作品タイトル不明
25-10 誤算
「これで、遺命は果たされた……」
その言葉は仮面の600012号。彼はそれだけを言うと、床に 頽(くずお) れたのである。
「あ」
仁ダブルが手を伸ばすも一瞬遅く、仮面の600012号は床にぶつかり、そのまま動かなくなった。
「……力尽きたか」
見下ろすもう1体の600012号の声にも力がない。 自由魔力素(エーテル) 濃度の低いこの土地で、老朽化した身体には負担が大きすぎる強力な魔法を使った反動だろうか。
適性のある者に転写する『 知識転写(トランスインフォ) 』と違い、やや強引に情報を送り込む『 知識送信(センドインフォ) 』との差なのであろう。
「『知識は力である。その力を生かすも殺すも、受け継いだ者次第だ。が、願わくば世界のために使われんことを』……。主人の言葉です」
そう言うと600012号は黙り込んだ。そのまま床に膝を突き、ゆっくりと倒れ込んだ。
「ああ、こっちもか! 礼子、手伝ってくれ!」
その礼子は、冷静に2体の600012号を眺めていた。
「はい」
そして2人は、『浴育室』から2体を隣の部屋へと運び出す。
仁ダブルがざっと2体を診たところ、意外なことに気が付いた。
「……あれ?」
驚いたことに、この2体の 制御核(コントロールコア) は頭部にあったのである。独自の設計方針なのだろう。
礼子たちアドリアナ系のゴーレム・ 自動人形(オートマタ) は安全性を考慮し、胸部に収めているのだ。
まずは、より劣化の激しい、仮面の600012号から調べてみる。
「……やっぱり、 制御核(コントロールコア) がかなり傷んでいるな」
古さで言ったら、1500年くらい経っているのではないか、と思わされるような状態である。
その間にも整備や修理はしていたのだろうが、元になる 制御核(コントロールコア) はなぜか更新しなかったらしい。
「……『サーバント』の考えていることはわからないな」
生物としてみたら根本的に異なるため、真の意味での理解はできないのかもしれない、と仁は思った。
「……ジン殿、もう我々のことは放っておいて……くれ」
仁ダブルが出会った方の600012号がたどたどしい声で言った。
「もう役目は……果たした。これ以上延命する意味も……ない。このまま眠りに就かせてほしい……。最後に一つ。地下に……8人ほど保護してある。彼等を……頼む。……我等が停止したなら、この施設は崩壊する……。あまり時間がない……急がれよ」
「何だって!?」
それだけを告げ、600012号からの魔力反応は途絶えた。
「……まったく……! 冗談じゃないぞ! どうしてそんな保安措置をするんだ! まったくもう……!!」
仁ダブルは、隣室に横たわるベリアルスを急いで起こしに掛かった。
「う、うう……」
顔に『 凝縮(コンデンス) 』で作った水を掛けると、なんとかベリアルスは気が付いた。
「ジン、殿……」
「起きられるか? もうすぐここが崩れるそうなんだが」
「なんですって!?」
ベリアルスは飛び起きた。後遺症はないようだ。
* * *
「……まったく……! 冗談じゃないぞ! どうしてそんな保安措置をするんだ! まったくもう……!!」
魔導投影窓(マジックスクリーン) の前で、仁は文句を言っていた。
「どうして、そんなに簡単に施設を使えなくしたがるんだ!」
貴重な情報の宝庫を、まるでいらなくなった玩具を捨てるように。仁には考えられなかった。
『 御主人様(マイロード) 、物事の考え方が根本的に異なるのでしょう。それよりも脱出させませんと』
「そうだな。老君、8人が地下にいるという。ランドたちを派遣して、救出しろ。とりあえず『しんかい』まで運んでおけばいい」
『わかりました』
仁の命を受け、老君はランド90から99までの10体を転送機で送り込む準備をしていく。
仁ダブル一行と出くわさないよう、送り込むのは8人を発見してからとなる。
また仁は、仁ダブルの操作を老君に任せることにした。緊急時の反応が早いだろうからだ。
「ふう、これで出来る手は打ったかな」
魔導投影窓(マジックスクリーン) の前で、仁は小さく溜め息をついた。
『はい、あとどのくらいで崩壊が始まるかわかりませんが、間に合いそうですね』」
ここで、仁には大きな懸念があることを思い出す。
「俺本人だと思って、『 知識送信(センドインフォ) 』だったか? あれで何か重要な情報をくれたらしいが……」
