作品タイトル不明
25-08 私と『私』
「私の他にもう1体、 自動人形(オートマタ) の『私』がいるのだ」
「え?」
「つまり、私の前に作られた『私』がいて、その 制御核(コントロールコア) に『マライト』が使われているのだ。そのため、時折おかしな挙動をしてしまうようになってしまった」
「……」
Malite。Mal=不良、ite=鉱物などの接尾語。つまり、良くない 魔結晶(マギクリスタル) 、という命名をしたということ。
「というと……」
仁ダブルを通して話を聞いている仁の背中に冷たいものが流れた。
「うむ、そやつがその『ベリアルス』とやらを攫ったのだろう」
「そんなことができるのですか!?」
ベリアルスのことも気になったが、 転移門(ワープゲート) に干渉して、転移先を変えられるのだろうか、と仁はそちらに危機感を覚えたのである。
「何を考えているかは想像がつく。いやいや、もう1人の『私』がやったのは、横取りではなく、再転移だ」
その言葉から想像は付いたが、一応、説明を聞く仁。
「受け入れ側の 転移門(ワープゲート) に細工がしてあったのだろう。現れたそのベリアルスとやらを、瞬時にもう一度自分の所へ転移させたのだと思う」
「……どうして放っておくんですか?」
仁の言葉を聞いた600012号はまた顔を歪めた。
「あやつもまた『私』なのでな。私には『私』を損なうような行動が取れないのだ」
「……難儀ですね」
「お恥ずかしい限りだ」
多分に皮肉を込めた仁の言葉であったが、600012号にはまったく通じていないようだ。
「私には、『主人』の遺命を果たすという目的があり、それを達成するまでは稼働し続けねばならない。それが存在意義なのだ」
「……」
700672号はここまで頑迷ではなかった、と仁は思う。
(おそらく、生体脳でなく、 制御核(コントロールコア) になった時点で尚更融通が利かなくなったんだろうな……)
そんな想像をしてみるが、もとより確認するわけにはいかない。
「では、どうすれば?」
話の焦点を、ベリアルスに戻す仁。
「もう1体の『私』は、そのベリアルス殿をベースに、 人造人間(ホムンクルス) を作ろうとするに違いない。ゆえに、浴育室に行けば会えるだろう。私では『私』に干渉できないが、ジン殿ならできる。ご自分で救出されよ」
「浴育室とはなんですか?」
「 人造人間(ホムンクルス) を育てる設備のある部屋だ。では行ってみよう」
仁としては、こんなにのんびりしていて大丈夫なのだろうかと思うが、600012号が泰然としているので、とりあえずは黙って付いて行った。
仁ダブルと礼子は、600012号の後に従い、階段を下り、廊下を進む。
3000メートルの地下に、これほど広々とした空間があるとは、と仁も少し感心した。
600012号は仁ダブルの前をゆっくり歩いていく。
魔導投影窓(マジックスクリーン) 越しにそれを見た仁は、その身体がかなり老朽化しているのを見抜いていた。
(素材の質も今一つだったようだな……)
進んだ技術を持つ『 始祖(オリジン) 』と『サーバント』ではあるが、こと 自動人形(オートマタ) に関しては仁の方が上らしい。
進んでいくと、いきなり大きな岩に塞がれている場所に出た。
「600012号め……このような邪魔をしているのか」
600012号が600012号と呼んでいるのでかなりややこしいが、そこは言葉の前後から酌み取るしかない。
「奴も私を害せぬ故、このような方法で拒んでいるようだ」
「あの、向こうの600012号がベリアルスを 転移門(ワープゲート) で攫いましたが、それを利用できないのですか?」
同じ 転移門(ワープゲート) を使えば、これほど面倒なことをしなくてもいいのでは、と仁ダブルが質問した。
「もっともな疑問だが、むこうの 転移門(ワープゲート) は普段動いていないのだ。ベリアルス殿を攫う時だけ動かしたのだろうよ」
「ああ、そうなんですね」
受け入れ側が動作していなければ転移できないのは道理である。仕方なく、仁ダブルは行く手を塞ぐ岩を見つめた。
「この通路は崩れませんか?」
「ん? 何かするつもりか? この通路は見ての通り強靱化した合成ネフライトだからな、ちょっとやそっとのことでは崩れたりはしない」
