作品タイトル不明
22-30 閑話42 船、その後
「うんうん、やっぱりジンの腕は最高だね!」
ここはエリアス王国南端、マルシア工房。今、3隻目の浅底船が進水したところだ。
フィレンツィアーノ侯爵から発注された全長6メートルの浅底船。
1隻目の性能が殊の外よかったので、事前の話通り、5隻の追加発注が来ていたのだ。
このくらいの大きさであれば水車駆動で十分な推進力が得られる。ただし、駆動しているのはゴーレムではない。
「……ゴーレム駆動機、か……」
ゴーレムの腕だけを取り出したようなもの。
「確かに、去年のゴーレム艇競技では上半身ゴーレムなんてのがいたけどさ」
それを突き詰めて、腕だけにしたものを作るとは思わなかった、とマルシア。
「ふふ、ジン殿は『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』だからな。常人とは違うのだろう」
マルシアの父、ロドリゴも微笑みながらゴーレム駆動機を見つめた。
『崑崙君』であり『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』である仁が、マルシア工房と直接契約で供給することになったゴーレム駆動機。
これがあれば、水車駆動の泣き所とも言える動力伝達の問題が解決する。
つまり、ベルトも、チェーンも介さずに直結できるのだ。
回転数は上がらない構造であるが、代わりにトルク(回転力)がある。低速で力強い回転ができるということ。これは水車駆動にはうってつけだった。
「浅底船との相性も良いよね、父さん」
「ああ、そうだな。このおかげで注文が殺到しているしな」
水車駆動のマルシア工房、という評判が定着し、小型船では一番人気を博していた。
そもそも水車は、その性質上、水中に没しているのは半分以下。つまり、浅底船に向いているのである。
「だが、大型船にはこの駆動法はな」
ショウロ皇国で大型船建造に携わったロドリゴは、水車駆動の欠点も承知していた。
水飛沫を上げるイコール無駄の発生、という概念を、仁と一緒に仕事をした数日で覚えたのである。
スクリューの存在は知らないので、『水没水車』というものができないか、日夜悩んでいるのだが、まだ目処は立っていないのが現状である。
「でも父さん、うちの工房じゃこのくらいの大きさまでしか請け負えないよ」
苦笑しつつマルシアが言った。個人の工房で20メートルを超えるような大型船はちょっと無理だ。
「ああ、そうだな」
それでも、技術屋というのは考えてしまうものなのである。
この先も、ロドリゴは水没させて使える水車を考え続けることになる。それが実を結ぶかどうかはまだ分からない。
* * *
「陛下、新造船が完成しましてございます」
「うむ」
その日、セルロア王国首都エサイアでは、第1技術庁長官ラタントが国王リシャールに報告をしていた。
ラタントの頬はこけ、目は落ち窪んでいる、不眠不休に近い毎日のせいだ。
それだけ、セルロア王国の技術陣には負担が掛かっていたのである。
1ヵ月足らずで作り上げたのであるから無理もない。
「全長60メートル。接収した『ブリジット』……と、今は『カードル』でした……を元にした船です」
見本があれば同じものを作るのは簡単かというと、そうではない。
コピー製品がオリジナルを超えることはまずありえない。
設計思想を踏まえず、知ろうともせずに形だけを真似ることに拘った結果、劣化コピーしか生まれないという実例は至る所にある。
構想はエカルト・テクレス、設計・製作はアルタフとギェナー。
彼等無しで同じ物ができるはずもなく、似て非なる物ができあがっていた。
そのため、細かな不具合が引きも切らず、ラタントのやつれ具合はそれを反映していたと言えよう。
それでも、60メートルの大型軍艦は、未だどこの国も所有していないはずと、セルロア王国では自負していた。
「アスール湖だな?」
「は、仰せの通りで」
