軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21-44 閑話40 マルシアと……

1月21日。

ごたごたも終わり、一息ついた仁は、エルザ、礼子を伴ってポトロックを訪れた。

公にではないので、海蝕洞窟にある 転移門(ワープゲート) を使ってである。

「ああ、潮の香りも蓬莱島とは違うな」

「ん、わかる」

人々の生活があるからか、ポトロックの潮風には活気がある。悪くいうと少々魚臭い。

ゆっくり歩いてマルシアの工房へ向かう仁たち。蓬莱島より更に南にあるポトロックの風は暖かい。

「あ、ジンさん!」

工房前の道を掃除していたジェレミーが、仁たちに気が付いた。

「やあ、おはよう」

「お、おはようございます!」

箒を手にしたまま、ジェレミーは店に駆け込んだ。

僅かな時間の後、マルシアとロドリゴが飛び出してくる。

「ジン! エルザ! レーコちゃん!」

「ジン殿! エルザ殿!」

まだ1ヵ月は経っていないが、年が明けたことで、一同は改めて挨拶を交わす。『今年もよろしく』、と。

そして、仁は、マルシア工房が突き当たっている壁についての相談を受けた。

すなわち、駆動機構である。

「大型化するとベルトが保たない、か」

「そうなんだよ、ジン」

マルシアが遭難した際のも、負荷が掛かってベルトが切れ、一時的に立ち往生したことも一因である。

「……わかった。そうすると、『崑崙島』からの購入、という形でいいかな?」

仁が提案する。

「ああ、そういえば、『崑崙君』とかになったんだって?」

思い出したようにマルシアが言う。

「何になろうが、ジンはジンだよな?」

そんなマルシアの言葉に仁は大きく頷く。

「もちろんさ。これまで通りに接してくれればいい」

仁の言葉にマルシアもほっと小さく息をついて微笑んだ。

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。で。何を売ってくれるんだ?」

「チェーンとスプロケット(チェーン用歯車)、だな」

「?」

ベルト駆動では、摩擦力を使っている関係上、大きな力が掛かった場合には滑りを起こし、効率が落ちる。

一方、歯車装置は、距離の離れた2つの軸を駆動するには、重さの点で少々不利。また、精密さが要求される歯車を作れるのは今のところ仁だけだ。

その仁も、歯車開発時には非常に苦労していたのだから。

一方、チェーン……正式にはローラーチェーンは、異民族、ミツホ国で自転車に使われており、この世界に現存する技術製品である。

魔法工学師(マギクラフト・マイスター) である仁が再現することができても不思議ではない。

仁は簡単な絵を描いてマルシアに説明した。

「ふうん、こんなものがあるのか……」

「こんな物を作れるのはジン殿くらいですな」

マルシアとロドリゴは感心したのである。

「これなら、かなり大きな力が加わっても切れたり滑ったりはしない。それに前後のスプロケットの径を変えることで減速し、回転力を増やす事もできる」

その説明にマルシアは顔を輝かせた。

「うんうん、いいな、それ! 『 噴射式推進器(ジェットスラスター) 』なんてのもあるけど、うちの工房はやっぱり水車駆動で行きたいよ!」

「と、なると、規格を決めた方がいいな」

全部を自分の工房で作るのではなく、一部を外注する際には当然のことである。

仁はマルシアとロドリゴから話を聞き、駆動用水車の大きさを決め、それに必要なスプロケットの径を決めた。

必然的にチェーンの長さも一定範囲で決まってくる。

「うんうん、やっぱりこれだよ! ジンと打ち合わせしていると、打てば響くというか、痒いところに手が届くというか、こちらの要望をすぐに汲んでくれるからね!」

そっちが異常であることに気が付いていないあたり、マルシアもかなり仁に毒されてきているようだ。

ロドリゴは何も言わず、そんな娘を微笑みながら見つめている。

エルザは、初めて見るローラーチェーンという構造に興味津々。

ジェレミーとバッカルスは尊敬の眼差しで仁たちを見つめていた。

チェーンとスプロケット、1セットで小が2万トール、中が3万トール、大が4万トールという契約も交わす。

ただし、今のマルシア工房には予算がないので、後払いとなる。

「それじゃあ、明日にでも小を2セット、中を2セット届けるよ」

「よ、よろしく頼むよ」

今日の明日、で準備できるということに若干の驚きを覚えつつも、マルシアは頷いた。

それからは雑談めいた話になり、いつしか泳ぎに行こうかという話が出ていた。

「私は留守番しているからみんなで行ってくるといい」

「父さん、いいのかい?」

「ああ、いいとも。行っておいで」

「私も留守番しています」

ロドリゴとアローが留守番をしているということで、仁は礼子に水着を取りに行かせた。

5分ほどで戻って来た礼子を見てマルシアは、

「……どこまで取りに行ってきたかは聞かない方がいいんだろうね」

と、半ば悟ったような顔をしていた。

マルシアの家で着替える仁たち。

「わあ、エルザさん、その水着ってあの時の!」

ジェレミーが歓声を上げた。

そう、エルザは昨年のゴーレム艇競技に着ていた水着。マルシアも同様だ。

そう言うジェレミーも、同じようなデザインのワンピース水着。色はオレンジ。

「あれから、このデザインが流行ってるんですよ」

「ふ、ふうん」

張本人のジンは黙って頷いておいた。

ここポルトア町にも海水浴場はある。

なので、3分ほど歩けば砂浜に出られた。まだ人は少ないようだ。

「あー、泳ぐのも久しぶりだ」

そんなことを言う仁。年末にラインハルトたちと来た時も泳いだことを忘れているようだ。

「そういえば、今年のレースってどうなってるんだ?」

ぷかぷか浮かびながら仁が尋ねると、マルシアが残念そうな顔で答える。

「うん、もちろんあるよ。あたしは参加しないんだけどね」

「そうなのか」

「残念だけど、店が忙しすぎてさ。その代わり、リーチェのバックアップをすることになってる」

「リーチェって……ああ、去年はバレンティノのチームだったあの子か」

小柄だがプロポーションがいい子だったよな、と仁が思いだしているその横では、何となく勘付いたのか、エルザが睨んでいた。

「そうそう。今年も同じ規定なんでね。うちの工房で彼女の船を手掛けたんだよ」

シグナスの発展型の双胴船を造ったというマルシア。もう引き渡し済みで、リーチェは練習に明け暮れているらしい。

「でもな……アローほどの性能を持つゴーレムを誰も作れないんだよ。……『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、ジンに匹敵する 魔法工作士(マギクラフトマン) がいるわけないから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけどね」

マルシアは笑って、あの時、そんな仁を見つけられた自分は幸運だった、と言った。

「そうだな……あれがあったから、俺もエルザやラインハルトと出会えたんだしな」

それを聞いていたエルザは少し頬を赤らめていたが、仁は気が付いていない。

冬とはいえ、南国の空は青く、風は既に春の香りがしていた。