作品タイトル不明
22-10 駆け足のお披露目
「エルザ! ありがとう!!」
グロリアの傷痕がきれいになったので、フリッツも入室することができた。そしてその場で彼はエルザの手を取り、深く頭を下げたのである。
これには横で見ていた当のグロリアも驚いた。
「フ、フリッツ殿……」
心なしか顔が赤いのは、再生した皮膚がまだ新しいからだけではないだろう。
「いやあ、共に行軍していて、あの惨状だったからな、俺としても責任を感じてしまって」
「……」
エルザから見てもそのセリフはどうかと思わせるようなフリッツの物言いである。
次いでフリッツはグロリアに向き直り、その肩に手を置いた。
「グロリア殿、本当によかった。うん、元通りに綺麗な顔だ!」
「フリッツ殿……」
下げて上げるような、天然の物言いをする兄を見たエルザは心の中で溜め息をついて、
「兄様、グロリアさん、それでは私は、これで」
と、その場からの退場を選んだのである。
「そうか、よかったな」
エルザから話を聞いた仁も安心した。
「これで明日からは予定通りに動けるな……しかし面倒だな……」
仁としては、『コンロン2』のお披露目がだんだん面倒臭くなってきていた。
「……ジン兄が言い出したこと。ちゃんと終わらせて」
そんな仁の心理を読んだかのように、エルザは釘を刺すのであった。
* * *
「うわあ! これってすごいよ!」
翌日。仁は、エゲレア王国第3王子、アーネストを『コンロン2』に乗せていた。
「速さもだけど、何より安定性が違う。ジンは凄いんだねえ」
「うむ、これは凄い! 我が国も頑張らねばいけませんな」
そしてもう1人の同乗者は魔法相ケリヒドーレ。
エゲレア王国の要人2人を乗せて、ブルーランド上空で折り返してきた『コンロン2』は、静かに外宮中庭に着陸した。
そこには宰相のガルエリ侯爵、防衛相ジュードル、近衛騎士隊隊長ケリーらが出迎えていた。
そしてその日の午後、『コンロン2』はエリアス王国目指して飛び立つのである。
蛇足ながら、救援要請に応えた仁に対しての礼として、遠征隊が手に入れた 魔結晶(マギクリスタル) から、1億トール相当分をもらえる旨の約定が交わされていた。
仁の消費癖を知っているエルザとしても、これは嬉しい臨時収入であった。
「……行ってしまったか……」
クライン王国女性騎士隊副隊長であるグロリアと、ショウロ皇国国外駐留軍中佐、フリッツ・ランドルは、肩を並べて、小さくなっていく『コンロン2』の機影を目で追っていた。
「今回はジン殿に会えなかったな……」
いかにも残念そうなグロリア。剣を作って欲しいと頼みたかったのであろうか。
「あ、副隊長、ジン殿と言えば、こんなものを預かっています」
グロリアの副官、シンシアが細長い包みを手渡した。
「ん? 何だろう」
半ば期待に胸を膨らませながら、グロリアはその場で包みを開ける。
「おお……!」
それは、『もどき』の体液で溶かされかけた剣だった。いや、いまはすっかり元通りに直っている。
「ジン殿、いつの間に……」
実は、剣の惨状に気付いたエルザが、治療の帰りにそっと持ち帰っていたのである。
そして仁が快気祝い代わりに、と直したというわけだ。
今度の剣は、アダマンタイトの刃はそのままであるが、それを挟み込んでいるのはただの鉄ではなく、腐食に強いクロム鋼を使い、全体にアダマンタイトのメッキをかけてあった。
それを一目でそうと見抜いたグロリアはすっかりご満悦、輝くような笑みを浮かべる。
そんな彼女の横顔を見つめるフリッツを更に見て、溜め息をつくシンシアであった。
一方、同じく見送っている宰相と魔法相。
「……行ったか」
「行きましたな」
「しかし、途轍もないものを作ってしまうのだな、ジン・ニドー卿は」
「同感です」
ガルエリ宰相の言に頷く魔法相ケリヒドーレ。
「……第3騎士隊の救援を要請した時刻と、現地に着いた時刻、そして距離。矛盾している気もするが、あまり深く考えぬ方がいいのだろうな?」
「は、そう考えます。追及したところでどんな益があります?」
ケリヒドーレの物言いに頷くガルエリ宰相。
「うむ、その通りだ。それよりも今は 喫緊(きっきん) の問題がある」
「は、我が国の情報が彼の国に漏れている問題ですな」
「その通りだ。間諜の洗い出しを行わねばならぬ」
* * *
仁たちの乗る『コンロン2』は同日夕刻、エリアス王国に到着した。
王都にいたフィレンツィアーノ侯爵も駆けつける。
試乗会は翌日と言うことで、仁たちは晩餐に招かれる。饗応役はフィレンツィアーノ侯爵。
「『崑崙君』、ようこそ。今度の飛行船は『コンロン2』ですか。素晴らしいものですね!」
「ええ、速度も速いのです。ここからショウロ皇国まで半日で行けるのですよ」
「それは素晴らしいですわね!」
今日のメインは、トポポとチーズを使ったピザのようなもの。
なかなか美味しい。
「……このチーズは、モフト村の?」
「ええ、そうですよ」
エルザとしても、味に覚えがあったのでそう言ってみたのだが、当たっていたようだ。
こうして、夕食は和やかな雰囲気のうちに終わった。
「これで明日の夜にはショウロ皇国に戻れるな……」
エリアス王国の首都ボルジアとショウロ皇国の首都ロイザート間は900キロ弱。時速200キロを出せば4時間半で着ける。
仁は、一刻も早く、素材の研究がしたくてたまらないのだ。
「ジン兄は相変わらず」
エルザは苦笑し、
「お父さま、わたくしのために……」
礼子は感激していた。
ボルジアの夜は、エゲレア王国の首都アスントよりも更に暖かい。
部屋の窓を少し開けてみれば、ちょうど昇った月が見えた。
「……あの月の謎もいつか解いてやる」
そんな仁の呟きを聞き、微笑むエルザであった。
明けて27日の朝。
快晴の空の下、『コンロン2』は軽快に空を飛んでいた。
「すばらしいですわね、『崑崙君』、ジン・ニドー卿」
同乗しているのはフィレンツィアーノ侯爵と、
「まったくだ。我が国でもこうした乗り物が開発できるよう奮起せねばな」
宰相、ゴドファー侯爵。
これまでのところ、『コンロン2』を見、試乗してみて、無条件に欲しがるような者はいなかった。
仁という人物を正しく理解しているといえるだろう。
青い海と青い空、青と青に挟まれた空間を、『コンロン2』は飛び回る。
着陸した時、フィレンツィアーノ侯爵とゴドファー侯爵は名残惜しそうな顔をしていた。
「『崑崙君』ジン・ニドー卿、貴殿とは末永くお付き合いしたいものだな」
別れ際に宰相、ゴドファー侯爵はそう言って仁の手を握った。
「『崑崙君』ジン・ニドー卿、またお会いできる日を楽しみにしていますわ」
フィレンツィアーノ侯爵は微笑みながら別れの言葉を口にした。
「それでは、また」
「お世話になりました」
仁とエルザは機上の人となり、窓から手を振る。礼子は操縦担当だ。
次第に小さくなる『コンロン2』に向かって、宰相は敬礼をし、フィレンツィアーノ侯爵はゆっくりと手を振っていた。
「ああ、これでやっと終わった」
ほっと息をつく仁に、エルザが釘を刺す。
「ジン兄、まだ最後が残ってる」
ショウロ皇国でのお披露目はどのようなものになるだろうか。