ネフライトは玉あるいは軟玉と呼ばれ、組織が緻密なため、硬度から想像される以上に強靱である(モース硬度は6〜6.5)。
白色〜緑色のものが多いが、この通路のものは白色であった。
「合成ネフライト、ですか」
「うむ。角閃石を変性させて作るのだ」
仁には、鉱物の知識は乏しいので完全には理解できなかったが、金属組織が緻密になると強靱になるのと同じようなものか、というところまでは理解した。
どのようにして、というのも、おそらく工学魔法に近いものなのだろうと想像する。
「で、どうやって向こうへ行くのですか?」
仁が考え込んでいるので、操作される仁ダブルも無言のまま。なので同行する礼子が質問した。
「魔導具を持ってきてどかすか、砕いてどけるか……」
「叩き壊してもいいですか?」
600012号が悠長なことを言うので、礼子が手っ取り早そうなことを言い出した。
「周囲に被害が及ばなければ……」
600012号が言い終わらないうちに、礼子は拳を岩に突き入れた。
「な……!」
その一撃で岩には無数のヒビが入った。
「これでどかせるでしょう」
礼子は、何でもないことのように言いながら、軽く前蹴りを繰り出す。その一撃で大岩は砕け散りながら通路の向こうまで吹き飛んでいった。
その過程で、通路に幾つかあるドアが凹んだり壊れたりした。
「……」
「あの、なんか、済みません」
何が起きたのか分からずに硬直したらしい600012号に、仁ダブルがそっと声を掛ける。その声に、600012号は我に返ったようだ。
「い、いや。ジン殿の従者が強いことは情報として知っていたが、まさかこれほどとは思わなかったのでな」
情報収集しているとはいっても、大したことはないようだ、と仁は思った。
「さ、さあ、では進もう」
岩屑が散らばる通路。老朽化した身体の600012号には少々辛いらしく、時折よろめいたり 躓(つまず) きかけたりしている。
突き当たりの階段を下り、2つ下のフロアへと下りた。かなり広い施設だな、と仁は感想を抱く。
「……時間が掛かりそうですが、ベリアルスは大丈夫なんでしょうか?」
気になるので仁は尋ねてみた。
「奴がベリアルス殿を拉致したのは、より優秀な 人造人間(ホムンクルス) を作るためだろうからな。 人造人間(ホムンクルス) のモデルにする情報は髪の毛1本で済む」
「なるほど」
抜かれた毛髪の『毛乳頭』という部分にはDNA情報を持ったタンパク質が存在するからだ。
血を抜いたり切り刻んだりする必要がないなら、600012号の落ち着きようも納得できる。
「それから、ベリアルスが捜している、アルシェルという少女はどこにいますか?」
ベリアルスを差し置いて、とも少し思ったが、知っておくに越したことはない。
「あの少女は更に地下にいる。彼女にしかできないことを頼んでいたのだが、もうそれも終わりだ」
「え?」
「ギガントーアヴルムという魔物を養殖する手伝いをしてもらっていたのだ」
「えーと……彼女が魔物を手懐けられるから、ですか?」
「その通り。そして魔物から『精神触媒』を抽出していたのだよ。 人造人間(ホムンクルス) に使うためにな」
この話を聞いていた仁には、かなり事情がつかめてきた。
3人は通路を更に奥へと辿っていく。
そして、辿り着いたのは行き止まり。そこには扉があった。
「ここが目的の部屋だ」
600012号がその扉を開いた。そこは教室くらいの広さを持つ部屋であった。
仁はその片隅に 転移門(ワープゲート) らしき 魔導機(マギマシン) があるのに気付く。おそらくベリアルスはここに呼ばれたのだろう。
「ここの隣の部屋が浴育室だ。おそらくベリアルス殿は、そこにいる」
そして開かれるドア。
そこには、仮面を付け、600012号と同じ位の体格をした 自動人形(オートマタ) がいた。
その向こうには、薄青い液体に浮かぶ人型が。
「あれは……アルシェル!?」
仁も見知っている、700672号の元にいる『ルージュ』と同じ姿。アルシェルを元に作られた 人造人間(ホムンクルス) に間違いなかった。
そして、仮面の 自動人形(オートマタ) の横にある作業台には、意識がないらしいベリアルスが横たわっていたのである。