作品タイトル不明
25-19 婚約の儀
「これは素晴らしいなあ、ジン!」
振り向くとラインハルトが立っていた。ベルチェから話を聞いたので飛んできたらしい。
「ふうむ、お嫁にもらう相手の似姿を彫像もしくは塑像にして贈る、か。これはいい! 僕もそうすべきだったよ!」
そのアイデアと、像の出来映え、双方をラインハルトは絶賛する。
「それにしても、これはガラスかい? だとしたらものすごく高価なものになるな」
ガラスの歴史は古いが、色ガラスというものは基本的に流通していない。
以前ラインハルトやエルザと訪れた教会にステンドグラスがあったが、今の技術では再現できない、と言われていた。
今のアルスでは、不純物によってたまたま発色したガラスが色ガラスとして流通しているだけなのである。
「顔もエルザにそっくりだ。この色が何ともいえない」
「ライ兄、恥ずかしいから、あまり見ないで」
像とはいえ、自分そっくりな顔をまじまじと見つめられてエルザは頬を染めていた。
「はは、わかったよ。……ジン、これを婚約記念の贈り物にするんだな?」
「ああ、そうさ。で、ラインハルトには……」
「皆まで言うな、任せておいてくれ」
胸を叩くラインハルトであった。
* * *
午後3時少し前、軍人らしく、やや早めの時間にフリッツがやって来た。
「ジン殿、エルザ、お願いする」
「お待ちしてました。こちらです」
仁も既に仕度は済ませているので、フリッツを屋上まで連れて行った。
エルザが、『兄様にお茶を出してゆっくりする必要はない。すぐ実家へ連れて行った方が喜ぶ』と言ったのでそれに従った形だ。
「はは、ジン殿は分かっているな! 俺は行くとなったらすぐに行きたいからな」
笑いながら階段を登っているので、エルザの助言は正しかったのだろう。
屋上にはエルザとエドガーが待っていた。エルザは正装としてのドレスを着ている。
因みに仁は『崑崙君』としての正装、つまりアルス風にアレンジした背広姿である。礼子は従騎士のマントを羽織っていた。
「待たせたな、行こう」
「フリッツ様、こちらへ」
フリッツはエドガーに案内されて『コンロン2』に乗り込んだ。仁とエルザもそれに続く。
「空を飛ぶのか、楽しみだ」
窓際の席に座ったフリッツ。顔つきからしてわくわくしているのが見て取れた。
「では、行きます」
仁が声を掛けると、バトラーDが係留索を解き放ち、『コンロン2』は浮かび上がった。今日の操縦はリリーである。
「おお、飛んだ!」
子供のようにはしゃぐフリッツ。やはり空を飛ぶ、ということは人類にとって永遠の夢なのだろう。
ロイザートからエキシの町へは直線距離で40キロそこそこ、『コンロン2』は20分足らずで到着した。
着陸したのはエキシの町外れ、フリッツとエルザの実家までは目と鼻の距離にある草地だ。
「もう少し乗っていたかったがな」
そんな軽口を言いながらフリッツは下船した。
そこには馬車が2台駐まっており、横にはラインハルトが立っていた。
彼がいる理由を察したフリッツは笑みを浮かべる。
「おお、ラインハルトか。……なるほど、お前が仲介人か。確かに適任だな」
「フリッツ殿、ご無事でのお帰り、お喜び申し上げる。どうぞお乗りください」
かしこまった態度のラインハルト。どうやら、もう仲介人としての役割に入っているらしい。それが証拠に、仁とエルザに向かっても固い言葉で話し掛けてきた。
「ジン殿、お荷物は後ろの馬車へ。貴殿と婚約者殿はこちらへ。レーコ媛もご一緒にどうぞ。エドガーは荷物を守ってもらえると助かる」
「お気づかい、感謝します」
仁もその空気を察して、言葉づかいを合わせた。贈り物は言われたとおり、後ろの馬車に乗せ、エドガーに管理してもらう。
布に包んであるが、万が一の事があるといけないからだ。
そして2台の馬車は走り出す。といっても、ゆっくり5分も走ればエルザの実家である。
中でラインハルトは、仁に簡単な心構えを説明し、
「大船に乗った気でいてくれ。……あ、そうそう、エルザの母上に婚約を告げる際の、簡単な挨拶の言葉を考えておいてくれよ」
「え!? 今からか?」
