軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25-11 閑話51 人形になった従者

仁ダブルが礼子、ベリアルスと共に訪れる前のこと。

600012号は己の手を見つめていた。

作り物の手である。

否、全身が作り物だ。

骨格はオリハルコンと呼ばれる赤みを帯びた金属。

筋肉組織は魔物であるギガントーアヴルムのもの。そして皮膚は合成物。

動力源は 魔力反応炉(マギリアクター) 、頭脳は 魔結晶(マギクリスタル) だ。

「……こうまでして存在を永らえる、か。いや、最早別の存在なのかも知れぬな」

自嘲気味に呟いた600012号は、視線を上に向けた。

そこには直径10センチほどの丸い穴が空いている。

「この基地を見つけ、潜入した、か。恐るべき技術力だな」

その穴は、かつて『ミニモグラ』と共にやってきた『コマンド』が空けたものだった。ちょっと見にはわからないよう、巧妙に蓋をしてあったのだが、その気になって探せばすぐにそれとわかった。

「……欲しい。その技術が」

600012号は、手を握り締めながら、絞り出すような声音で呟く。

「……主人に託された使命を果たし終える、その日まで、私は存在し続けなければならないのだ」

彼が思うのはジン・ニドーのこと。

微小な振動を感知したため、該当する部屋を確認しに行った際、極小のゴーレムが姿を消すところを目撃したのである。

調べてみると天井に、巧妙に塞がれた丸い穴が見つかった。それは、3000メートルという深さにあるこの基地を発見したということ。

侵入者が誰であれ、もう一度やって来る可能性は小さくないと判断し、最も反応速度の速いゴーレムを配置し、捕獲しようとした。

「それは上手くいったのだがな」

一度は捕らえたものの、調べようとしたら転移で逃げられたのである。

「まさか、あんな小さなゴーレムが転移魔法を使えるとは、な。だが、ジン・ニドーなら可能か……」

仁が魔族領で活躍した情報をどこからか得ていたようだ。

「あやつに助力してもらえば、もっと性能の良い身体が手に入るのだがな……」

もう一度ああいった偵察員を送り込んでくるかと待ち構えていたが、同じ轍は踏まないのか、あれきり何の音沙汰もなかった。

そして天井を見上げる。否、その視線は天井を突き抜けた遙か彼方、宇宙へと向けられていた。

溜め息をつこうとして、600012号は、己の身体は、呼吸が既に必要でなくなったことを思い出した。

「ふ、まったく、こうした癖はいつまでも抜けないものだな」

苦笑した600012号は居室を出、通路を歩き出した。

「こちらから連絡が取れれば良かったのだが……、な」

『できる限り誰にも知られてはならぬ』、という命令もなされており、それ故に、600012号も仁に連絡を取りたくても取れないのである。

だが、向こうからやって来るのはその限りではないわけだ。

ということで、実は『 忍(しのび) 部隊』の再訪を心待ちにしている600012号なのであった。

「何としてでも存在し続け、遺命を果たさねば……」

それが、意外な形……予想もしない形でかなうのはもうすぐである。

* * *

浴育室と呼ばれる部屋。

そこは、『忍弐』が見つけた、アルシェルを元にした 人造人間(ホムンクルス) のボディを培養している部屋だ。

薄青い液体に、何体もの身体が浮いている。とはいえ、生命は感じられず、今のところただの肉塊と変わらない。

これに『精神触媒』を使い、更に処理しない限り、疑似とはいえ、生命が宿ることはないのだ。

眺めているのは、顔の上半分に仮面を付けた人影。彼もまた『600012号』である。

「あんまりいい気持ちじゃないわね」

少女の声がした。

「来ていたのか」

「まあね。あたしの分身みたいなものだし、やっぱ気になるわよ」

「そういうものか」

600012号に声を掛けたのは黒髪、赤い目の少女。『 傀儡(くぐつ) 』のアルシェルに間違いなかった。

「ねえ、いつになったら外に出してもらえるの?」

形の良い眉をひそめ、アルシェルが尋ねた。

「まだわからぬ。そなたに協力してもらったこれらの身体がうまく成長し、この私の意識を全て転写できたら、としか今は言えぬ」

「何度も聞いてるけど、それっていつになるの?」

「成長に思ったより時間が掛かっておるのでな。まあ、あと1年以内にはなんとか見通しが立つだろう」

「見通し、なのね……」

グロリアが見たら、これが あの(・・) アルシェルかと思うに違いない。それほど、ここにいるアルシェルはおとなしく、狂気も孕んでいなかった。

「それで、うまくいってるのかしら? あたし、もうギガントーアヴルムの世話なんて飽きてきたんだけど……」

「すまぬなあ。もう必要な精神触媒は集まったから、処分してもいいのだが……」

