作品タイトル不明
23-18 ロイザート/カルツ村
2月17日。いよいよ、セルロア王国の建国記念式典も間近に迫ってきた。
各国の首脳、大使らの大半は国を出ている。
この時点でまだ出発していないのは、熱気球で向かう予定の者たち。
ショウロ皇国からはラインハルトと、その義兄であるマテウス・ガイスト・フォン・リアルガー。
クライン王国からは第2王子のアーサーと、その家庭教師兼側近のリオネス・アシュフォード。
そしてもちろん、『崑崙君』、仁である。
「ラインハルトも出席するのか……」
蓬莱島の司令室で、椅子に深く腰掛けた仁が呟いた。日程ぎりぎりの決定と言えなくもないが、本人たちが諾としたのでいいだろう。
「ショウロ皇国にも一度顔を出しておくか」
本来なら、ショウロ皇国でセルロア王国からの招待……というか出席要請を聞くつもりだったのだから。
と、いうことで、思い立ったが吉日、早速行ってみることにした。
もちろん、時刻を調整した後、『コンロン2』と転送機を使って、である。
同行するのはエルザと礼子。
首都ロイザートが9時になる頃、『コンロン2』は上空にその姿を現した。
宮城(きゅうじょう) 警備の熱気球が道を空け、『コンロン2』は仁専用の着陸床に到着した。そこに駆け寄ってきたのは宰相、ユング・フォウルス・フォン・ケブスラー。
「ジン・ニドー卿、エルザ媛、レーコ殿、ようこそ。残念ですが、陛下におかれましては既にセルロア王国へ向けて発たれておりましてな」
「ああ、そうでしたか」
老君から聞いてはいたが、余計な事は言わない仁である。
「陛下からのお言伝もありますので、私の執務室へ来てもらえないですかな?」
「はい、伺います」
『コンロン2』を係留すると、仁たちは宰相と共に 宮城(きゅうじょう) へ向かった。
「さて、まずは、セルロア王国から『崑崙君』宛の言伝があるのだが、ご存知か?」
「あ、はい。クライン王国で聞いています。記念式典への出席要請ですね?」
「うむ、その通りです。では、陛下から貴殿への書状があります」
そう言って宰相は一通の書簡を差し出した。それを受け取った仁は軽い驚きを覚える。
「この手紙は……質感が特別ですね?」
それを聞いた宰相はにこりと笑った。
「木紙、といいまして、かの『ミツホ国』との交易で得た紙なのですよ」
「なるほど。皮紙より薄いですね」
情報は得ていたが、そこは知らないふり、である。
「これから、我が国を通して、小群国に広めたいと思っております。陛下も、この紙を大量にお持ちになりました」
セルロア王国への祝いの品とするらしい。文化的なこうした品は、地味なようだが、具眼の士が見れば有益であることが分かるというもの。
「それはいいですね」
「これもひとえに、かの国との交易を勧めてくれたジン殿のおかげである、と陛下も言っておられました」
「そう仰ってもらえると嬉しいですね」
仁は、蓬莱島での『木紙』の生産を開始してはいるが、島の外に出すことはせず、もっぱら島内と仲間内でのみ使うことにしようと決めている。
『木紙』で利益を得るのは、ミツホ国との交易を取り付けるという苦労をしたショウロ皇国の権利である、と思っていたのだ。
「陛下は近習と共に馬車で。私は留守番ですな」
セルロア王国建国記念式典に参加者についての情報をもらう仁である。
「船を使って、ゲーレン・テオデリック・フォン・アイゼン侯爵と魔法相デガウズ・フルト・フォン・マニシュラスが既に出発しております」
「侯爵はもうそんなにお元気に?」
ゲーレン侯爵は、サキの母方の祖父である。不幸な行き違いのため、魔族の手先に砒素を盛られ、身体を壊していたが、エルザの治癒技術で完治したのである。
「ええ。元のように、とまではいきませんが、普通に行動するには十分すぎるほどに回復なさいましてね。それにお付きのリサ、でしたか? 自動人形(オートマタ) もおりますし」
