軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24-38 閑話50 カイナ村での少女たち

セルロア王国東部、リーバス地方は岩場の多い高原地帯が大部分を占めている。

主な産物はムトンの毛、すなわち羊毛である。

これを、所属する村や町に納め、村や町は国に納めるのである。

技術的に進んだセルロア王国では、納められた羊毛を糸に紡ぎ、織物を織っていくわけだ。

セルロア王国前国王リシャールの時、非常な重税が取りたてられ、納めきれない分は女子供で、という村も幾つかあった。

フリッツによってすくわれた少女、リタとその同僚たちがいたラリオ村もその一つであった。

が、運良く仁によって救い出され、故郷の食糧・経済事情が落ち着くまで……具体的には5月の終わりか6月のはじめくらいまで……ここカイナ村で世話になっているのである。

その間、読み書きをはじめとした基礎教育を行うと共に、ある者は畑作を、またある者は料理を、というように、それぞれの適性に見合った研修・勉強をしていたのである。

孤児である子もそうでない子も、カイナ村での生活を心から楽しみ、将来へ繋げようと努力している。

村人たちはそんな少女たちをある時は優しく見守り、またある時は厳しく指導し、日を追う毎に打ち解けていった。

春が過ぎる頃、彼女等は故郷に帰るのか、あるいはここに残るのか、選択を迫られることになる。

だがその日はまだ2ヵ月以上も先。今はただ、懸命に日々を過ごすだけ。

* * *

一番年長の少女はソニアといった。

ソニアは、ここ二堂城で、『染色』について勉強していた。きっかけは図書室にある本である。

基本的な読み書きは1ヵ月ほどで覚えたソニアは、暇さえあれば図書室に出入りし、読めない本は挿絵を、少し読める本は懸命に、というように、片端から目を通していた。

その中に、草木染めの本があったのである。

仁は、元居た施設……孤児院で、年少の子供たちと共に草木染めをしたことがあった。そういった知識を老君が本にまとめたのである。

「…羊毛は染めやすいのね。もし、ムトンの毛をいろんな色に染められたら、村はもっと豊かになるかもしれないわ」

最も簡単な染めの一つは茶系統だろう。

仁はビワの葉を使い、茶色を染めていたが、ソニアは『お茶の木』すなわちペルヒャの葉を使ってみた。

生の葉を刻み、鍋で煮て色素を抽出し、濾した染色液に羊毛を浸してもう一度煮る、これだけである。

試験用の羊毛は、二堂城に常駐しているゴーレムメイドに相談したらどこからか調達してきてくれた。

こうして、ソニアは身近にある植物を用いて、いろいろな色を染めるため、日夜励んでいたのである。

残念ながら、『媒染』ということを知らないので、発色や堅牢度は今一つよくないのだが、それでも今まで使われていた、花の絞り汁で染めるよりも遙かに堅牢であり、画期的な工夫であった。

木の葉の種類によって、同じ茶色でも赤みが強いものから黄色みがかったもの、黒に近いものまでさまざま。

キノコも使ってみると、意外に鮮やかな色が出ることも知った。

今のところ、『イスタケ』という、地球でいうサルノコシカケに似たキノコで黄褐色が。

『ペルヒャ』の木の葉で茶色が。

『シネリア』という木の葉で赤褐色が染められることがわかった。

そしてそれぞれ、かなり実用的なレベルに染まることも。

「これを村に持ち込めたら、きっともう少し豊かになれるわ……」

そんな希望を抱き、ソニアは日夜、いろいろな染めを試していた。

なお、羊毛を入手する対価として、ソニアは染色試験の結果を全て……失敗も含め、ゴーレムメイドに報告しており、ゴーレムメイドは老君に報告していた。

* * *

「……ここが心臓。血液を全身に送る役目をしているんだよ」

「あ、思ったより真ん中に近い場所にあるんですね、先生」

「そうなのさ。左胸で鼓動が感じられるから、左にあると思われがちだが、心臓という臓器は真ん中左寄り、くらいの位置なのだよ」

少女の1人で一番年少のルウは、サリィの下で治癒術の勉強をしていた。今はいわゆる解剖学の説明を受けている。

元々、怪我をしたときに使う薬草に興味があり、図書室で本を見て(まだ読めないので挿絵を眺めて)いたときに、たまたま資料を探しに来たサリィと出会い、それ以来、教えを請いに度々サリィの下を訪れた。そんな彼女をサリィは気に入ったのである。

