軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24-16 ハンナと釣りへ

仁は、自分の家の2階で窓にもたれて月を見ていた。礼子も一緒である。

エルザは、久しぶりに実の母であるミーネと一緒でここにはいない。

時刻は午後9時過ぎ、ハンナももう眠ってしまっていた。

ここのところ、あまり構ってやれなかった礼子を膝に乗せてその頭を軽く撫でながら、仁は呟くように言った。

「あの月も不思議と言えば不思議だよな」

「お父さま、どういうことですか?」

「満月のまま満ち欠けしないということは、月がこのアルスを回る公転周期と、このアルスがセランを回る公転周期とがぴったり一致しているということだからさ」

「はあ」

この世界の月しか知らない礼子には、知識はあっても実感できていないということなのだろう。

仁は天文学には疎いが、地球と太陽の間にはラグランジュ点とかいうものがあって、その位置にある天体は安定する、という位は聞いた覚えがあった。

有名なロボットアニメで、スペースコロニーがその点を選んで設置された、とかいう設定もあったはずだ、と記憶を掘り起こす仁。

実際、太陽—地球、の延長上にはL2と呼ばれるラグランジュ点があるのだが、正確なその位置に月があった場合、万年皆既月食、つまり地球の陰で太陽の光が当たらないということになるのである。

