作品タイトル不明
23-45 王弟の野望/意見の統一
グロリアが説明したのは以下のようなことだった。
姿を見せなかった、フランツ王国のルフォール・ド・オランジュ公爵が、1人の貴人を伴って『シベール館』にやって来たのである。
その貴人の名はアラン・デモヌ・ド・グリマルディ。リシャール王の弟で公爵。年齢は41歳。クゥプを含む王国南部を統治していた。
王位継承権はといえば、セザールとその弟妹たちに次いで5位である。
だが、彼の手には、セザールがいくら探しても見つからなかった『 鍵璽(けんじ) 』が握られていたのである。
「兄は、現王太子セザールでは国を託すに不安だということで、私に後を継がせようとしておられた。それで私にこの 鍵璽(けんじ) を託されたのだ。式典が終わった後、公表されるはずだったが……あのようなことになってしまい、残念なことであった」
「おそば近くにいた私もそれを聞いております」
オランジュ公がそれを裏付けたという。
この発言に、閣僚の過半数がアランを支持するようになったそうである。セザールを支持するのは半数に満たない閣僚と、各国代表である。
「……なんでそんなことをするかなあ……」
この時期にそんな内輪揉めをしていたら、セルロア王国という国そのものが立ち行かなくなるであろうことは仁にもわかる。
なのに、権力の亡者にはそんな簡単な事もわからないのであろうか。
「わからないんだよ、ジン」
ラインハルトが悲しげに呟いた。
「権力に曇った目には、もう足元が見えなくなるものなんだ」
「……私はご一緒しない方がいいようですね」
ヤルマー・バルツ・ガンマと仁たちでは立場が違う。
彼は残念そうにそう告げて、仁たちと別れ、歩き去っていった。
そこで仁とラインハルトは、グロリアと共に迎賓館へと向かう。礼子は、万が一にも襲撃者に襲われないよう周囲を警戒しながら付いていった。
* * *
迎賓館に戻った仁たちを待っていたのは、難しげな顔をした各国代表たちであった。
「ラインハルト、聞いたわね? ジン君も」
「ええ、グロリア殿から」
ショウロ皇国女皇帝からの質問に答えたのはラインハルト。仁は無言で頷いた。
「困ったことになったわ」
今回も、議長を務めるのはショウロ皇国女皇帝である。
「そのえーと……アランなんとかという人はどんな人なんですか?」
仁が質問した。 為人(ひととなり) を知らなければ、判断のしようがない。
「彼は、クゥプを含む王国南部を統治しているわ。少しだけ、ステアリーナやヴィヴィアン、それにエカルトから聞いたことがあるけれど……」
そこで一度言葉を切った女皇帝は、少し言いづらそうな顔で先を続けた。
「……あまりいい領主じゃないみたいね。エカルトの船を徴収する際も率先して兵を出したそうですし」
「あー……」
この時点で老君は、そちらの方面へ派遣した 第5列(クインタ) からの情報をまとめ終わり、礼子へ知らせていた。
が、礼子も、まさかこの場で仁にそれを知らせるわけにはいかない。
「個人的な印象を言わせてもらえば、セザール王太子に王になってもらいたいわね」
その言葉はその場にいる全員の気持ちだったようで、誰も女皇帝の言葉に異を唱える事はしなかったのである。
「だけれども、それを表立って私たちが言うと、内政干渉になるし、難しいところよね」
「セルロア王国内の問題ですからね」
ラインハルトも頷かざるを得なかった。
それからもいろいろと話し合いがなされたが、特にこれといった意見も出ず、夜となったのでその日の会議はお開きとなった。
「お父さま、先程、老君からの連絡が入り、わたくしが受けておきました」
部屋に戻るや否や、礼子が報告を始めた。
「よし、聞かせてくれ」
「はい。 第5列(クインタ) からの報告をまとめた結果、アラン・デモヌは、リシャールと同類だそうです」
「……わかりやすいな」
「住民を虐め、肥え太っているとのこと。今回の飢饉騒ぎでは、南部の収穫量はそれほど落ちていないので助かっていますが、もし飢饉であったら相当数の住民が餓死した可能性もあると、老君は分析しています」