ルウは孤児だったので、サリィは夫となった村長ギーベックと相談し、彼女を養女に迎えたのであった。

とはいえ、まだまだ他人行儀が抜けないようだ。

それでも、家族として過ごしていることに幸せを感じているルウである。

それはサリィもギーベックも同じこと。

(先生でなく、お母さん、といつか呼んで欲しいものだな)

とサリィは思っているが、ルウはルウで、

(……お母さん。……早く口に出して呼べるようになりたいな……)

と考えているとは知らないのであった。

* * *

「ムトンは湿っぽいところが嫌いなの。だから小屋を作るなら風通しを良くしてあげてね。あと、ムトンの子供は日陰を作ってあげるといいわ。あ、あとは塩を……」

リックにそんな説明をしているのはカナ。彼女も孤児で、ムトンを飼う手伝いをしていたので詳しいのである。

今年になってカイナ村では牧場を大きくしており、毛織物を作るためにムトンを飼い始めたのだが、今まで飼っていたカプリとはかなり勝手が違い、困っていたところに彼女が助け船を出したのであった。

「こんな顔をしていて、意外と気性が荒いからね。その点カプリの方がおとなしいわ」

群れで飼うと闘争心が芽生えるらしいとカナが言った。仁が見たら、カプリは山羊、ムトンは羊と言ったであろう。

「うんうん、やっぱり実際に飼っていた子に教えてもらえるのは助かるよ。……できればずっといてくれないかなあ。で、俺と一緒にムトンを世話して欲しいなあ、なんて」

「……いいわよ?」

「……へ?」

自分から言っておいて、望んだ答えが返ってきたというのに、リックは呆けていた。

対して、カナは顔を真っ赤にしながらもリックの前につかつかと歩いて来て、

「……な、何とか言いなさいよ!」

と、彼の胸にこつん、と額を押し当てたのだった。

「……か、かな、かな」

「……何よ?」

名前を呼ばれたと思ったカナが顔を上げると、そこには同じく真っ赤になったリックの顔があった。

「……か、必ず幸せにする!」

リックはそれだけを言うとカナを抱きしめる。

「……ありがと」

リック、28歳にしてようやく春がくる。

そんな2人を眺めていたのは、10頭のムトンだけだった。

* * *

「……こう、でしょうか?」

「違うわ。右足はもっと引いて。左手はもう少し横に広げて」

ミーネはリタに付きっきりで侍女教育を行っていた。

現代地球で言うところのハウスメイド、と位置付けられる侍女になるべく、勉強の日々を過ごしている。

約2ヵ月という短い期間で一通り仕事ができるようになるのは大変なことであるが、リタはやる気満々である。

読み書き、計算、礼儀作法。炊事、洗濯、家事全般。

ショウロ皇国軍人であるフリッツに仕えるための教育であるから、同じくショウロ皇国で勤めていたミーネはうってつけの教師であるといえた。

(……軍人であるフリッツ様の侍女になりたい、か。この子がそれでいいなら、いいのかしらね……)

ミーネ自身かつて、軍人であるエルザの父、ゲオルグ・ランドル、当時国外駐留軍大隊長に手籠めにされ、エルザを身籠もった過去を持っているだけに、素直に応援する気にならないのであった。

それとは別に、手に職をつけることはいいことであり、侍女という職業は女性にとって食いっぱぐれのない職種であることは間違いない。

よって、ミーネとしてはリタの望むまま、厳しい教育を日夜行っていたのである。

(むしろ、ジン様の家で働いた方が幸せだと思うのだけれど)

とはいえ、幸せのかたちは人それぞれ。何が幸いになるかわからないものである。

「ああ、駄目駄目。そんな計量の仕方じゃ毎回味が変わってしまうわ。いい、スプーンで量るときはすり切り、といってこうやって量るのよ」

ショウロ皇国風の味付けまで教育してしまうミーネは、ある意味完璧主義者である。

「はい、先生」

そしてリタも、その厳しい指導によく食い付いていくのであった。

* * *

他の少女たちも、最早暗い陰は微塵も見られず、日々幸せそうに暮らしていた。

春が訪れたカイナ村は今日ものどかである。