作品タイトル不明
21-30 閑話38 ロドリゴとマルシア
「これが、父さんの乗ってきた『ベルンシュタイン』か……」
「そうさ、すごいだろう?」
「うん」
身体もすっかり癒えたマルシアは、ロドリゴに連れられて『ベルンシュタイン』を見にやって来ていた。
一応、甲板上までなら、艦長に申し入れて許可を貰えていたのである。
「私はこれから艦長に挨拶をしてくるからな」
「うん」
甲板にマルシアを残し、ロドリゴは『ベルンシュタイン』艦長、ルガリア・ガスカル・フォン・アルコイスに挨拶をしに行った。
「やあ、ロドリゴ殿」
「艦長、今日は下船させていただくので、最後の挨拶に伺いました」
「そうだったな、少し残念だよ。だが、娘さんと和解できたようだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
ロドリゴはルガリア艦長の差し出した手を握り返した。
「ここまでの航海で気付いた点をまとめておきました。そして更に、娘の遭難で気付いたことも書き加えてあります」
ロドリゴは自らまとめた『覚え書き・改』を改めて艦長に差し出した。
ぱらぱらとめくってみる艦長。
『船舶係留設備の規格化』
『病気の持ち込み、持ち出しへの警戒』
という2項目が目に付いた。
「ふむ、この視点は斬新だ。早速上申させてもらおう。感謝する、ロドリゴ殿」
「お役に立てれば幸いです」
そしてもう一度握手を交わすと、ロドリゴは艦長と別れ、甲板に出たのである。
「父さん、もう終わったの?」
「ああ、行こうか、マルシア」
「うん」
甲板を歩く父と娘。2人を見て、声を掛けた者が。
「ロドリゴさん、船を降りるんですってね?」
紅一点のクレイアである。
「ああ、クレイア。うん、これからは娘と一緒に、ここポトロックで船を造って暮らそうと思う」
「そちらがお嬢さん?」
「ええ、マルシアです。父がお世話になりました」
「こちらこそ」
169センチのマルシアと、145センチのクレイアは握手を交わした。
「ロドリゴさん、また、いつか来ますね」
「うん、その時には我々の作った船もお見せするよ」
「お元気で」
「帰りの無事を祈ってるよ」
甲板に架けられた緩いタラップを下りながら、マルシアは父の横顔を見つめていた。
「ん? どうした?」
その視線に気付いたロドリゴは娘に尋ねる。
「父さん……痩せたね」
「何を今更」
「これから……よろしく」
「おいおい、それは私の言う言葉だ。マルシア、これからよろしくな」
「……うん」
そして2人は、町役場へ。
戸籍や住民票は無いが、これからマルシアの工房で一緒に仕事をする、ということで 造船工(シップライト) としての登録をしておくためだ。
因みに、ここポトロック町では、隣接する町の住民も管理している。領主の館がある関係からだ。
* * *
工房に戻ってきた2人は裏庭に出てみた。
そこには、仁が建て増ししていった住居が。
元々、工房裏手に小屋を建ててそこで寝起きしていたマルシアだったのだが、ロドリゴも一緒に暮らすと言うことで、仁自ら建て増ししていったというわけだ。
「……これは建て増しっていうレベルじゃない気がするんだけどね」
ポトロックあたりは陽気がいいため、小屋で十分寝泊まり出来ていたのだが、仁が直していった建物は周囲の家と同じ大谷石製で2階建て。
小さいながら、シャワーではなく風呂が付いており、トイレは蓬莱島式、つまり温水洗浄、温風乾燥式の暖房便座で、排泄物は消臭・浄化・殺菌・分解される。
キッチンも一新されていて、工房からも出入りでき、昼食などを作るのにも便利になっていた。
「彼はいろいろと特別だな」
ロドリゴはマルシアに、仁が世界でただ1人の『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』として各国に認定されていることを話してある。
「うん、あたしと別れた後、ジンがそんなに出世しているとは思わなかったよ」
この時点ではまだ、仁が『崑崙君』になったことを2人は知らない。
「今回彼等は、ショウロ皇国の大使として来ていたからな。近いうちにまた改めてゆっくり話に来る、と言っていたじゃないか」
「うん、そうだね。楽しみだ」
そして工房に戻ったマルシアは、設計台の前に父親を連れて行った。
「父さん、これがあたしの設計した大型……いや、中型船なんだ」
全長8メートルの三胴船である。
「ほう、これは素晴らしい。マルシア、勉強したんだな」
ロドリゴはその図面を眺め、娘を褒め称えた。
「……なんかくすぐったいな。父さんから見て気が付いたことは?」
「うむ。……こういう構造は、せいぜいこの大きさまでなんだろうな」
「え?」
「実は私も、『ベルンシュタイン』の設計時に、双胴船を提案したんだよ」
ロドリゴは当時の設計議論を思い出しながらマルシアに説明した。
「そうだったんだね……なるほど、ジンやラインハルトがそう言うなら、これ以上の大型化は無理か」
「ああ、主に船体強度の問題でな」
そこに、ジェレミーが顔を出した。
「あ、店長。……と……なんてお呼びすればいいでしょう?」
ロドリゴが正式にマルシアの工房に参加することになったと説明したのは前日の夕方、まだまだ慣れないジェレミーである。
「ロドリゴ、でいいよ」
「それじゃあ、ロドリゴさん、とお呼びしますね」
「ああ、それでいい」
「ジェレミー、そういえばバッカルスは?」
もう一人の店員、バッカルスの姿が見えないので、疑問に思ったマルシアが尋ねた。
「あ、バッカルスさんは、資材の仕入れに行ってます」
「ああ、そうか。で、アローは?」
「マルシア様、私はここに」
店の外からアローがやってきた。通りの向こうにあるドックにいたようだ。
「ああ、アロー。もう一度三胴船を作ろうと思う。手伝ってくれるね?」
「もちろんです、マルシア様。 製作主(クリエイター) 様が私に新しい機能を付けてくれましたから、今まで以上にお手伝いできます」
「ジンが? へえ。そういえばちょこっと改良してくれたと言ってたっけね」
この後、マルシアがアローの機能に目を見張ることになるのだが、それはもう少し先のこと。
「父さん、この中型船なんだけど、動力が問題なんだよ」
マルシアは、水車駆動の限界を感じ取っていた。材質的にも、この大きさの船には向かないということだ。
「うむ、そうだろうな。ジン殿は、『ベルンシュタイン』のために、『 噴射式推進器(ジェットスラスター) 』を開発してくれた」
「ふうん……それを作って貰うことはできるかな?」
「そうだな……近いうちに来ると言っていたから、その時に聞いてみよう。私の勘では作ってくれると思うがな」
「だよね」
マルシアも、かつての仲間で今の友人、仁のことはそれなりにわかっている。
だが2人とも、仁がそれ以上のことを考えていたとは思わなかったのである。
「あ、バッカルスさん、おかえりなさーい!」
ジェレミーの声が店内に響いた。
「店長、お帰りなさい。新しく船を作れるだけの資材を仕入れてきましたよ!」
先日、フィレンツィアーノ侯爵から注文が入っていたのである。
例の、ナウダリア川を遡ってクライン王国へ荷を運ぶ計画。その一環を担う船として、浅底の船を。
大きさは5メートル以上、10メートル以下。
1隻目の成績がよかったら、5隻まとめて発注されるということだった。
また、国家的事業なので、資材は全て国が持つ、ということになっており、試作三胴船を失ったマルシア工房としては正に渡りに船だったのである。
「よし、早速始めようか!」
ロドリゴを加えたマルシア工房は活気に溢れていた。