リサは仁の指導の下、エルザが作り上げた介護用 自動人形(オートマタ) である。
「……お役に立てているようで、光栄です」
「そして、エルザ媛の兄、フリッツ中佐がゴーレム『ゴリアス』を5体引き連れて行っておるわけだ」
エルザがこくり、と頷いた。
「最後に、ラインハルトとマテウスが熱気球で向かうことになっている、と、こういう次第ですな」
宰相の説明でよくわかった仁たちは礼を言った。
「ラインハルトとマテウスは明日あたりこちらへ来るはず。ジン殿たちはどうされるのかな?」
「ええ、一旦『崑崙島』へ戻り、前日に現地入りする予定です」
「ほう、そうですか。ジン殿の拠点、一度お邪魔してみたいものですな」
冗談めかしていう宰相。その日が意外と近いことには気がついていなかった。
* * *
「ラインハルト、水くさいなあ」
仁はロイザートの屋敷からカルツ村へ跳び、ラインハルトと会っていた。
「いや、僕だって昨日話を振られたのだから伝える暇もなかったのだよ」
熱気球で出向く人員は最後の最後まで揉めたと言うことである。何せ、女皇帝が出発するまでに決定できなかったのだから。
「一つには、決まっていたはずの人がギリギリになって病気と称し、行けなくなったためなんだよ」
「ふうん。仮病じゃないのか?」
この世界の治癒魔法で治しきれない病気というのは、無くはないが、その数は少ない。このタイミングで発病するということが仮病臭い、というわけだ。
「さあ、それはなんともわからないが、僕はこの役目、喜んで承知したよ」
「まあ、ラインハルトならそうかもな」
昨年、外交官としてセルロア王国を訪れており、顔見知りがいる。それ以上に、『 黒騎士(シュバルツリッター) 』が、当時彼の国一と言われたゴーレム、『 金剛騎士(アダマスウォリアー) 』を倒したということで知名度が高いのである。
「マテウスは護衛と言うことになる。もちろん、『 黒騎士(シュバルツリッター) 』……『ノワール』も連れていくつもりだ」
「……ぎりぎりかな? いや、ちょっと重いかな?」
黒騎士(シュバルツリッター) はかなり重い。改良された今でも、250キロはあるだろう。ラインハルトとマテウスも乗ったとすれば、重量超過する可能性大だ。
「あー……俺の方でノワールは運ぼうか?」
仁が提案する。
「もっとも、ラインハルトと一緒に行かないのがわかるとまずいから、ダミーを乗せてさ」
新しくした『 隠密機動部隊(SP) 』にちょっと外装を追加すればいいと仁は思った。
「ああ、それは助かるかな」
ラインハルトが嬉しそうな顔をする。
「しかし、ベルチェをほっといていいのか?」
「ああ、つわりが酷くて、とても一緒には行けない。それに、安定期にはまだほど遠いとか言われたし」
「心配だろうな」
「ああ、だが、陛下の名指しだからな」
苦笑するラインハルト。
そんな時、仁の背後から声がした。
「……ジン様、いいんですのよ。主人が国から認められているということですもの」
ベルチェである。少し顔色が悪く、調子が悪そうに見えた。
「ベル、大丈夫かい?」
「ええ、あなた。ジン様やエルザさんが見えているのに、寝てばかりいられませんわ」
「とはいえ、無理はいけないよ?」
「ええ、わかってますわ」
2人の様子を見た仁は、この2人なら大丈夫だな、と思ったのである。
「ああ、ベルチェ、わかったよ。少しでも体調がおかしいな、と思ったら、老君に連絡してほしい」
「はい、ありがとうございます、ジン様」
「カイナ村には経験豊富な治癒師、サリィ先生もいるから、いざとなったら頼ってくれ」
「ええ、お噂は伺っております。一度お目にかかりたく思ってますわ」
「……それから」
「はい?」
「改めて、ご懐妊おめでとう」
「まあ、ご丁寧にありがとうございます」
そうした仁とラインハルト夫妻のやり取りを、エルザは少し離れて眺めていた。
その顔にはちょっぴり羨ましそうな様子が垣間見えたのである。