作品タイトル不明
22-32 閑話44 カイナ村、エリックの店。
「エリック、元気そうだな」
「父さん、お陰様でね」
カイナ村、エリックの店。
エリックの父、ローランドが久しぶりに訪れていた。
息子に会いに来たわけではない。いや、それも少しはあるのだろうが、本命は商品の補充と売り上げの回収である。
ローランドは、今やラグラン商会の専務であるから、おいそれと外回りに出ることはないのであるが、ここカイナ村は別であった。
「ジンさんはいらっしゃるのかな?」
「ええ、お城でなく、ご自分の工房に」
そう言いながらお茶を差し出したのはバーバラ。店の手伝いをしているのだが、村人たちの認識はもう若夫婦である。
「やあ、ありがとう」
礼を言ってローランドはお茶の木(ショウロ皇国でいうペルヒャ)のお茶を飲む。
「ゴムボールが好評でね。他に作れる人もいないし、我が商会で独占販売みたいなものだからな」
入荷するとすぐに売れてしまう、と言ってローランドは笑った。
「父さん、ゆっくりしていけるの?」
エリックも腰を下ろし、ローランドと向き合った。バーバラがエリックの分もお茶を差し出す。
「うむ、2、3泊くらいはしていけると思う。ましてジンさんがいるなら、な」
* * *
その仁は、マーサ邸前の工房でゴム製品を作り続けていた。
カイナ村監視機構『庚申』から、ローランドがやって来ると聞き、ゴムボールの作製をずっと忘れていたことに気がついたのである。
野球ボール、手まり、ドッヂボールを各100個ずつだ。およそ、のんびりマイペースでやっているので、1時間ほどで完了した。
「あとは……ペン先か」
リン青銅を使ったペン先。ペン先300、ペン軸100、一体型ペン100をこれも1時間ほどで作り上げる。
隣では礼子が何やらやっていた。
「お父さま、これでどうでしょう?」
礼子が差し出したのは 魔石砂(マギサンド) コンロの部品。エルザは里帰り中なので、礼子に手伝ってもらっているのだ。
「ああ、それで十分だ」
礼子の周りには30個ほどの部品が出来上がっていた。
「これだけあれば、ローランドさんも満足するだろう」
「おにーちゃん、ごはんだよー」
ちょうどハンナが呼びに来てくれた。気が付けばもう外は薄暗い。2月ではまだまだ日は短いのである。
* * *
翌日、朝食後すぐにローランドは仁を尋ねた。
「ジンさん、ご無沙汰しております」
「ローランドさん、お元気そうで」
「おかげさまで。本日は……」
早速商談に入るローランド。いつものことなので、仁も承知の上。工房入り口に積んである箱を指差す。
「おお、素晴らしい! ボールにペン先、コンロですね。全部引き取らせていただきますよ!」
代金は、半分はトールで、そしてもう半分は塩、砂糖、胡椒などでもらうことにしている。
いつもならこれで商談は終わりなのだが、今日はまだ話があるようだ。
「それでですね、ジンさん、折り入ってお頼みしたいことが……」
ローランドの頼みとは。
昨日ローランドは、当然のことながらエルメ川を渡ってカイナ村にやって来た。
その時、数人の村人が、コンロの熱源となる 魔石砂(マギサンド) を採取しているのを見かけたのであるが。
「水の中で 魔石砂(マギサンド) 採りか……この冬に寒そうだ……い、いや、何だ、あれは?」
村人が穿いていたものと手に付けていたものに目を惹かれたのである。
それは、お腹付近までを覆うような履き物と、肘までを覆う手袋。
どちらも水を吸わないような材質らしく見えた。いや、ローランドの目にはゴム製ではないか、と映ったのである。
そんな話をしたあと、
「……ジンさんが作ったのではないのですか?」
と、ずばり聞いていたのである。
隠すようなことではないので仁は肯定した。