仁ダブルの 制御核(コントロールコア) には、そういった外部からの干渉を受け付けないような対策……『隷属書き換え魔法対策』が施されているのである。
ゆえに、仁ダブルの 制御核(コントロールコア) は何の情報も受け取っていない。
これが仁本人ならまた別だったのだろう。これは大きな誤算といえるかもしれない。
「あ、だけど」
封鎖筐体(シールドケース) で魔力から絶縁するだけでなく、『 魔法記録石(マギレコーダー) 』を使い、吸収してしまう対策も施してあるのだ。
「 魔法記録石(マギレコーダー) を調べれば情報が出てくるかな」
ただし、問題が一つある。それは、 魔法記録石(マギレコーダー) 自体には、情報を整理する機能はないので、情報量が多ければ多いほど、それを読み出し、内容を解析するのに時間が掛かるということである。
単純な魔法なら読み取りは簡単だが、膨大なデータになるとそうはいかないだろう。
例えでいうなら、デジタルなデータをアナログで記録するようなもの。旧式のパソコン(というよりマイコンと呼ばれていた8ビットマイコン黎明期)でカセットテープにデータを記録していたようなものといえば近いだろうか。
しかもそこに、順不同で手当たり次第に、おまけに脈絡もなく、膨大なデータが詰め込まれたのである。
「ダブルが戻って来たら、老君に解析してもらわないとな」
『はい、お任せください』
* * *
「とにかく、この地下施設の中にアルシェルがいるはずだ」
あとどのくらいで崩壊が始まるかはわからないが、仁ダブルと礼子は『転送装置』を持っているので、いざとなれば転移して脱出できる。その際、ベリアルスとアルシェルくらいなら容易に連れて行けるだろう。
だが、今回の目的であるアルシェルはまだ見つかっていない。
仁ダブルは、事態に付いて行けていないベリアルスに、当面の目標を指示した。
妹の名を出されたベリアルスは我に返る。
「そ、そうだ、アルシェル! ジン殿、アルシェルが!」
そう言って背後の水槽……浴育槽を指差した。
「うっ……」
「うう……」
そこには、身動き一つしないアルシェルの肉体が5つ、浮かんでいたが、維持するような機構が止まったからだろうか、それが崩れ始めていた。
ただの肉塊へと還りつつあるようだ。ベリアルスは目を背けた。
「ジン殿、アルシェルは……いったい……」
肩を落とすベリアルスに、仁ダブルは励ましの言葉を掛ける。
「諦めるのは早い。ようするにこれは、命を持たない模造品だ。元になったアルシェルは地下にいるはずだ」
先程600012号から聞いておいてよかった、と仁は思った。
「そ、そうですね」
「捜して回ろう」
「はい!」
こうして、仁ダブルとベリアルスは、地下施設の中を巡ってみることにした。
「礼子、 魔力探知装置(マギディテクター) で探ってみてくれ」
保有魔力の高い魔族なら、きっと見つかるはずである。
「2つ下のフロアに反応があります」
「よし、急ごう」
一行は地下へ続く階段を探しに通路を駆け戻っていった。
何体かゴーレムを見かけたが、全て停止していた。600012号と共に停止したようだ。
「確か、途中に階段があったと思う」
そしてそれを見つけると、ベリアルスは大声で妹の名を呼びながら駆け下りていく。
「アルシェルー!」
仁ダブルと礼子もそれに続いた。
そして、最下層と思われるフロアへ。
ここで、 魔力探知装置(マギディテクター) を使う礼子が先頭に立つ。
「この先に誰かいます」
「アルシェルか?」
「おそらく」
ベリアルスは礼子の言葉を聞かずに飛び出していった。そして一つの部屋に辿り着く。
「こ、これは……?」
その部屋は言うなれば『医務室』。
ベッドが並んでおり、人間が横たわっている。 人造人間(ホムンクルス) ではない。
全部で8人。全員手当はされているものの、大怪我をしている。そして治療のためか、深い眠りに就いているようだ。
仁には、そして礼子や老君にも、彼等に見覚えはなかった。
そんな横たわる8人の間に、立ち尽くすのはゴーレム。世話をする役目を持っていたらしい。
が、そんな中、ただ一つ歩き回る小さな人影。仁たちを見付け、驚いた顔をした。
「……お、お兄ちゃん?」
「アルシェル! お前なのか?」
「お兄ちゃんなのね?」
ゆっくりと歩み寄る2人、そして。
「アルシェル!」
「お兄ちゃん!」
ようやく巡り会えた兄妹は固く抱き合ったのであった。