「そうか、そういう王族が多いのかな」
仁は浮かない顔で呟いた。エルザも同様な表情。
「ジン兄、ライ兄が言ってたように、権力の魔力……なのかも」
「まったくなあ。上に立つ者は下の者を守る義務がある。だから下の者は税を納めるなどして従うんだが、それが一方的になったらおしまいだよな」
「ん、同感」
「俺としてはセザール王太子を推すけどな」
「うん、私も」
「明日、そのことははっきり言うことにしようか」
「うん。私に、任せて」
エルザと仁がそんな会話をしていたとき、アンが献策をしてきた。
「ごしゅじんさま、今夜は危険です。護衛を考えないと」
「え?」
「アランという次王候補が確実に王になるためには、セザールさんの存在が邪魔になります。同時に、彼を推す各国首脳も」
「ああ、そうか」
暗殺や恐喝、といった強硬手段に出る可能性があると、アンは言っているのだ。
「ごしゅじんさまやエルザさまは礼子おねえさまがいるから安心ですが、他の方々が心配です」
「確かにな」
と、なると、今の手勢では心許なすぎるので、仁は老君に連絡することにした。
「老君、各国代表やセザール王太子の護衛をさせたいから、『 隠密機動部隊(SP) 』を派遣してくれ」
『わかりました。全員を送り出します。配置はお任せください』
「よし、頼んだ」
とりあえず、これで、仁にできることは済ませた。
そうした備えを万全にしていたためか、その夜は特に何ごともなく過ぎていったのである。
そして翌朝。
「何ごともなかったようだな」
各国代表の下へ密かに派遣した 隠密機動部隊(SP) も、何も言ってこなかった。この場合、何もない方がいいのだ。
「普通に考えたら、代表に手を出すというのは愚策ですからね」
アンが言い、更に言い添えた。
「ですが、その愚策を平気で行うのがこの国ですから」
「そうだな」
苦笑しながら仁も頷いた。
「もちろん、食事にも注意が必要です」
「ああ、もちろんだな」
仁やエルザ、ラインハルト、女皇帝やデガウズ魔法技術相などは、仁が作った解毒の魔導具を持っているが、それ以外の者たちは持っていない。
昨日までは比較的安心していられたが、昨夜、そして今朝の食事には十分気を付ける必要があるだろう。
とりあえず、仁たちの元へ届けられた食事は問題なかった。
「ごしゅじんさまに何かあったらこの国が滅びますからね」
冗談とも本気とも付かないことをアンが言うと、
「いえ、国どころか世界を滅ぼしてやります」
と、礼子が真顔で答えたので仁は気を付けよう、と改めて思ったのである。
「さて、大会議室へ行ってみるか」
少し早いかな、とも仁は思ったが、行ってみれば、各国代表はもうほとんど集まっていた。皆、のんびりしている気分ではなかったようだ。
仁とエルザの後からやって来たのはブルウ公爵とガラナ伯爵だけだった。
「さて、これで全員集まったようですね。それでは、本日の打ち合わせを行いたいと思います」
女皇帝が議長を務める。そして、あくまでも非公式の会議なので『打ち合わせ』という単語を使ったのだろう。
「問題は、次期王を決めるというその重要な決定に、我々が干渉していいのかどうか、ということです」
前日も出た話題である。
「どうしても、自国の利益を考えてしまいますからな」
ブルウ公爵が苦笑しながら呟くように言った。
「まったくです」
フィレンツィアーノ侯爵もそれに同意した。
が、ここで思い掛けない人物が思い掛けない発言をした。
「……セルロア王国の国民にとって、どちらが良い君主になりうるか、を考える必要があると存じます」
仁の隣に座ったエルザである。前夜、仁と話をしたとおり、自分たちの意見をはっきりさせることにしたのだ。
「……上に立つ者は、国民を守るという義務を負っているということを忘れてはならない、と思います」
それは、列席者にとって、耳の痛い言葉であった。
「『崑崙君』と私は、王太子セザール殿下を次期セルロア国王として支持いたします」