作品タイトル不明
23-35 狂乱/脱出
「父上! 父上!」
セザールの呼びかけも虚しく、リシャールの狂乱は収まる気配を見せない。
鼻からは血を流しながら、喚き続けていた。
「ふははははは! 『リヨン』全機起動! 暴れろ! 壊せ!!」
「父上!」
あろうことか、とんでもない命令を出してしまったリシャール。
「父上、御免!」
セザールは父リシャールの 鳩尾(みぞおち) に当て身を喰らわせた。
「ぐふぉうぶっ!」
頽(くずお) れるリシャール。
だが、出してしまった命令は取り消せない。
大型ゴーレム、『リヨン』への命令権を持っているのはリシャールだけだからだ。
そして、10体の『リヨン』が暴れれば、堅牢なギョーム離宮とてどこまで持ち堪えられるかわからない。
そして、この騒動は、音声だけではあるが、離宮中に流れていた。
「な、何だと!?」
「王、乱心されたか!」
「一体、王に何が!?」
近衛兵士たちに動揺が走り、
「セルロア王はどうしたというのです!?」
「あのゴーレムに暴れろと命令するとは……正気か!?」
「ここにいたらどうなるのだ?」
列席者たちに恐怖が襲いかかった。最早パニック寸前である。
「落ち着きなさい!」
凛とした声が大広間に響き渡る。
列席者を宥めたのは、ショウロ皇国皇帝、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロであった。
「慌てても事態は改善しません。まずは現状を把握するのです!」
女皇帝が指差したのは外を映し出す 魔導投影窓(マジックスクリーン) 。
そこには、暴れる『リヨン』を相手取る、小さな 自動人形(オートマタ) の姿があった。
仁が直接指示を出すことはかなわなかったが、新生『 忍(しのび) 部隊』からの情報を受けた老君が状況を的確に判断し、礼子へと伝えていたのである。
(王が乱心ですか……と、なると、こいつらはお父さまに害をなす存在になるということですね)
身長4メートルという、ゴーレムにとって力と機敏さがギリギリでバランスする大きさに設定された『リヨン』は、それなりの強さを誇った。
だが、礼子という規格外の 自動人形(オートマタ) にとっては無意味。
その礼子は、脚部に回し蹴りを行った。
その威力の前には、『リヨン』の太い脚も枯れ枝と同じ程度にしか抵抗できなかった。
脚を破壊され、たちまちのうちに2体、3体が地に伏すことになる。
が、10体の『リヨン』は離宮のそこかしこに散らばり、短時間で破壊できる状態ではなくなり始めた。
「なら、お父さまに近い方から処理します……!」
一瞬の躊躇いもなく、礼子は離宮近くの『リヨン』へ向かった。
「……す、すごい……!」
「これなら、あるいは……!」
礼子の活躍を見た列席者は、少し落ち着きを取り戻していた。
逃げたのか、それとも事態収拾に向かったのかは定かではないが、この時点で、広間にいたセルロア王国の兵士たちはいなくなっている。
「今のうちに、屋上へ避難してください!」
仁が叫んだ。
「ジン君、なぜ?」
最も仁と親交があるといえる指導者、ショウロ皇国女皇帝が質問した。
「そこへ『コンロン2』を持っていきます。空に逃れれば、当面は安全です」
「わかったわ。……だけど、全員乗れるの?」
「大丈夫です」
今、広間にいる人員は、仁とエルザを除き、16名。
護衛のゴーレムは、『 黒騎士(シュバルツリッター) 』やガラナ伯爵の金ぴかゴーレム、クライン王国の汎用ゴーレムがこの場にいないため、7体。
『コンロン2』の定員は、操縦者とその助手、つまり蓬莱島関係者5名プラス30名と設定されている。十分収容可能だ。
「皆さん! 聞きましたか? 『崑崙君』が飛行船を屋上につけてくれるそうです。そこへ急ぎましょう!」
女皇帝の声は良く通る。列席者はその声音に安心感を覚えると共に、殆どの者が仁の手腕を知っているだけに、1も2もなくその指示に従うことにしたのである。
仁はエルザと共に屋上目指して走る。同時に、この混乱に乗じて『老君』へと連絡を取った。
老君は、この場にいない『新 隠密機動部隊(SP) 』、『リリー』と『ローズ』へと仁の指示を伝える。