ところが、ここセラン太陽系のアルスの月ユニーは満月である。つまり少しだけL2からずれているのだが、仁にはそこまでのことはわかっていなかった。

「半年後には、なんとかいう惑星がすぐ近くを通過するらしいしな。もう少ししたら、宇宙船を作ってみる必要があるかもしれない」

「宇宙へ行くのですか?」

「ああ。行ってみたいとはずっと思っていたよ」

現代日本で生まれ育った男の子で、宇宙に憧れを持たなかった者はほとんどいないだろう。

「とはいえ、足元を固めてからにしないとな」

地下の謎や、オランジュ公の件など、まだまだ不安定である。

「でも、決めつけることはないと思いますよ?」

礼子が仁に助言する。

「時々お父さまは、律儀すぎるくらいに順番を守ろうとしているように見えます」

「そ、そうか?」

「ええ。あれが終わってからこっちに手を付けよう、というように」

仁は首を傾げる。

「そうかな? けっこうやりかけてやめているものもあると思うがな。物質の合成とか……」

「老君が引き継いでいるではないですか。ですから止まってはいませんよ」

「そういうものかな?」

礼子は仁を励ますように言う。

「そうですよ。やるべきことが沢山あるなら、お父さまは段取りだけお決めになって下さればいいのです。そのために私どもがいるのですから」

そんな礼子の頭を仁は優しく撫でてやった。

「ありがとうな、礼子」

「いいえ、どういたしまして」

そして礼子は唐突に話題を変える。

「で、お父さま。宇宙船というのはどんな感じですか?」

「え?」

「お父さまがお考えになっている宇宙船というもののこと、聞いてみたいです」

こういう話題を仁が好きだということをよく知っている礼子だから出てくる質問である。

「うーん、そうだなあ。動力は 力場発生器(フォースジェネレーター) 使うんだろうから、基本的に球形だろうな」

「はい、それから?」

「司令室は中央だろうし、1Gを発生させる装置とか、水のリサイクルとか……」

礼子に乗せられて、アイデアをどんどん口にする仁。

「搭載機はペガサス1みたいなものがいいな。ああ、大きさもいろいろあるといいか」

楽しそうな顔を見て、礼子はやっぱり仁は、好きな物を好きなように作るのが一番なのだ、との思いを新たにしたのである。

そしてこの夜の仁のアイデアは老君が全て記憶していった。

* * *

翌日、仁は朝からハンナと遊んでいた。ここのところの不義理を詫びるためでもある。

「おにーちゃん、こっち!」

ハンナは『ミント』、仁は『コマ』に乗り、エルメ川に沿って西を目指していた。礼子は久しぶりに『 不可視化(インビジブル) 』を使い、こっそりと随伴していた。

ゴーレム馬をゆっくり進ませること1時間。

「ほら、ここだよ!」

「ふうん、きれいなところだな」

「でしょー!」

ハンナが案内してくれたのは、対岸が切り立った場所。エルメ川が岩盤を深く侵食したのだろう、層をなした岸壁が見事だ。

地質について仁は、高校で習った知識しかないが、それでもここの地層が貴重なものだと言うことは見当が付く。

そして仁たちがいる側は、層をなしたような岩、いわゆる『岩畳』である。

昔遠足でいったことのある『長瀞』を思い出した仁であった。

「ここはね、おっきい子たちがよく来ているところなんだよ。あたしも、おにーちゃんといっしょだから、おばあちゃんが許してくれたの」

確かに、足を踏み外したら危ないところがある。基本砂利と砂のカイナ村付近と違い、この辺は岩場だ。

「じゃあ、さっそく釣ろうか」

「うん!」

ここの淵には川魚が多いらしい。水が少しずつ 温(ぬる) みだしている今頃、オマソウという、ヤマメに似た魚が釣れるのだ。

カイナ村で使われている延べ竿を仁が少し手を加え、弾力と強度を増した釣り竿。

地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を使ったミチイトとハリス、軽銀の釣り針。

餌は川底の石をひっくり返すとくっついている川虫だ。

村育ちのハンナはそんな虫も平気でつまみ、針に付けていく。

「じゃあ、おにーちゃん、見ててね!」

仁は初めてなので、まずはハンナにお手本を見せて貰うのだ。

「えい」

岩畳の上から、深い淵の中心目掛け、針が投げ入れられた。

ウキは付いていない。いわゆる『ミャク釣り』に近い。

「かかった!」

ハンナが竿を立てる。15センチほどの魚が釣れた。

「ちょっと小さいけど、煮るとおいしいんだよ」

釣れた魚は、用意した 魚籠(びく) に入れる。

「さあ、おにーちゃんもやってみて」

「よしきた」

仁も自分の竿を操って、よさそうなポイントに針を投げ込んだ。

「ん?」

竿を持つ手に、ごつん、という手応えが感じられたので竿を立てる……が、なかなかの大物らしく、竿が満月のように撓んだ。

「おにーちゃん、大物だね!」

仁が手掛けた仕掛けと竿であるから、そうそう折れたり切れたりはしないだろうから、仁は思いきって竿を強引に引き上げた。

「わあ!」

50センチはある大物が上がってきた。ハンナが 手網(たも) を出してすくってくれた。

「すごい、おにーちゃん! これなら焼いてもらうとおいしいよ!」

仁が魚を見ると、側面に鮮やかな小判形の斑紋があって、やっぱりヤマメに似ているな、と思った仁であった。

このオマソウは、やはり淡水に棲むトロートというビワマスに似た魚と近縁種である。

トロートが湖などにも棲息するのに対し、オマソウは冷たい水の流れる渓流に棲むという違いがあるが。

その日は、仁が15匹、ハンナが17匹のオマソウを吊り上げた時点で切り上げることにした。

これ以上欲張らないことにしたのである。

「塩焼きと、煮物。それに燻製かな?」

コマの背に揺られながら仁は調理法を考えていた。

「ムニエル……ってどうやるんだっけなあ……確か下味を付けて、バターを塗って焼くんだっけ」

必死に思い出そうとする仁。あまり作ったことのない料理だからだ。

「ああ、そうだ、塩胡椒で下味をつけてから、バターで両面を焼く前に、小麦粉をまぶすんだっけ。で、レモン汁を振りかける、と」

なんとか思い出せたようで、今夜早速試してみようと考える仁であった。

レモンの代わりのラモンは二堂城にあるはずだし、マーサの家に胡椒がなければ、エリックの店に行けば手に入るはずだ。

その夜は、仁が苦心したムニエルに、ハンナをはじめ、マーサやミーネ、エルザも舌鼓を打ったのであった。