作品タイトル不明
25-18 加熱
「婚約の手順……ですの?」
「ああ。たまたま今日、フリッツ殿に会って、午後、一緒にエルザの実家へ行くことになってさ。俺もエルザの母上に挨拶しないといけないし」
「そうですわね……」
事情を飲み込んだベルチェは、少し考え込んだ。
「普通の貴族同士の場合、『仲介人』もしくは『媒酌人』という方がいるのが普通なんですの」
現代地球でいう仲人のような人かな、と、それを聞いた仁は思った。
「わたくしたちの場合は兄のマテウスでした」
「あ、そうなんだ」
自分の知る仲人とは違うようだ、と仁は認識を改める。
「兄は主人と仲が良かったですし、わたくしも入れて3人で遊んだこともありましたし」
面識の深い者が仲介人になることが多い、とベルチェは説明した。
「要するに、両家と、両人の橋渡しをする人なんだな」
「そういうことですわ。男性側から女性の家への申し込みを、婚約する本人がするのは異例のことになりますのよ」
「うーん……」
そうなると、仲介人として1番相応しいのは何といってもラインハルトだろう。
「で、ラインハルトはいつ帰るって?」
「早ければお昼過ぎには帰ると思いますの」
現地時間は午前11時くらい。
「じゃあ、その頃にもう一度来るから、ラインハルトが帰ったら話をしておいてもらえるかな?」
「ええ、わかりましたわ」
そこで仁はもう一つ聞いておきたかったことがあったことを思い出す。
「あ、それから、その際に何か贈り物みたいなことはするんだろうか?」
「ええ、そうですわね。男性の家を象徴する記念品を贈る、という習わしになっていますが、今はあまりこだわってはいませんの。主人が実家に下さったのはわたくしの肖像画でしたわ」
「肖像画か……」
「一流画家に頼んでくださったものですけど」
それを聞いて仁は心が決まったようだ。
「ありがとう、参考になった。それじゃあまたあとで」
「ええ、頑張ってくださいませね」
* * *
そのまま仁は、ロイザートの屋敷ではなく、蓬莱島へ飛んだ。
「ジン兄、何か作るの?」
付いてきたエルザが首を傾げた。
「ああ。ラインハルトが肖像画なら、俺は……」
「……もしかして、人形?」
仁の思惑を察したエルザが先んじて答えを口にする。
「正解。だからエルザがいてくれるとなお助かる」
「……」
「ああ、フィギュアじゃないからな? ちゃんとした塑像だよ」
エルザの心情を察した仁が、宥めるように言った。
「……セルロア王国に持っていったような?」
「うん、まあ、な」
「……」
エルザが、『自分の人形』と聞いてどんな物を想像しているか、なんとなくわかった仁は、急いで補足説明をする。
「言っとくけど、ちゃんとした塑像だからな」
「う、うん」
ボディラインが出るような物ではない、と念を押す。ゴーレム艇競技の水着は敢えて無視する仁。
「そもそも、人形とはいえエルザのそういう姿を不特定多数が見るかもしれない人形にはしないよ」
「え、あ、う」
頬を染め、狼狽するエルザを尻目に仁は製作準備に取りかかった。まずは材料だ。
「礼子、白や透明な石英や水晶をたのむ。そうだな、100キロくらい」
「はい、お父さま」
「それから……確か青はコバルトだったっけかなあ……自信がないから実験してみないとな」
仁が作ろうとしているのはガラスの置物である。石英(水晶)100パーセントのそれは石英ガラスと呼ばれ、耐熱性が良く、熱収縮率が小さく、透明度が高い。
魔法無しで作ろうとするといろいろと難しいが、仁には工学魔法があった。
「『 融合(フュージョン) 』『 純化(ピュアリ) 』」
石英の塊を融合して一体化し、不純物を取り除けば、透明な石英ガラスの出来上がりだ。
問題はこれからである。
「老君、コバルトはあったよな?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。特殊鋼用に確保してあります。何トンお入り用ですか?』
「いや、そんなにはいらない。……しかし金属をそのまま使うんじゃなかったような気もしてきた」