すなわち、係留してある『コンロン2』をギョーム離宮屋上に向かわせること。
2体は大広間に入れないため、迎賓館の居室に待機していたが、老君からの指示を受けると即座に行動を開始した。
「行きましょう、ローズ」
「ええ、リリー」
居室の窓から中庭へと飛び出した2体は、そのまま全速力で中庭を突っ切り、気球・飛行船が係留されている前庭・着陸床へ。
まだこちらには、離宮での騒動は伝わっていないようだ。
警備している兵士が誰何しようとしたが、2体はそれを完全無視。
そして『コンロン2』は熱気球と違い、予熱の必要がない。係留索を解き、乗り込んだ2体は『コンロン2』を発進させた。
「あああ!?」
リリーとローズの不審な行動を阻止せんと集まってきた前庭警備の兵士だったが、時既に遅し。あれよあれよと見ている間に『コンロン2』は大空へ浮かび上がった。
『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』も併用し、『コンロン2』は一直線にギョーム離宮を目指した。
必死で走る列席者たちの先頭が屋上に着いたのは、ちょうど『コンロン2』が降下してきたところであった。
「ジン殿、感謝する!」
そんな声を発したのはグロリア。現役の軍人らしく、シンシアと共に真っ先に階段を駆け上がってきたのである。
アーサー第2王子も付き人のリオネスと共に、ジェシカ、シンシアに守られて屋上に到着していた。
グロリアの父、ボールトンも少し遅れてやって来る。
「とにかく、乗ってください!」
身体強化を使った仁はそんな彼等よりも早く屋上に到着していた。エルザはエドガーが抱き上げて連れてきたので息も切らせてはいない。
そんな仁が指示し、到着した者たちから順に『コンロン2』へと乗り込ませていく。
『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』で船体を固定しているのでまったく揺れない。
「ジン、助かる!」
次いで到着したのはラインハルト。ゲーレン侯爵も、少々情けない格好ながら、お付きの 自動人形(オートマタ) 、リサに抱えてもらい、到着している。
「ジン君、ありがとう!」
ショウロ皇国女皇帝も、フリッツ中佐に守られ、息を切らしながら到着。デガウズ魔法技術相はマテウスが介助していた。
同様に、護衛のゴーレムに守られつつ、屋上へやって来る参加者たち。
「ジン殿、感謝します」
フィレンツィアーノ侯爵が。
「崑崙君、感謝する!」
ブルウ公爵がその護衛ゴーレムと共に乗り込む。
最後尾はガラナ伯爵と、フランツ王国のオランジュ侯爵であった。
いや、最後に現れたのは礼子と 黒騎士(シュバルツリッター) 。
その礼子は、クライン王国の汎用ゴーレムを抱えていた。仁が作った、弟といえるゴーレムを置き去りにはしたくなかったのである。
「礼子、ご苦労だった」
「はい、お父さま。ですが、『リヨン』は7体しか無力化できませんでした」
「いや、いい。よくやってくれた」
仁は済まなそうな顔をした礼子の頭を優しく撫でてやったのである。
ラインハルトも仁と共に留まり、 黒騎士(シュバルツリッター) を労った。
「ノワール、よくやった」
「 はい(ヤー) 」
こうして、各国代表が全員乗船したことを確認した仁は、ラインハルト、それにエルザと共に乗り込み、操縦席に着いた。
エルザはその右隣に座り、礼子は左隣、エドガーは後方に。ラインハルトは客室に座った。
リリーは簡易タラップを収納し、ハッチを閉める。ローズは客室と操縦室の間に立った。
「では、行きます!」
これだけの人員を乗せていると、ヘリウムを用いた浮力だけでは浮かび上がらない。当然、 力場発生器(フォースジェネレーター) を併用することになる。
ふわ、という浮遊感を乗客たちが感じた瞬間に、『コンロン2』は離宮の屋上を離れていた。
「おお!」
「と、飛んでる……」
初めて飛行船に乗った者も多く、彼等はこんな非常時にありながらも、空を飛ぶという得難い体験に興奮していたのである。
同時に、先程感じていた仁への恐怖心も、一時的なものかどうかはわからないが、すっかり影をひそめていた。
だが、眼下には混沌が広がっていたのである。