作品タイトル不明
24-11 仁、疲れる
「ううん、べつにいいよ?」
誕生日を祝ってやれなかったことを、土下座せんばかりに頭を下げて謝る仁に、ハンナはあっけらかんとした返事をした。
話を聞いてみると、元々カイナ村では誕生日を祝うという習慣がないらしいのだ。
唯一、15歳になった時に簡単なお祝いをするという。
「……でも、ごめんなあ、ハンナ」
自分も元の世界ではあまり誕生日を祝って貰えなかったので、仁はそうした寂しさを人一倍知っている。だからこそ、自分の迂闊さが許せなかった。
「できるだけ早く戻ってくるからな」
「うん、おにーちゃん」
今、どこで何をやっているのか、ハンナにもわかりやすく説明した後、仁は後ろ髪を引かれる思いでカイナ村を後にしたのであった。
* * *
セルロア王国に戻った仁をエルザが出迎えた。
「おかえりなさい。少し前に、ワインの原料が届いたと連絡が入った」
ちょうどいいタイミングだったようだ。
2人は昼食を済ませると、指定された研究室へと向かった。
「ようこそ、ジン殿、エルザ媛」
2人を出迎えたのは第一技術省長官のラタントだ。一見優しげな風貌だが、そのグレイの目は鋭い。
「先程届いた。これがワインに使われていた薬草類だ」
ラタントの前には、10種類近く……正確には9種類の薬草が並べられていた。そのうち3種類は芳香を放っている。
「これはミントだな。こっちはジャンジー、これはラモンの皮」
ジャンジーが何かと思って仁が見ると、ひね生姜そっくりであった。おそらく生姜なのだろう。
(ミントはミント、そのものだな。ラモンの皮……ああ、レモンそっくりの実の皮を使うのか)
「……こちらはラヴァンドラですね。そっちはペラルゴ」
仁の知らない植物もあったが、エルザは知っているようだ。
そして9番目。
「……エリクス、という植物だそうだ」
ラタントも初めて見る植物らしい。もちろん仁とエルザも初見である。
「これが怪しい、ですね」
他のハーブ・薬草は既知のもので、特に毒性の無い、一般的なものであった。
「『 分析(アナライズ) 』」
エルザはその『エリクス』という植物の葉を調べてみた。
「……おそらくこれ、です」
リシャール先王を診察した際、脳や内臓から検出された物質と同じものが多量に含まれていたのである。
「ふうむ、『エリクス』、か。確かかな?」
「ええ。十中八、九は」
先王を診察、治療しているエルザの言うことであるから、ラタントはとりあえず信頼を置いた。
「となると、この植物に規制を掛けないとまずいかな?」
「そう思います。とはいえ、毒と薬は紙一重、国が管理するようにすれば、よろしいかと」
「ふむ……」
エルザの言に考え込むラタント。その間に仁も『 分析(アナライズ) 』でエリクスを調べておく。同様に礼子とエドガーにも調べさせておいた。
こうすることで、エリクスの情報が得られ、今後いろいろと役立てることができようというもの。
更なる調査は専門のスタッフに任せるということになり、仁とエルザは解放された。
「お父さまやエルザさん以上に調べられる人がいるとは思えませんけどね」
部屋に戻った礼子はきっぱりと言い切った。
「ああ、ありがとう、礼子。まあ、この国にもプライドというものがあるんだろうさ」
「でも、麻薬成分の情報が手に入った」
「そうだな。礼子、お前の方から老君にエリクスの情報は回しておいてくれ」
「はい、わかりました」
こうして、蓬莱島にはまた一つ、重要な情報が蓄えられたのである。
仁とエルザはその後のんびり過ごし、夕暮れが近付いて来た頃、老君から連絡が入った。
『 御主人様(マイロード) 、フランツ王国の情勢が動きました』
「どうした、何があったんだ?」
『はい。砦に逃げ込んだと思われたオランジュですが……』
老君は報告を開始した。
* * *
オランジュが辺境にあるクロゥ砦にいるという情報は、6日朝には 解放隊(パルチザン) 司令部にもたらされていた。
司令部は、交代した王のフォローに忙しいため、地方支部に任せることにした。
連絡のための鳩が飛ばされ、 解放隊(パルチザン) 南東部支部長は動き出した。
「クロゥ砦に籠もった奸臣、オランジュを引きずり出すぞ!」
南東支部長はやや過激な男で、配下30人を引き連れ、自ら砦へと向かった。
午後の日がまだ高いうちに、彼等は砦を目にしていた。
「あれがクロゥ砦か。小さな砦だな」
砦としての敷地面積は、おおよそ一辺50メートルの正方形で、大きい方ではない。
「どうやって攻めるか……」
解放隊(パルチザン) 南東部支部長は軍人ではない。攻城戦の経験は皆無である。
「まずは小手調べにゴーレムを出してみるか……」
解放隊(パルチザン) には、支援者から提供された、戦闘用ゴーレム、雑用ゴーレムが数十体ある。そのうちの数体を連れてきていたのだ。
「まずは2体を出し、様子見だ」
支部長の命令により、鎚を手にした戦闘用ゴーレム2体が進み出た。そのまま砦へと向かって行く。
2体は砦を囲む外壁前に到着。正面にある門の扉目掛け、鎚を振り下ろした。
があん、という金属音。2撃、3撃。
それでも扉は歪まない。かなり丈夫にできているようだ。
「続けろ!」
4撃、5撃……十何撃目かで、ついに壊れた……鎚が。
「な、何!?」
鋼鉄製の鎚が先に壊れてしまうほど丈夫な扉。支部長は軍人ではないが、愚か者でもなかった。
「後退させろ!」
闇雲に攻撃しても埒があかないことを悟ったのである。
「司令部に報告だ。一支部の手に負える砦ではなさそうだとな」
そして緊急連絡の鳩を飛ばすことにした。まだ夕暮れには間があり、鳩ならなんとか今日中に司令部に着くだろうとの判断からである。
「1キロ後退だ!」
そして配下30人と共に後退し、砦を遠巻きに見つめることにしたのである。
* * *
『ここまでが現況です』
老君は説明を終えた。
「ふうん、やはり魔導大戦時の砦だけあって、今とは比べものにならないほどの防御力を持つのだろうかな」
『それは十分に考えられます。扉の材質は推測するに、未知の合金かと』
「何だって……」
だがそれもありうる話。アドリアナ・バルボラ・ツェツィの時代から700年ほど下った時代、そのような合金が開発されていてもおかしくはない。
そして魔導大戦後、人口減少と共に、他の技術と同じく忘れ去られているということなのだろう。
「大きな動きがあるまでは見守るしかないか……」
疲れた顔の仁は大きな溜め息を一つついた。
仁とて全知全能ではない。自分の力で世界を丸く収めようと考えるほど傲慢でもない。
「だけど、何が一番いいことなのか……」
仁にそれを教えてくれる者は誰もいなかった。エルザも無言のまま、考え込んでいる。
『 御主人様(マイロード) 、マキナの名で各国代表たちに知らせ、その判断に委ねるというのはいかがでしょう』
妥協案とも言えるが、今の仁にはそれが最上の策に聞こえた。
「そうだな、そうしよう」