「ええ、そうですよ。胴付き長靴と長手袋ですね」
胴付き長靴というのは、渓流釣りで川の中に入って釣る際に釣り人が履いているアレである。
長手袋は肘の先まで覆う長さの手袋。
どちらも天然ゴム製で、村人のために仁が作ったものであった。
「やっぱり! それでですね、ゴム製の長靴を作っていただきたいんですよ!」
革製の 長靴(ちょうか) はあるが、油をよく馴染ませないと水を吸うので、雨天などの後は手入れが大変である。
湿ったまま保管しておくとカビが生えるのである。
天然ゴムであれば、汚れを拭く程度で済むのではないか、と考えたローランドには先見の明があると言えよう。
「ははあ、いいですよ。大きさはどうします?」
そこでローランドは成人男性の標準的な26センチ、27センチ、28センチを各3足、また女性用に22センチ、23センチ、24センチを各2足発注した。
「これはきっと売れますよ!」
との一言も添えて。
「えーと、明日の夕方でいいですか?」
その気になれば昼までにできてしまうが、この日はハンナと遊びに行く約束をしていたので少し余裕を見て答える仁。
「ええ、ええ! 是非よろしくお願いします!」
ローランドは有頂天で帰って行った。
「おにーちゃん、もういい?」
ハンナが釣り竿を担いで仁を迎えに来た。
この日は、エルメ川上流の淵へ魚釣りに行くのだ。
冬の間、深い淵でじっとしている魚は、餌の食いが悪くなかなか釣れないが、それを何とかして釣るのも楽しい。
「お父さま、お弁当とお茶の準備もできています」
「よし、行くか」
仁、ハンナ、礼子はゆっくりとエルメ川上流に向かって歩き出した。
* * *
「それにしてもこの村はいいところだな……引退したらこういうところに隠居したいものだ」
等と益体もない事を考えつつ、ローランドはカイナ村をゆっくりと巡っていく。
「ん? あれは?」
すれ違う子供たちが手にしていたのは凧。エルメ川の土手の上は風が吹くので揚げるのにはちょうどいいのだ。
仁が以前モフト村で作ったフレキシブルカイトなので安定性もよく、まず落ちないと言っていい。
子供たちの後を付けていったローランドはその光景を見て、更に仁への製作依頼が増えたのである。
「いやあ、来て良かった」
その夜、エリックの店で、ローランドはエリックと差し向かいで酒を酌み交わしていた。
「……この酒、美味いな」
それは仁がエリアス王国から個人輸入したワイン。
ほとんど原価で、二堂城にて販売しているのだ。
「ジンさんはこの前『崑崙君』になったしね。この村もますます住みよくなっていくよ」
「ふむ、だが暮らしぶりは変わらないな」
「うん。無闇に変えるのが必ずしもいいことじゃない、って言ってたしね。僕もそう思う」
「だな。古いものにも価値はあるし、今までの生活には伝統というものがある。貴族などは、使用人がいないと何もできないそうだからな」
「あはは、そうだよね。でもこの村の人たちは違うよ。何でも自分たちでやろうとしているもの」
「だからジンさんもこの村がお好きなんだろうな」
父と息子の対話は和やかに進んでいく。
「……で、お前、バーバラさんとはどうなんだ?」
「ぶっ」
いきなり変わった内容にエリックは吹き出した。
「おいおい、まだ何にも無し、ということはないだろう?」
「……うん。春になったら、一度彼女を連れてアルバンへ行こうと思っているよ」
「それは、彼女をお義父さん……お前のお祖父さんに紹介するという意味でか?」
「うん」
「……そうか。そこまで考えているなら私は何も言わん。あとは商会長でもあるお祖父さんと相談しろ」
ローランドは少しぶっきらぼうに言って、コップの酒を一気に飲み干したのである。
春風が吹く頃、カイナ村に『エリック商会』が誕生するのであろうか。