作品タイトル不明
23-09 贈り物/返還
クライン国王の、父親としての願いを聞いた仁はしばし考え込む。沈痛そうなその表情を見て、心底後悔していると言うことも察することができた。
「そうですね……」
思うところはいくらもあるが、娘を思う父親の気持ちは伝わってきた。してはならぬ選択、というのがティアを贈り物にしてしまうことに間違いないだろうが、それを口に出すことはしない仁である。
「……わかりました」
「おお、感謝する!」
仁が承諾すると、一転して本当に嬉しそうな顔になったアロイス3世であった。
時刻は午後2時半。仁は、以前ゴーレムや剣を作った工房を借りることにした。
立ち会うのはリースと近衛女性騎士隊隊長、ジェシカ・ノートン。
「のうジン、何を作るのじゃ?」
興味深そうにのぞき込むリース。仁は青銅の塊を前にし、ちょっと振り返って一言。
「まあ、見ていてくれ。……エルザもよく見ていろよ」
そして工学魔法を発動させた。
「『 変形(フォーミング) 』『 変形(フォーミング) 』『 変形(フォーミング) 』」
「おお……」
「ジン兄の仕事は、いつ見ても、見事」
「うむ、さすがジンじゃのう」
三者三様の感想をBGMに、仁は加工を進めていく。
「うん? 見たことのある形じゃのう」
シリンダー状の部品が幾つか。レバー状の取っ手。ピストン。そして弁。
「……ポンプ?」
真っ先に気付いたのはエルザ。そう、仁が作っていたのはポンプであった。
「それならもう既に町に普及しているが……?」
これはジェシカ。
「う、じゃが、ジンがわざわざ作っているということは、何か違うのじゃろう?」
最後にそう言ったリースの言葉に仁は笑い返した。
「大当たり。これは『押し上げポンプ』さ」
ラグラン商会が普及させたのは『汲み上げポンプ』。そして今、仁が作ったのは『押し上げポンプ』であった。
「うん? 何が違うのじゃ?」
「論より証拠、使ってみせるよ」
仁は『 分析(アナライズ) 』でチェックをしたあと、礼子にポンプを持ってもらい、工房の外へ出た。向かったのは浴場である。
まだ水のままであるが、仁は構わずポンプを水に浸けた。
「さて、このポンプの特徴は……」
そんなことを言いながら、ポンプ本体を礼子に抑えていてもらい、仁は取っ手を動かす。
数回動かすと、水が中に溜まったのだろう、吐き出し口から出てきた。それを見た仁は、吐き出し口を上へ向け、取っ手を更に勢いよく動かした。
「おお!?」
すると、水が勢いよく噴き出し、天井まで届いたではないか。
「……と、いうことさ」
「ジ、ジン殿! それは確かにポンプなのだな? 水魔法を使っているのではないな?」
ジェシカが急き込んで尋ねてきた。
「ああ、もちろん。ご覧のとおりさ。もっと大きい物を作れば、そしてゴーレムにでも操作させれば、10メートル、20メートルの遠くへ水を飛ばせる」
エルザは途中で気が付いていたので何も言わなかったが、リースは仁の言葉を聞いて、その有用性に気が付いた。
「ジ、ジン! これを……くれるのじゃな? 同じ物を作ってもいいのじゃな?」
仁は頷いた。
「ああ。有効に使ってくれよ」
リースヒェン王女は涙を浮かべながら何度も頷いた。
「うむ、うむ。……ありがとう、ジン……」
水魔法を使わずに、水を遠くまで飛ばせる道具。それはつまり、消火に使えるということである。
元々仁は、セルロア王国が『水素』を使った飛行船を開発したことを憂慮し、消火の道具・魔導具を考えていた。
これはその一つである。
押し上げポンプを使った消火設備をクライン王国主導で普及させてもらうことに、仁としては特に文句は無かったのである。
「父上!」
廊下を走って王の執務室へ駆け込んだリースヒェン王女は、早口で仁が何を作ったか報告した。
「……なんと!」
そして、有用性に気が付いたアロイス3世は、セルロア王国への贈り物をこの『噴き出し』ポンプに変更することに決める。
「ジェシカ、リースヒェンと共に、魔法相の元へ急げ。ティアの改造を止めさせるのだ」
そう言って、1枚の書類を急いで書き上げ、差し出す。ジェシカはそれを受け取り、敬礼をした。
「はっ!」
