作品タイトル不明
24-10 仁の大失態
3月6日の朝。
「エルザ、今日、ワインの原料が届くんだって?」
「うん、ようやく」
先王リシャールが愛飲していたワインの原料である。それが、コーリン地方からようやく届くというのだ。
「えーと、セザール陛下の弟君が領主になったんだったっけ」
領主であったアラン・デモヌが刑に服した後、領主が誰になったのか、仁は知らなかったし、大して興味もなかった。
が、エルザはそれではいけない、と仁を諭していたのである。
セザール王は4人兄弟で、弟が1人、妹が2人いる。
弟は3つ年下で、名をベルナールという。
「そう。着任後、すぐ送ってくれたらしい」
で、解析するので仁にも立ち会ってほしい、とエルザは言った。仁はそれを引き受ける。仁としても興味があったのだ。
届くのは早くとも昼頃になりそうなので、それまでは暇ができた。
「まさに忙中閑あり、だな」
どんなに忙しい最中にも、わずかな暇はあるもの、というような意味である。
この機会に、仁はじっくりと老君と話し合うことにした。
「まず、謎の 転移門(ワープゲート) の場所の調査は?」
『はい。人目を避けての調査ですので時間が掛かっていますが、大分わかってきました』
「よし、わかったことを詳しく聞かせてくれ」
『わかりました』
そして老君はこれまでの調査結果を報告し始めた。
『あの一帯には『カタコンベ』のようなものが多く残っているようです』
「カタコンベ?」
カタコンベとは、地下に作られた墓所のことを指す。地球ではイタリアのローマやフランスのパリにあるカタコンベ(カタコンブ)が有名だろう。
パリのそれは、元は建物を作るための石切場だったようで、その空間を有効利用したとも言えるだろう。
そういう意味では、日本の大谷石採掘場跡の方がよりイメージに近いかもしれない。
『その地下空洞よりも更に地下があるようで、マーカーの反応はそこからです』
「ふうむ……で、老君のことだ、更なる調査は開始しているんだろう?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。まずはエルラド鉱山から始めていますが、先程も申し上げたとおり、思ったより人がいるのです』
「旧レナード王国なのにか?」
もう国は無いというのに、人がいるということが不思議であった。
『はい。セルロア王国、クライン王国あたりからこっそりとエルラドライトを採掘に来ている山師のような連中です』
「ああ、そういうことか」
そういった連中によってエルラドライトが採掘され、出回っているのだろうか、と仁は考えたが、
「いや、それはおかしい」
と、矛盾に気が付く。
「エルラドライトは、民間には出回っていないはずだ」
『その通りです。エルラドライトの民間での取り引きは禁じられています。ですから、採掘したエルラドライトは全て鉱山入口で買い上げられるようです』
「なるほどな」
そのやり方だと、おそらく、人を雇うよりも安く上がるのだろう。採掘中に起きる落盤などの危険に対する保障を考慮しなくていいわけであるし。
だとしても、1つや2つのエルラドライトをちょろまかすこともあるのではないだろうか、仁はそう思った。
『特殊な魔法を使い、所持しているエルラドライトを発見するようですよ』
老君がその疑問の解答を説明する。
『エルラドライトが魔力を増幅する性質を利用して、『光』や『音』に関する魔力を放つと、もしエルラドライトを持っていればそれが増幅される、というような原理らしいです』
「ふうん……」
老君も、その魔法が使われた現場を見たわけではないので確たることは言えないが、聞いた話を総合するとそういうことになるらしい。
「まあいい。で、そのカタコンベの地下の調査はまだなんだな?」
『申し訳ない事ですがそのとおりです。人目につかないように、また、潜った先に何者がいるかもわかりませんので慎重に進めておりまして……』
「うん、それは仕方ないな。その方向でやってくれ」
『わかりました』
エルラドライトが採れるという鉱山にも少し興味はあったが、今の仁には、それよりも気になっていることがあった。
「まだ時間はあるな。よし、カイナ村に行くぞ」
ほったらかしにしてしまったハンナである。
エサイアとカイナ村との時差は1時間20分くらい、大きな問題は無い。
『コンロン2』に搭載された非常用 転移門(ワープゲート) を使い、仁はカイナ村へ行くことにした。
「エルザ、というわけだから。昼には帰る」
「うん、行ってらっしゃい」
何かあったときのため、エルザを留守番に残し、仁は礼子を連れてカイナ村へと移動したのである。
* * *
「……」
「ハ、ハンナ」
「……しらない」
2週間以上音沙汰無しだった仁に、ハンナはすっかりおかんむりであった。顔も向けてくれないほど。
「ハンナちゃん、お父さまも反省しています。どうか許して上げてください」
「……」
礼子が宥めているが、ハンナの膨れっ面は直らない。
「だけどいろいろ大変なことだらけだったんだよ。それだけはわかってくれ」
「……」
「ハンナのことを忘れていたわけじゃない証拠におみやげも持ってきたんだから」
「……ほんと?」
口先だけの謝罪でなく、物証を出したところ、少しだけハンナの顔が仁に向けられた。
「本当さ。ほら、これ」
「……わあ」
ハンナが初めて見るそれは、琥珀の玉を連ねたネックレス。
琥珀は、太古の時代の樹脂が化石化したもので、正確には鉱物ではない、ともいわれる。
それは置いておいて、化石であるがゆえに、地質の比較的新しい蓬莱島では産出せず、仁としてもセルロア王国で初めて目にした宝石であった。
ゆえにハンナが目を惹かれたのも無理はない。
「ほら、ハンナの髪の毛と良く似た色だろう?」
「……うん」
日本で琥珀色というと、土から作る顔料のアンバーを指すことがあって、赤みがかった褐色となるが、この世界の琥珀はまさに『ハニーブロンド』そっくりの色をしていた。
「ほら、よく似合うよ」
仁はネックレスをハンナの首にかけてやる。金色の髪と少し焼けた白い肌によく似合う色あいであった。
そのとき、いきなり仁の胸にハンナが飛び込んだ。
「……ハンナ?」
「……おにーちゃん、ありがとう。でも、一番うれしいのは、おにーちゃんが帰ってきてくれたこと」
「ハンナ……」
「おみやげより何より、おにーちゃんが元気で、あたしのそばにいてくれることが一番うれしい」
本当は、ハンナもすぐに仁に飛び付きたかったのだろうが、切っ掛けを失ってしまい、結果、おみやげという理由にかこつけて許したのであろう。
仁は優しくそっと、ハンナの頭を撫でた。ハンナは嬉しそうに目を閉じて撫でられるままになっている。
「ごめんな。もう少し頻繁に戻って来てやれば良かったな」
やろうと思えばそれができる仁だけに、済まなさもひとしおであった。
「……ううん、ほんとはわかってるの。おにーちゃんがいそがしいこと、おにーちゃんにしかできないことをやってるってこと。でも……」
言葉を濁すハンナだったが、仁にはその気持ちがよくわかった。頭でわかっていても、寂しいものは寂しいのだ。
(何と言ってもハンナはまだ……!!)
9歳、と思っていたが、ハンナの誕生日は2月8日。もう10歳になっているのだ。
(ああああ! 俺の馬鹿!)
それ以上に、誕生日に何も祝ってやれなかった自分の迂闊さを呪う仁であった。