作品タイトル不明
21-27 月下の会話
「ふう、さっぱりするな」
ウーゴン集落に野営したその夜、女性騎士たちは、集落の厚意により、入浴させて貰っていた。
2人くらいしか入れない小さな浴槽であったが、ここ数日の汗を流せて、女性騎士たちはご機嫌であった。おまけに、第1の目的地に辿り着けたため、自然と口も軽くなる。
「ねえ、フリッツ様って素敵よね」
「うんうん、お強いし!」
「まだ独身らしいわよ」
「うんうん、知ってる。狙っちゃおうか?」
そんな会話をしているのは、若い2人である。その2人よりは年上の、グロリアと副官は黙々と身体の汚れを綺麗にしていた。
「グロリア副隊長! フリッツ様は、この調査行が終わったら、お国へ帰られるんでしょうか?」
そんな2人から質問が飛んできた。
「ん? 終わったら、というか、このままエゲレア王国までの道を付けたら、そのままエゲレア王国に入られる。その後のことまでは聞いていないな」
「そうですか……」
「残念です」
そんな2人の声を聞きながらも、副官は黙ったまま浴槽に身を沈めていた。グロリアは、そんな彼女の態度が気になり、声を掛けた。
「シア、何か考え事か?」
シア、というのは副官の名、シンシアの略である。グロリアは、彼女の事を平時にはシア、と呼んでいた。
「いえ、副隊長、なんでもない……です」
「何でもないことはないだろう? シアは普段から物静かだが、こういう場所で一言も口を利かないというのは珍しいからな」
「……よく見てらっしゃいますね」
「まあな。これでも教官を務めていたこともあるからな」
グロリアは新米女性騎士たちの教官を務めていたこともあるだけに、部下への心配りはなかなかのもの。それゆえに女性騎士隊副隊長を任されていると言っても過言ではない。
「本当に、大丈夫ですから」
「そうか? 体調が悪いわけでもなさそうだが」
「ええ、大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
シンシアはそう言うと浴槽から上がり、更衣室へと歩いて行った。
その夜は晴れ、空には一面に星が瞬いていた。風もなく、1月とはいえあまり寒くない。
「夜警も楽だな」
グロリアは誰に言うとも無しに呟いた。
彼等は交代で夜警に立つ。集落にいるとはいえ、野営している以上、必要な措置である。
グロリアの部下の若い2人だけは免除だが、グロリアと副官のシンシア、それに男性騎士らは交代で夜警に立つことになっている。
「おや、グロリア殿」
フリッツだった。ちょうど彼の夜警の番だったらしい。
「フリッツ殿か、こちらは異常なし」
「こっちも異常はない」
それで会話は途切れる。グロリアはふと、昼間の話を思い出した。
「フリッツ殿、厚かましい願いかもしれないが、貴殿の剣を見せてもらえないだろうか?」
「ん? 構わないが、大したものではないぞ。それに、今持っているのはショートソードだ」
「ああ、それでも構わない」
「よし、なら。……ほれ」
フリッツは腰に下げたショートソードを外し、鞘ごとグロリアに差し出した。
それを受け取ったグロリアは、静かに鞘を払う。
折りから昇ってきた月明かりにかざし、グロリアは剣に見入った。
「……なかなかの業物とお見受けする。ショウロ皇国は質のよい剣を作るのだな」
グロリアは剣を鞘に収め、フリッツに返した。
「良い物を見せていただき、感謝する」
「はは、そう言って貰えるとこそばゆいな。この剣は、制式装備なのだが」
「ほう、羨ましい。そうか、ショウロ皇国は鉄鉱石の質も良いのか……」
よい剣はよい鋼で作られ、よい鋼はよい鉄鉱石から得られる。グロリアはそういうことには良く通じていた。
「俺にはそういうことはよくわからん。だが、従兄弟には詳しい者がいる」
「従兄弟殿?」
「ああ。ラインハルト・ランドルと言ってな、先日、男爵になった、優秀な 魔法技術者(マギエンジニア) だ」