それは正しい。必要なのは酸化物や塩化物としてのコバルトイオンCo2+であって、金属コバルトではないのだから。
「ええい、考えていてもしかたない。まずは金属コバルトを粉末にして熱を加えれば……『 加熱(ヒート) 』」
「お父さま、黒くなりましたが……」
礼子が心配そうに言う。確かに、銀色をしていたコバルトの粉は、今や黒っぽいグレーになっていた。
「酸化した証拠だ。これをガラスに少量加えて……『 添加(アッド) 』『 均質化(ホモゲナイズ) 』」
実験なので、ほんの一塊程の石英ガラスに酸化コバルトを加えた仁。だが、ちっとも青くない。
むしろ、透明だったガラスの中に細かい粉が混じってしまった感がある。
「……うーん、うまくいかないな」
仁は考え込んでしまった。
「ジン兄、まずはお昼ご飯にしない? ペリドが美味しいお蕎麦を打ってくれた」
「うん……」
後ろ髪を引かれる思いで仁は工房を後にし、食堂へ。
「うん、美味い」
丁寧に殻を取った粉で打った蕎麦なので白い。それがあっさりめのつゆとよく合うのである。
「茹で具合もちょうどいいな」
残ったつゆにそば湯を入れて飲みながら、仁は窓の外を見た。文字通りコバルトブルーの青い空が広がっている。
「ジン兄、うまくいかないの?」
「うん、まあな」
「工学魔法でも難しいことってあるの?」
「はは、そうだな、あるんだろうな。工学魔法がなけりゃガラスを熱して溶かして……」
そこで仁の言葉が途切れた。仁は俯き、考え込んでいたが、そんな彼をエルザが心配する前に顔を上げると、
「もしかしたら……! エルザ、ありがとう!」
そう叫ぶと工房へ走っていってしまった。礼子がそのあとに続き、エルザも慌ててあとを追う。最後尾はエドガー。
「そうか、熱だ! 溶融させて初めて、あの色が出るんだ! 何で気が付かなかったんだろう」
焼き物のうわぐすり、釉薬もまた、加わる熱で発色する。工学魔法の手軽さに、仁も忘れていたことであった。
「えーと、 坩堝(るつぼ) とか作っている時間がないから……礼子、結界と『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』でガラスを浮かべておいてくれ」
「はい、お父さま」
礼子は熟練工よろしく、 力場発生器(フォースジェネレーター) を使って、結界に包んだガラスの塊をうまく空中に持ち上げ、固定した。
空中に浮かんだガラス目掛け、仁が工学魔法を放つ。
「『 加熱(ヒート) 』」
石英ガラスが溶けるまで熱を加える。だいたい摂氏2000度くらいだ。
「『 均質化(ホモゲナイズ) 』」
さらに、加えたコバルトが偏らないようにする。
「『 冷却(クーリング) 』」
今度はそれを冷やす。すると……。
「おお、できた!」
深い青い色をしたガラス塊がそこにあったのである。
「きれい……」
深い青は空の色というよりも海の色にも見えた。
「コバルトが多すぎたんだな。もう少し減らそう」
仁は着色サンプルとして、先程の半分と4分の1にした着色石英ガラスを作った。
「よし、この色だ」
4分の1にしたものは淡い空色、ちょうど 水石(アクアマリン) のような色あいである。
「……」
エルザは黙って仁のやることを眺めていた。
まずは冷たい状態で『 添加(アッド) 』『 均質化(ホモゲナイズ) 』を行っておく。次が加熱だ。
今度は100キロほどの塊が、礼子によって空中に固定された。
「『 加熱(ヒート) 』」
軟らかくなるまで加熱。
「よし、『 冷却(クーリング) 』」
石英ガラスの特徴として、熱膨張率が小さいことがあげられる。つまり、熱せられた物を急冷しても割れないのである。
「できた」
「わあ、きれい」
水色をした石英ガラスの塊。
「よし、これで加工できる」
それに仁は『 変形(フォーミング) 』を掛けた。
粘土細工のように形を変えるガラス塊。
途中、ちらっとエルザの顔を見た仁は、そのまま変形を継続。
「完成だ」
仁としては異例の時間……たっぷり1分間掛けて、それは完成した。
「うわあ……」
それは高さ1メートルほどの、ロングスカートのドレスを纏ったエルザの塑像だった。