作品タイトル不明
22-01 新型飛行船
多くの人類が暮らすローレン大陸の東、その海のただ中にある蓬莱島。
北回帰線が真上を通っており、気候的には亜熱帯に近い。
『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』であり、『崑崙君』である二堂仁の、真の拠点である。
今、仁は、大きな問題を解決すべく、検討を重ねていた。
問題とは、『移動時間』。
崑崙島からショウロ皇国首都ロイザートまでの約1300キロという距離を解決することだ。
「要するに時速200キロか」
6時間半で移動可能なら、1日で既知世界のどこへでも行けるということになると仁は考えた。
「だけど、今の飛行船でそれは少々無理があるよなあ……」
風避けの結界と 力場発生器(フォースジェネレーター) を使っても、時速150キロが限界。
それ以上は突風などの緊急時のことを考えると強度的に不安がある。
「作り直すか」
そうと決まれば、仁の行動は早い。
礼子に材料を用意してもらい、老君には『ダイダラ』と『 職人(スミス) 』を手伝いに寄越してもらう。
折しも、エルザはショウロ皇国の実家に里帰り中である。
研究所裏手に建設した大型専用工房で、ということになる。
「全長は40メートルにしておくか」
今のものと同じ、かつ、ショウロ皇国等の大型船と同サイズ。
「今度は『硬式』飛行船だ」
硬式飛行船とは、内部の 空気(ヘリウム) 圧によって気嚢を膨らませるのではなく、金属などのフレームに外皮を張って複数の気嚢を内部に収納する方式である。
色々メリット・デメリットはあるが、今回仁は、機体の剛性を高めるため、この方式を採用することにしたのである。
形は細長い水滴型にし、後方に安定翼を付ける。ほとんど現代日本で目にするものと外見は変わらない。
だが中身は全くの別物だ。
「フレームは64軽銀だな」
可能な限り軽く、丈夫にする。
もちろん外皮と中の気嚢は GS(グランドスパイダー) P(樹脂) 。
ゴンドラは吊り下げではなく、フレームに取り付けることにした。これにより、上方の視界は悪くなるが、揺れは軽減される。
「30人乗りにするか」
もちろん、この気嚢の大きさで30人を乗せることは不可能。
この仕様だとせいぜい4人くらいまで。だが、とある目的のため、仁は30人乗りとしたかったのである。
差分は『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』で補う。
「お父さま、『重力制御魔法』ではいけないのですか?
礼子が疑問を口にした。
「ああ、それでもいいんだがな。今一つ、『重力制御魔法』の実体が掴めなくてな……」
「どういうことです?」
その疑問に、仁は手を止めて説明をしていく。
「重力といいながら質量も変化しているようだし、重力を増やしてもダウンバーストが発生しないし……」
ダウンバーストとは、普通は積乱雲などで発生した上昇気流の反動として起きる、強烈な下降気流のこと。ここで仁は、『局所的に起きる強烈な下降気流』くらいの意味で使っている。
そこは魔法だから、といってしまえばそれまでだが、普通の魔法は全て、物理法則の延長上にあるものなので仁としては気になっているのである。
「あとはやっぱり効率かな」
力場発生器(フォースジェネレーター) の方が、重力制御魔法よりも 自由魔力素(エーテル) の消費量が少ないのである。
これだけでも十分な理由にはなる。
「わかりました」
礼子も納得したようだ。仁は 魔導機(マギマシン) の組み立てに入る。
「お父さま、それは?」
「ああ、『ジャイロ』だ」
「ジャイロですか」
仁が言っている『ジャイロ』は、高速回転する円盤だ。仁は昔持っていたジャイロの原理を使った 独楽(こま) を思い浮かべていた。
仁が作っている物は、正確には『ジャイロスタビライザー』になるのだろうか。
密閉した筐体の中で、アダマンタイト製の円盤を風魔法によって回転させる。タービンと同じ原理だが、外へ動力を取り出す必要がないので、 自由魔力素(エーテル) の消費は僅かで済む。
これを付けることで、揺れを抑制することができるのだ。
1個では回転軸回りの運動に関しては抑制しないので、直交する2個の円板を回すことで解決、『ユニット』としての『ジャイロスタビライザー』とした。
「推進器は 噴射式推進器(ジェットスラスター) にしておくか」
雨の中でも効率が落ちないように、『 風魔法推進器(ウインドスラスター) 』でなしに『 噴射式推進器(ジェットスラスター) 』を使うことにした。
「お父さま、船室の方はこれでよろしいですか?」
礼子には船室の製作を頼んでいたのだ。
「ああ、いいな」
内装に使ったのは、いつもの64軽銀……チタンではなく、アルミ合金である。
