作品タイトル不明
22-20 脱皮
仁の講義はまだ続いていた。
障壁結界(バリア) は、今のところ、球・半球・棒状などの幾何学的な形状にすることはできているが、自由に形を変えるまではできてはいない。
だが、『 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) 』の革が、 自由魔力素(エーテル) や 魔力素(マナ) を通しやすく、かつ漏らさないような性質を持っているとすれば。
「……なるほど、ジンの言いたいことがわかったよ」
サキは目を輝かせて、手にした切れ端を見つめた。
「試してみよう」
仁も切れ端の1枚を手に取って、試しに 魔力素(マナ) を込めてみる。すると。
「おおっ!?」
しわの寄っていた切れ端が、ぴん、と伸び、薄い鉄板のようになったではないか。
指の先で弾くと、かつんと言う音。薄い鉄板を弾いたような感触がある。
「これは凄そうだ」
横で見ていたエルザとサキも目を見張っている。
「うん、まさかこれほどとは……」
「ん、同感。これなら最強の素材というのも頷ける」
「……なんとしても大きな抜け殻を確保したいものだな」
改めて目的を再認識する仁。
「ジン! ちょっと来て!」
そんな折、シオンから声が掛かった。
「うん、どうした?」
「あの……ね、何だか、あっちの方に何かいるような気がするの」
シオンが指差したのは進行方向から15度ほど右にずれた方向。
「何かって?」
「何かは何かよ。それ以外に言いようがないの」
「ふうん……」
シオンは、若いとはいえこの北の地に生まれ育った魔族である。特有の勘のようなものがあるのかもしれない、と仁は判断した。
「よし、ランド1、進路変更だ」
「了解です」
「ジン、信じてくれるの?」
自分が言い出したことなのに、シオンは信じられないといった顔。
「ああ。どっちが正解なんてわからないしな。今はシオンの勘を信じるよ」
「あ、ありがとう……」
少し顔を赤らめ、俯くシオンであった。
そして進むこと30分。ギールツェ岳が迫って来た。
そして再びシオンの声が。
「ジン! あ、あれ……」
彼女が指差す窓の外。ギールツェ岳の岩壁が立ち上がるすぐ手前。
「うわっ……」
そこには、象牙色をした巨大な山……いや、ドラゴンが蹲っていたのである。
「で、でかい……」
陸棲のドラゴンは、日本や中国の竜と違い、西洋でいうドラゴンの体型に近い。
直立できるコモドドラゴンの腹部を膨らませた感じだろうか。
「特撮映画の怪獣だな……」
正直な感想が仁の口から漏れた。
「とくさつえいが?」
シオンがその単語を聞きとがめる。
「ああ、いや、途轍もなくでかいなあと思ってさ」
「ほんとね。あたしも初めて見たわ」
純白ではなく、温かみのある象牙色をしたそのドラゴンは、眠っているかのようにおとなしい。
「……もしかして、脱皮する?」
「え?」
隣にやって来たエルザが推測を述べた。
「だって、ほら」
盛り上がった背中の部分にヒビが入っていた。
爬虫類の脱皮する過程は知らないが、 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) が爬虫類に属するというわけでもないだろうし、等と考えながら、仁はその光景を見つめていた。
ゆっくりと背中のヒビが大きくなっていく。40メートルを超える巨大な体躯であるから、更にそれはゆっくりとしているように感じられた。
「運がよかったな。獲れたての抜け殻が手に入りそうだ」
ゆっくりとカプリコーン1を近づけさせる。とはいえ、500メートルほどの距離は保つことにした。
30分、背中に始まったヒビは尾の付け根まで達した。
その下から、濡れたようにツヤのある、ピンクアイボリーの皮膚が覗いていた。
「……吹雪の晴れ間に脱皮するのかも」
またエルザの推測。だが、それは的を射ているのかもしれない。
空にはまだ青い部分が多く、雲6割、青空4割といったところだ。あと数時間は大丈夫だろう。
古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) は、じりじりと皮を脱ぎにかかった。
「ご主人様、接近反応あり」
「何?」
「おそらく、 凍結竜(フロストドラゴン) です。複数いるようです」
「脱ぎたての皮を食べに来たか。……この皮だけは確保させてもらうぞ」
古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) が何体棲息しているかはわからないが、この1体分の抜け殻だけは確保したい仁である。