「……目的もなしに生き物を殺すのに抵抗がある、っていうのよね」

「うむ」

600012号は頷いた。

「その精神触媒? を採るために何万匹も殺しておいてよく言うわ」

「あれは必要なものだったからだ。それから殺した数は329万5433匹だ」

「まったく、どれだけ長い間飼っていたのよ」

「768年ほどになるな」

「ああ、もういいわ。そんな数字が聞きたいわけじゃないのよ」

600012号と会話をしているといつもこうだ、とアルシェルはげんなりしていた。

「まったく、この前迷い込んできた兵士だってぎりぎりのところで助けたりしてさ。人がいいのよね」

「そうかな? ここのことを知られるのがいやで監禁しているのだぞ? いずれ記憶を消して送り帰そうかと思っておる」

「そういうところが人がいい、っていうのよ。邪魔なら処分すればいいのに。それができる力を持っているんでしょ?」

600012号は渋い顔をした。

「私は生き物を殺すのは嫌いだと言ったろう。主人にそういう風に作られたからな」

「あんた方の主人、か。興味あるわね。あたしたちのご先祖様なんでしょ?」

「うむ。主人がそなたたちの祖先と交わって生まれた 堕ちた者たち(フォールナー) がそなたたちの直接の祖先であるからな」

アルシェルは感慨深そうな顔をした。

「何度聞いても、信じられないけれど、嘘じゃないのよね……」

「然り」

アルシェルは俯く。その胸中に去来するものは、後悔の念。

(『狂乱』の氏族に少しくらい似ていたっておかしいことじゃなかった。あたしたちって先祖はみんな同じだったんだから)

黒髪赤目、『狂乱』の氏族の特徴を備えて生まれてきたアルシェルは、己の所属する『 傀儡(くぐつ) 』の氏族の中では浮いた存在だった。

それを指摘され、 揶揄(やゆ) されたアルシェルは、拗ねて、捻くれて……氏族を飛び出した。

パズデクスト大地峡を渡り、人間の住む大陸へやって来た。転移魔法の使えるアルシェルには簡単なことだった。

だが、調子に乗って目に付いた山に登ってみたはいいが、空腹と、途中での落石による怪我、悪天候、それに 自由魔力素(エーテル) 濃度の低下という4重の苦難に遭い、山頂で意識を失ってしまう。

が、その魔力反応により幸運にも600012号が感知し、 転移門(ワープゲート) により助けてもらったのであった。髪飾りを落としたのはこの時である。

600012号に助けられたアルシェルは、彼に協力を申し出た。

人造人間(ホムンクルス) を作り出すために、髪の毛を提供。そして生まれた 人造人間(ホムンクルス) に知識を分け与えた。

第1号は、肉体的には完璧だったが、精神が不安定であった。

何とか教育しようとしたのだが、それもかなわずに、ある日突然転移魔法で消えてしまったのである。数匹のギガントーアヴルムを連れて。

グロリアが出会ったアルシェルはこれであった。

それからはもっと慎重に 人造人間(ホムンクルス) を調整するようになった。

第2号には、言葉程度の基礎知識のみ与え、ゆっくり教育していくことを試みた。

だが、それも虚しく、 転移門(ワープゲート) を使ったらしく、第2号もある日忽然と消えてしまったのである。

当時王太子だったセザール王が見つけて保護したアルシェルはこれである。

しかし、助けられた恩があるとはいえ、1年以上も地下で暮らすことに、アルシェルは飽き飽きしていた。

「お兄ちゃん……」

思わず口から漏れた言葉。

それは、昔からずっと変わらず、自分を庇ってくれた兄を呼ぶ言葉。

「そなたには兄がいるのか」

「うん」

「そうか、そなたの兄なら優秀なのだろうな」

「……どうかな。優しいお兄ちゃんだったけど……会いたいな」

「済まぬな、そなたには無理を言っていることは承知しているのだが」

600012号が謝った。

「仕方ないわよ。約束だし」

一度約束したことを破りたくない、というのは、幼いながらもアルシェルの持つ矜恃であった。

「ねえ、どうしてここに籠もりっきりなの?」

外に出れば、他からの助力も得られるだろうに、と思い、アルシェルは尋ねたのだが。

「『できる限り誰にも知られてはならぬ』、これも主人の遺命なのでな、逆らうことができぬ」

「ふうん……なんだか面倒臭いんだね」

600012号を作ったという主人。アルシェルたち魔族の遠い祖先。

その遺命と言われては、アルシェルもそれ以上強くは言えなかった。

実は、2体に逃げられてすっかり自信を無くした600012号は、用意した素体を放置し、教育に取りかかろうとしてはいない。

このままでいけば、600012号は 自動人形(オートマタ) の身体から抜け出すことができず、アルシェルもここを出られないのだ。

そして、600012号がアルシェルの兄をどうにかして手に入れられないかと考え始めていることをアルシェルは知らない。

彼等の運命が動き出すのは間もなくである。