王女が幼い頃から彼女を見ていたジェシカは、内心、今回の決定に不満を持っていたのである。そして今、その不満は払拭されようとしていた。
小走りに魔法相の管轄である技術棟へ向かうリース。その顔は喜びに溢れていた。
すれ違った第2王子、アーサーが怪訝そうな顔になり、あとからやって来たジェシカに訳を問い質す。ジェシカは手短に説明し、王女の後を追った。
その後ろ姿を見送ったアーサー王子は、
「ふむ、間に合ったのか。それはそれで良かったな」
と、独りごちたのである。
* * *
「……うーむ、どうやって分解すればいいのか分からぬ……」
技術棟の一番奥、魔法相直属の研究室では、作業台の上に、全裸にされたティアが横たわっていた。
ティアを前に唸っているのは魔法相、クラロト・バドス・ケーリス。
ティアの体表面を覆っているのは、蓬莱島謹製の 魔法外皮(マジカルスキン) で仁が被せ直したもの。
その構造は密で、生半可な魔力では加工出来なかった。
「クラロト様、どうしても解体するのですか?」
次官であるハーヴェイ・ソトス・フレグロードがおずおずと尋ねた。
「聞けば、この 自動人形(オートマタ) はリースヒェン王女殿下のものだったそうではないですか」
「馬鹿者。だからこそ、王家の情報を漏らされぬよう、 制御核(コントロールコア) を交換せねばならないのだ」
「はあ、ですが……」
制御核(コントロールコア) を交換すると言うことは、基本動作すら1から教えなければならなくなるということ。それでは記念式典に間に合わないのではないか。
ハーヴェイ次官がそう言うと、クラロト魔法相は鼻で笑った。
「ふん、そんなことを心配していたのか。この 自動人形(オートマタ) は、 古代遺物(アーティファクト) に準ずる価値がある。動かなくとも、十分に貢ぎ物になり得るのだ」
「貢ぎ物? 贈り物でしょう?」
「そ、そうだ。贈り物として十分な価値があるのだ」
「でしたら、 制御核(コントロールコア) を消去するにとどめ、交換は向こう様にお任せするという選択肢も取れるのでは?」
そばに居た助手が進言した。が、魔法相はそれを否定した。
「それがだめなのだ。昨日3時間ほど試したのだが、『 消去(イレーズ) 』の魔法をまったく受け付けなかった」
それも当然だ。『隷属書き換え魔法』の対策を仁が施したのである。超一流の 魔法工作士(マギクラフトマン) であろうとも、外から 制御核(コントロールコア) を消去したり書き換えたりできるものではない。
「仕方ない、目立たないところを切断するか……」
クラロトがそう言いかけたとき、研究室のドアが勢いよく開かれた。
「ティア!」
駆け寄ってくるリースヒェン王女。それに続く近衛女性騎士隊隊長、ジェシカ・ノートン。
「ティア! 『起きよ』!」
まだ 制御核(コントロールコア) が消去されていないということは、『 隷属(マスタースレーブ) 』の順位1位はリースヒェンである。
「はい、姫様」
ゆえに彼女が発した『 魔鍵語(キーワード) 』に反応し、ティアは目覚めた。
「ティア! 父上が先の命令を撤回してくれたぞ! そなたはこれからも 妾(わらわ) だけの 自動人形(オートマタ) じゃ!」
「はい、姫様。嬉しゅうございます」
「ティア!」
そしてリースヒェンとティアは抱き合った。
「……」
憮然とそれを見つめる魔法相。が、意外なことに魔法相以外の研究員はほっとした顔をしていた。
ジェシカはアロイス3世から受け取った書類をかざして見せる。
「残念だったな、クラロト殿。これが陛下からいただいた命令書だ。ティアは元通り、姫様のものだ」
こうして、ティアは元のようにリースヒェン王女のものとなったのであった。
仁には礼物として、少し前に旧レナード王国で見つかった、謎の液体が入っていた黄金の容器とアダマンタイトの容器を各1個ずつ贈られたのである。
「金は600万トール、アダマンタイトは1億トール。クライン王国にしては気前がいい」
とはエルザの感想。
無い予算からの、かなり無理をした礼物。それだけ、アロイス3世の、父親としての感謝の気持ちが大きかったのだろう。
父親としての顔を見ることができ、仁は訪問して良かった、と思うのであった。