「お父さま、出ましょうか?」
礼子にとっても、自分のために採取に来た素材である。
「よし、頼む。転送銃を使うんだぞ?」
「はい、わかっております」
仁は自分の銃も差し出した。
「どうやら 凍結竜(フロストドラゴン) は複数だというからな。これで4連発できる。気をつけて行けよ」
「はい、ありがとうございます」
礼子は一つ頷くと、エアロックを通って外へ。
そのままだと雪に潜ってしまうので、 力場発生器(フォースジェネレーター) を使い、浮遊しつつ 凍結竜(フロストドラゴン) へと向かって行った。
「レ、レーコちゃんも空飛べるの?」
それを見たシオンは驚愕を顔に浮かべた。だが、それもすぐに収まり、小さな溜め息とともに呟きを漏らす。
「さすがジンよねえ……」
礼子は『 不可視化(インビジブル) 』を展開しつつ、 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) を飛び越え、 凍結竜(フロストドラゴン) を迎え撃つ。
まだ距離は数キロあるが、 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) を脅かさないよう、早めに撃退することを選択した。
「4頭……ですか」
大きな個体が1頭、中くらいのものが2頭。そして小さめの個体が1頭、時速20キロほどで接近していた。
積もった雪を蹴立てるその様はまるでラッセル車だ。
「お父さまと、わたくしのために……近づけさせません!」
このために用意した『転送銃』。大型のドラゴンも転送できるようにし、さらにカートリッジ式にしたもの。
まず、礼子は先頭を行く中くらいの個体を狙った。
「発射!」
体長25メートル、時速20キロであれば、転送銃の狙いを外すことはまず有り得ない。
先頭を行く 凍結竜(フロストドラゴン) が掻き消すようにいなくなった。
今回の転送先は50キロメートル東方。2時間半くらいの時間稼ぎができる。
残った3頭の 凍結竜(フロストドラゴン) は、1頭がいきなり消えたため、驚いて急停止した。
その隙を狙ってもう1発。一番小さい個体が掻き消えた。
転送銃は2連発。2発撃った後はカートリッジを交換しなくてはならない。が、礼子は2丁用意していたので、即座に持ち替えた。
しかし、さすがはドラゴン種というべきか。
姿は見えないはずなのに、礼子がいる方向に向け、あらゆるものを凍てつかせるような冷気を口から吐き出した。
「……これが 凍結竜(フロストドラゴン) の武器ですか!」
回避する礼子。だが、そのために転送銃の狙いが逸れてしまった。
「とりあえず、あと1発!」
残った1発で中くらいの個体を転送。
残ったのは最も大きな個体である。その体長はおよそ30メートル。
礼子は高く飛び上がり、十分距離を取ったところで、銃のカートリッジを交換する。
その時。
凍結竜(フロストドラゴン) の吐いた冷気が、何と礼子のいる高空まで届いたではないか。
「え……っ!」
カートリッジ式交換を急ぐあまり、警戒が一瞬おろそかになった、その隙を突かれた。
正確な位置はわからなかったのだろうが、魔力を探知したものか、とにかく礼子のいるおおよその位置を目掛けて吐き出された極寒の冷気。
それは礼子の左半身を掠め、凍結させたのである。
「……この冷気は魔力なのですか!……」
転送銃を使う関係上、魔法を防ぐ 魔法障壁(マジックバリア) は張れない。ゆえに 物理障壁(ソリッドバリア) を張っていたのだが、冷気を防げなかったのである。
左半身の服、皮膚、筋肉、骨格まで凍り付く。推定、マイナス250℃にもなろうという冷気だ。
礼子の動作が鈍くなる。魔力絶縁構造になっている体内、その最奥部の 制御核(コントロールコア) は無事だが、 魔法筋肉(マジカルマッスル) がまるで動かない。
「解凍……はあとにして……」
右手だけで撃てるので、辛うじてカートリッジを交換し終わった転送銃を構える礼子。
慎重に狙いを付け、発射。
大きすぎる的、間違いなく命中。 凍結竜(フロストドラゴン) は消え失せた。
「……『 加熱(ヒート) 』」
体温発生用の発熱機構だけでは間に合わず、礼子は工学魔法『 加熱(ヒート) 』で凍結した左半身を温める。
数十秒かかって解凍は完了した。
「これで当分邪魔は入らないでしょう」
周囲を見渡し、もう 凍結竜(フロストドラゴン) がいないことを確認した礼子は、 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) を驚かせないようにゆっくりとカプリコーン1に帰投したのである。