった。
出来上がった6台のゴーレムエンジンは、それぞれクライン王国、フランツ王国、セルロア王国、エゲレア王国、エリアス王国、そしてショウロ皇国へと贈る予定だ。
「ご主人様、無償で、というのは考えものです」
工房を掃除しにやって来た青髪の 自動人形(オートマタ) 、ロルが諫めてきた。
「推測いたしますに、かなり、いえ、世界にまたとないほど貴重な 魔導機(マギマシン) かと思います。何らかの対価を要求した方がよろしいかと存じます」
「ジン兄、私もそう思う」
「うーん、そうか」
仁には、己自身の技術の価値をどうしても正確に見積もれないところがある。そこを指摘してもらえるというのはありがたい、と仁は思った。
「じゃあ、どうするか……」
「お金でもらうのはよした方がいい」
「それはわかってる」
エルザに言われずとも、仁はお金を使う機会が極端に少ないのだ。
蓬莱島は自給自足出来るため、欲しいものはほとんど作れる。だからといって、貯め込んでばかりだと経済を冷え込ませることにもなりかねない。
「素材か……」
「ん、それならいくらあってもいい。古くなっても価値は変わらない」
万が一、素材が不足するような未来が来たら放出することもできるだろう、とエルザは付け加えた。
「蓬莱島で採れない素材もいいかな」
琥珀、石灰石などは蓬莱島では産しない。とはいうものの、石灰石については海底で見つかってはいる。
それから、以前にも出たが、銅の産出量は比較的少なめだ。とはいえ、銅、黄銅、白銅、青銅など、銅と銅合金の用途は多くないので問題はない。
『 御主人様(マイロード) 、琥珀は、宝石としてはいいでしょうけれど、あまり魔法工学では使いませんね。それならやはり銅の方がよろしいかと』
老君までが参加してきた。
「うーん、そうなんだよな」
「……土地を借りて、そこで何かをする、というのは?」
エルザが何かを思いついたような顔で提案してきた。
「何か?」
「ん。例えば、鉄道を敷く。学校を作る」
「ああ、そういう方向性もなあ……」
鉄道馬車、というのもあったと仁は思い出した。
夢は広がるが、すぐに実現できるとも限らない。
まだ未来は霧の中である。