仁は仰天した。ラインハルトは済まなそうに言う。
「ああ、説明が遅れて済まないが。まあ、あまりひどい失態でない限り僕がフォローするから。……エルザはほとんど喋る必要がないからな」
「ん」
「はは、大変だなあ」
他人事だと思ってフリッツは笑っていた。
そんな話をしているうちに、もうランドル邸である。
ラインハルトが連絡してくれていたとみえ、使用人たちが一行を出迎えていた。
まず、エルザが、次いでフリッツが馬車から降りる。
「お帰りなさいませ、エルザ様、フリッツ様」
この家、ランドル家は、女準男爵であるエルザが当主なので、兄であるフリッツよりも形式上は格上なのだ。
「ただいま。お母さまはいらっしゃる?」
「はい、中でお待ちです」
「そう。今日は、『崑崙君』ジン・ニドー卿がお見えですから、失礼のなきように」
「は、かしこまりました」
続いてラインハルトが降り、仁を差し招いた。
「ジン殿、どうぞ」
エルザが正面に、ラインハルトとフリッツが左右に立ち、馬車から降りる仁を迎えた。
従騎士である礼子が飛び降り、仁が馬車から降りるのをサポートした。
馬車の中で簡単な手順を説明されていた仁は、無言で降り立った。余計なことを言うとボロが出やすいから、というラインハルトからのアドバイスでもある。
そして、使用人に先導され、館に入り、正面奥にある小ホールへと向かう。ここは簡単な儀礼・式典を行える場所でもある。
そこにエルザの育ての母であるマルレーヌ・ランドル・フォン・ネフラが立っていた。
「お母さま、ただ今帰りました」
エルザが頭を下げた。
「叔母上、ご無沙汰しております」
続いてラインハルトも挨拶をした。
「本日は、ご息女エルザ・ランドル嬢に、良縁を取り持つためにまかりこしました」
「それはそれは、まことにありがとう存じます」
マルレーヌが会釈をする。ここでラインハルトは仁を前に進ませた。
「紹介します、各国が認めた『崑崙君』であり、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』でもあるジン・ニドー卿です」
改めて仁を紹介するラインハルト。これも必要な手順である。
「ジン・ニドーと申します」
「ジン殿、こちらがエルザ媛の母君、マルレーヌ・ランドル・フォン・ネフラ様です」
「エルザの母、マルレーヌです」
「本日はお日柄もよく、お嬢様とのご縁はまことにもったいないことで、この度、婚約を致したく存じまして、厚かましくも参上つかまつりました次第です」
「……」
「……」
聞いたことのない口上に、場の空気が微妙なものになった。
(あれ?)
急いで考えた口上だったが、やはりおかしかっただろうか、と仁が背中に冷たい汗をかき始めた時。
「え、ええと、こちらが、ジン・ニドー卿からの婚約記念の贈り物です」
布に包まれたそれを、使用人4人がかりで、馬車から運んできていた。先導しているのはエドガー。
「こちらになります」
マルレーヌの斜め前に置かれた贈り物。包んだ布をエドガーが慎重にほどいていく。
そして。
「まあ……!」
「おお……!」
マルレーヌの声が上がった。使用人たちも息を呑んでいる。
「ジン・ニドー卿が自ら作られた塑像です」
ロングドレスのエルザを模した像。
それが珍しい水色をした石英ガラスで作られているのだ。驚かないはずはない。
この像の登場により、先程仁が述べた少々ちぐはぐな口上はすっかり忘却の彼方へと置き去りにされたようだ。
「ありがとうございます、ジン様。娘の似姿、謹んでお受けいたします。 不束(ふつつか) な娘ですが、末永く可愛がってやって下さいませ」
「はい、この命に賭けて」
頬を染めるエルザの手を取ったマルレーヌは、それを仁の手に重ねた。
「エルザ、ジン様を慕い、支え、お助けするのですよ」
「はい、お母さま」
その言葉が終わると共に、ラインハルトとフリッツが拍手を行った。一拍遅れて、使用人たちからも拍手が巻き起こる。
「これをもちまして、婚約の儀は滞りなく終わりました」
仲介人としてラインハルトが宣言し、ここに仁とエルザの婚約の儀は無事終了したのである。