それも、超ジュラルミンと呼ばれる、アルミニウムに銅とマグネシウムを添加したもの。耐食性には劣るが、室内用には問題ない。
軽銀より軽い(軽銀の比重は4.5、アルミの比重は2.7)ので、さほど強度を必要としない(とはいえ超ジュラルミンならかなり強度は高い)内装に用いたわけだ。
折り畳み式の椅子が20脚、作り付けの椅子が10脚。どちらも質感は同じにしてある。折り畳みだからといって補助席のようなチープさはない。
椅子の背もたれを倒せばフルフラットになり、寝泊まりもできる。
軽量の冷蔵庫と、電子レンジもとい『 魔導(マギ) レンジ』も備え、軽食が取れるようになっている。
小型の倉庫の奥には 転移門(ワープゲート) があって、積み込んでいない物も取り出せるようになっていた。
ゴンドラ内部は完全に気密式となり、空調もなされているから快適に過ごせるはずだ。
そして、脱出用の 転移門(ワープゲート) も別枠で備え付けられている。
「よくできているよ。ご苦労さん、礼子」
嬉しそうな礼子は、更に仁の手伝いを買って出る。
「お父さま、あとは何をいたしましょうか?」
「もう9割方できているから、試験飛行を頼む」
「わかりました」
こうしたテストは必ず礼子の役目になっている。他のゴーレムに頼んだりすると落ち込んでしまうのだ。
『お父さま、いい調子です。揺れもかなり抑えられています』
魔素通信機(マナカム) を通じて、空の上から礼子が報告してくれている。
『ですが、時速200キロは無理な気がするのですが』
「ああ、それは最終艤装が終わってからになる。今は操作性とバランスを確認してくれ」
『わかりました』
それからしばらく、礼子は蓬莱島上空を飛び回っていたが、やがてゆっくりと下りてきた。
力場発生器(フォースジェネレーター) を使い、寸分違わず元の位置に着陸する。
下りてきた礼子は早速細かい報告を行った。
「お父さま、総じて上々の出来映えです。安定性は前よりも良くなっていますし、速度もより上げられるでしょう。居住性も向上していると思われます」
「うん、ご苦労さん。で、欠点は?」
「はい。安定性を重視したため、操作性が若干落ちています。それからやはり真上がまったく見えないというのが……」
仁は礼子に言われて気が付いた。ジャイロスタビライザーで安定性を求めた結果、方向転換などの姿勢変更への反応が鈍くなってしまったのだ。
「ああ、そうか……そういう問題があるな」
仁は考え込んだ。ジャイロスタビライザーは揺れを軽減してくれる反面、飛行船の向きを変えようとした際に抵抗となってしまうのだ。
「待てよ? ……向きを変える時だけ切り離せばいいんだ!」
仁の考えついたアイデアは、ジャイロスタビライザーは3軸で飛行船に固定し、必要に応じてその軸を解放すればいい、というもの。
3軸とはもちろん、X軸(前後方向)、Y軸(左右方向)、Z軸(上下方向)である。
揺れというのはそれぞれの軸周りの回転運動に他ならない。また、方向転換というのも、そのどれか、もしくは複合された軸回りの回転である。
一般に機体の左右軸まわりの運動、すなわち機首を上下に振る運動をピッチング、機体の前後軸まわりの運動、すなわち飛行機が右や左に傾く運動をローリング。
そして、機体の上下軸まわりの運動、すなわち機首を左右に振る運動をヨーイングという。
当然、方向転換もこの軸の組み合わせなので、揺れにくい=向きを変えにくい、というわけだ。
「ジャイロスタビライザーは重心付近に移動し、方向舵に連動させて固定軸を解放するようにしよう」
例えば、左右に向きを変えたい時はZ軸での固定を解放し、ヨーイングしやすくするということである。
機械装置でこれを実現しようとすると途轍もない手間と費用、そして機構が必要となるのであるが、魔法工学だと僅かな手間で済む。
マイコン制御の機器を、プログラムの変更で仕様変更できるのに、少し似ているかも知れない。
「速度アップのためには風避けの結界を張れば、200キロはいけると思う」
仁の言葉に、礼子は少し考えてから答える。
「そうですね。あの安定性なら、おそらくは」
「そして、真上の視界には潜望鏡……じゃなくて『天望鏡』を取り付けようか」
潜水艦の潜望鏡のように、光学式に真上、つまり気嚢の上を見られるようにしたものを取り付けることにした。
「何かあった時のために、老君が遠隔操作できるようにして、と」
オートパイロット代わりである。
「最後に、700672号から贈られた『転送装置』を積んでおくことにしよう。マーカーは蓬莱島にしておく」
これがあれば、いざという時に蓬莱島へ一瞬で戻れるわけだ。
こうして、仁の飛行船第2号、名付けて『コンロン2』が完成したのである。
ちょうど、エルザが実家から帰ってきたのと同時刻。
新型飛行船を見たエルザは目を丸くしていた。