「ラインハルト殿……噂には聞いたことがある。『 黒騎士(シュバルツリッター) 』と呼ばれるゴーレムを作り上げたとか」
「その通りだ。自慢の従兄弟ではある」
「フリッツ殿、ご兄弟は?」
月光の下、ゆっくりと歩きながらグロリアは質問をした。
「兄と妹が、1人ずつ。どちらも俺に似ていない、出来の良い2人だ。ははは」
「そうか。私は一人っ子だから少し羨ましい。お二人とも、軍属に?」
「いや。兄は体が弱いのでな。妹は……一番出来が良くて、 魔法技術者(マギエンジニア) であり、 国選治癒師(ライヒスアルツト) に任じられている」
「ほう、 国選治癒師(ライヒスアルツト) ……」
グロリアは思い出した。先日、ショウロ皇国の 国選治癒師(ライヒスアルツト) が国王の病を治療してくれた事を。
そして、 国選治癒師(ライヒスアルツト) に任じられた女性がそうそういるはずもない。
「……妹御はもしや、エルザ殿と?」
「おお、その通りだ。ご存知か?」
「ご存知も何も、先日我が国王陛下を治療してくれたではないか!」
それを聞いたフリッツは頭を掻いた。
「そうだったな。まったく、畏れ入る。あの妹が、今では出世頭だ」
「だが、待って欲しい。……エルザ殿は、ジン殿の妹御ではなかったのか?」
先の来訪時、グロリアは教官として見習い騎士たちの指導に当たっており、仁たちと顔を合わせなかったので、細かい事情を知らないのである。
「ああ、その辺は、複雑な事情があってな」
と言いながらも、根が正直なフリッツは、夜警の見回りをしながら、グロリアに全て喋ってしまったのである。
「そうか、そういう事情が」
「ああ。今や、ランドル家当主はエルザだ。俺は軍人としてやっていけるからいいが、両親を養っているのは間違いなくあいつだ。まったく、頭が上がらん」
そんな話をしていると、闇の中から魔導ランプの明かりが近付いて来た。男性騎士の一人である。
「グロリア殿、交代の時刻です」
「ああ、もうそんな時刻か」
グロリアは空を見上げた。月はもうかなり昇っている。
「それではフリッツ殿、お先に」
「おう、ゆっくり休んでくれ」
グロリアはフリッツと別れ、自分と副官のテントへ向かった。そして毛布にくるまった。
(そうか、初めてエルザ殿、ジン殿と会った時、兄妹にしてはあまり似ていないと思っていたがそんな裏事情があったのだな。フリッツ殿も、いろいろ事情を抱えて……)
そんなことを考えているうちに、いつしか眠ってしまったのである。
* * *
1月7日、仁はエリアス王国の首都、ボルジアにいた。ラインハルトとエルザも一緒である。そしてフィレンツィアーノ侯爵も。
仁の飛行船に乗り、飛んできたのだ。
110キロほどの距離を2時間で飛び越えたその速度に、侯爵は感心した。
「速いのね。これは革命的だわ。唯一の欠点は、輸送量かしらね?」
そしてその有用性と弱点をきちんと捉えていた。
事前に連絡してあったため、国王との謁見はすぐに許された。
玉座の間、のような派手な場ではなく、小広間、と呼ばれる執務室と応接室が合わさったような部屋である。
そこに、エリアス王国国王、ブリッツェン・スカラ・エリアス12世が仁たちを待っていた。
王は59歳。白髪、グレイの目。中肉中背で、まだまだ意気軒昂だ。
同席するのは宰相であるゴドファー侯爵。彼はエリアス王国西部トヴェス州の領主でもある。
「よく来られた、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン・ニドー卿。そしてその従騎士、レーコ・ニドー媛」
仁と礼子は国王に向かい、頭を下げた。
「そして久しぶりであるな、ラインハルト・ランドル卿。そしてようこそ、エルザ・ランドル媛」
ラインハルトは深く頭を下げ、エルザはカーテシーでお辞儀をした。
「あまりかしこまらないで欲しい。まずは座ってくれ」
王の言葉に、一同着席し、会談が始まったのであった。