巨大湖であるアスール湖にて作られた巨大軍艦。
大河アスール川からナウダリア川という経路で楽々海へ出られる。
「建国記念式典はダリで行うこととするか。そちらの準備も進めなければな」
セルロア王リシャールはにやりと笑い、各国首脳が驚く顔を想像し、一人悦に入ったのである。
* * *
こちらはエゲレア王国南部、オコソソの町。
よく言えば静か、悪く言えば寂れた辺境の町だったが、新年を迎え、にわかに活気が溢れていた。
船の建造用ドック建設が始まり、人がどっと押し寄せてきたのである。
辺鄙(へんぴ) な田舎町は一夜にして活況を呈した。
道路が整備され、雨後の 筍(たけのこ) のようにホテルが建ち、商店が出来、家屋が増えた。
そして2月を迎え、ドックが完成すると、兵士もその数を増す。
それは、この町がセルロア王国との国境に位置するからで、当然の措置と言える。
「ふむ、面白い形の船だな」
「ええ、初めて見ますね。何でも、ショウロ皇国で湖や河川の運搬に使われている型だそうですよ」
浅底船の模型を初めて見る技術者たちだが、それなりに腕はよく、5メートルから10メートルの大きさになる船の建造が開始された。
* * *
「2号艦、進水!」
「命名、『グラナート』」
グラナートとは『ざくろ石』(=ガーネット)のことである。
ショウロ皇国では、40メートル級木造大型軍艦には、1号艦の『ベルンシュタイン』(=琥珀)に倣って、鉱物名を付けることにしたのだ。
そして赤いざくろ石に因み、『グラナート』の艦橋部分は赤く塗装されていた。
「……苦労しましたな」
「いやまったく。ジン殿、ラインハルト殿らが抜けただけでこれほど大変とは思いも寄りませんでした」
「同感です。ですが、この苦労は、我等技術者全員にとって大きな 糧(かて) となりましょう」
シモス町の 造船工(シップライト) 、クーバルトは、共に苦労した仲間たちと笑い合った。
今、『グラナート』は、静かにワス湖湖面に浮いている。これから技術者による入念なチェックが行われ、その後初航海に乗り出すのである。
「見事に作り上げたようだな」
「そのようですな」
進水式にやって来た宰相、ユング・フォウルス・フォン・ケブスラーは、隣にいる魔法技術相、デガウズ・フルト・フォン・マニシュラスと微笑み合った。
「これからは船の時代、水運の時代が来るのでしょうかな」
「うむ、気球は速いが、制約が多い。荷も積めないしな。その点、船は違う。何より費用対効果が高い」
今後、異民族……ミツホ国や、エゲレア王国、クライン王国などと交易を行うに当たり、船の存在は不可欠になるだろうと、誰もが考えていた。
しかし、商船の保護という考えは今までになく、今回、急遽水軍の編成という形で命がくだされたのである。
これは、仁が与えた教育用 自動人形(オートマタ) 『 指導者(フューラー) 』による示唆もあるとはいえ、ショウロ皇国首脳陣の進んだ考えが背景にある。
「いずれ、運河を掘削するというのもいいかもしれぬな」
「そうですな」
元々、ショウロ皇国の首都ロイザートは水の街でもある。追加整備することに何ら問題は無い。
「工事には『ゴリアス』も使えるでしょうしな」
『ゴリアス』は身長6メートルの巨大ゴーレムである。その力は、土木工事でも威力を発揮する。
「うむ」
「そう言えば、セルロア王国から、建国記念式典への招待が来たと聞きましたが」
魔法技術相、デガウズの質問に、宰相は黙って頷いた。
「彼の国のことだから、きっと色々と準備し、軍事的な圧力を掛けようというのでしょうが……」
「デガウズ、そんな脅しに屈する我が国ではない。また、屈してはならぬ」
「ですな。……ここは、『グラナート』と『ベルンシュタイン』の2隻を用い、向かうのがよろしいかと存ずる」
「うむ、私もデガウズと同意見だ。脅しに屈するわけにはいかぬ」
船舶の未来は明るいが、各国間には緊張感漂う3458年。
セルロア王国建国記念式典まで、もう1ヵ月を切っていた。