作品タイトル不明
21-16 年末年始の予定
それから2日間、仁はポトロックでゆっくりと過ごした。
正大使として忙しい様子のラインハルトには悪いと思いながら、海水浴を楽しんだり、久しぶりに『海鳴亭』のおかみさんに挨拶しに行ったり。
副大使なので、ラインハルトほどは忙しくないエルザも、半分くらいは仁と一緒にいることができ、ご機嫌であった。
マルシアも、まだ無理はできないものの店に復帰。その際、ロドリゴを連れていき、『父だ』と紹介した。
そして、『これから一緒に工房をやっていく』と言うと、ジェレミーとバッカルスは驚いていた。
それでも、事前に双胴船の設計者だ、と仁が話していたので、割合すんなりと受けいれられていたようだ。
これからは父と娘で工房を運営していくことになる。
「ジン・ニドー卿、本日、お時間を頂けますか?」
12月29日の朝、朝食後にフィレンツィアーノ侯爵が仁に声を掛けてきた。
「はい、大丈夫です」
仁は答えた。
「ラインハルト・ランドル卿とエルザ・ランドル媛も」
「ええ、わかりました」
3人とも、特に急を要する用事もなかったので、そのまま侯爵と共に迎賓館内にある侯爵の執務室へ赴くことにした。
ここは大使など、外国の要人が来ている際に、領主であるフィレンツィアーノ侯爵が執務をする部屋であり、略式の儀礼・式典も執り行える場所である。
「では、早速ですが、用件をお伝えします」
侯爵が、手にした書類を仁たちに見せるようにかざした。
「クライン王国から我が国宛に、トポポを、そのレシピを含め、支援してもらいたいという要望が来たそうなのです」
以前、仁とエルザがクライン王国国王の病気治療に赴いた際、助言しておいたことが効いてきたようだ。
この情報は、仁がクライン王国からも名誉士爵を受けているが故の気づかいであろう。ラインハルトとエルザが同席しているのは、その仁の友人であるからか。
「しかし、エリアス王国とクライン王国の距離、それに街道の状況を考えると……」
ラインハルトが難しい顔で呟いた。
「ええ、本当に」
エリアス王国とクライン王国の間には、エゲレア王国とセルロア王国という2つの国が挟まっており、更に悪い事には、エゲレア王国とクライン王国の間には街道がないということである。
「そこで考えられたのが船を使うことなのです」
「え?」
船で運んだとしても、クライン王国には海がない。もっとも距離が短い旧レナード王国に上陸しても、運搬は困難を極めるだろう、と仁は思った。ラインハルトとエルザも同じ考えらしく、難しい顔をしている。
だが、侯爵の言葉は、そんな3人の目から鱗を落とすものだった。
「川を使うのですよ」
「……あっ!」
川。つまり、セルロア王国とエゲレア王国の国境を流れる大河、ナウダリア川を使い、北上。
ナウダリア川は、セルロア王国首都エサイアの南で、アスール川とトーレス川に別れる。そのトーレス川を更に遡り、セドロリア湖手前まで行けば、クライン王国の首都アルバンは目と鼻の先である。
途中に滝や浅瀬はないはずなので、船の運航は楽だと思われる。
問題は、川の流れに逆らって進めるだけの推進器だろう、と仁は漠然と想像した。
ざっと計算して、600キロという長距離を航行する必要がある。
食糧や水については、沿岸の町があてにできるので必要最小限でいいだろう。
但し、海でなく川なので、浅底の船の方が有利かも知れない。
全長は10メートル以下。数十隻を連ねて航行する……。
そこまで考えていた仁は、侯爵の声で我に返った。
「……わがザウス州では、今後のことも踏まえ、この交易を重視するつもりでおります。お三方には、是非とも、この交易に役立てられる船について、助言していただきたく」
そう言って侯爵は頭を下げた。
「ショウロ皇国へは、一昨日、定期連絡の際にお話を通しております。ラインハルト様、エルザ様には是非ご協力をお願い致します。そしてジン様、どうか……」
「ええ、いいですよ」
侯爵に皆まで言わせず、仁は快諾した。
「ありがとうございます。謝礼は十分にお支払いできると思います」
フィレンツィアーノ侯爵は、きちんと、ビジネスと公務の区別を付けていた。
* * *
一通りの話が終わり、クゥヘを飲んで寛ぐ一同。
まず口を開いたのは侯爵である。
「ところで皆様、新年はどうなされるご予定ですか?」
今日は12月29日、小群国の慣例では、翌30日と、新年の1月1日は公務も休みとなるのだ。2日は顔合わせなどなので、実際の公務は3日からとなる。
「……俺はカイナ村に帰りますよ」
仁の答えは決まっていた。
「そうですか。お2人は?」
「……私、は……」
エルザは少し頬を染めながら仁をちらっと見る。その視線に気が付いた仁は、代わって答えた。
「エルザは俺と一緒です」
その答えに、侯爵は少なからず驚いたものの、それを顔に出すことはなかった。そしてエルザの左手薬指の指輪の意味に今更ながら気が付く。
「まあ、そういうことですのね。いいですわね」
「ラインハルトも一緒に連れて行こうと思ってます」
仁がラインハルトの分も代わって答える。
「もちろん、3日の朝にはまた戻って来ますよ」
と付け加えるのも忘れない。
「そうですか。ジン様の飛行船ならできるのでしょうね」
納得する侯爵である。
実際のところ、仁としては、ラインハルトはこっそりと 転移門(ワープゲート) でベルチェのところに送り帰すか、もしくは彼女を呼び寄せようと考えている。
それを察したラインハルトは何も言わなかった。
「わかりました。では、今日の午後には発たれますね?」
気を回してくれる侯爵。実際は飛行船に備え付けられた 転移門(ワープゲート) を使えばいいので、あまり急ぐこともないのだが、せっかくの気づかいを無にするのも悪い。
「ええ、もしよろしければ」
「もちろんですとも」
にこやかに頷く侯爵である。
『ベルンシュタイン』の乗員達は、さすがにここポトロックで新年を迎えることになろう。
フィレンツィアーノ侯爵との話が終わった後、仁、礼子、エルザ、エドガー、ラインハルトらは、マルシアの店へと向かった。
「ああ、ラインハルト! よく来てくれたね! ……って、こんな言葉づかいじゃまずいかな?」
今更ながら、のことを言い出したマルシアを、ラインハルトは笑った。
「あはは、気にすることはないよ。友達として接してくれると嬉しい」
「そ、そうかい? ありがとう」
「おや? ラインハルトさんもいらしてくれたんですね」
店の奥からロドリゴも出て来た。
「やあ、ロドリゴさん。良かったですね」
「ええ、いろいろと皆さんにはお世話になりました」
「いえいえ、大した事はしてませんよ」
和気藹々とした会話。マルシア、そしてロドリゴの顔に浮かぶ笑みを見て、仁は良かったなあ、としみじみ思ったのである。
「ロドリゴさんは、船を降りるんですね?」
「はい、申し訳なく思っていますが、私の家……は、ここですので」
ラインハルトの問いかけに、少々恐縮しながら答えたロドリゴ。だが、彼の後ろにいるマルシアはいかにも嬉しそうな顔である。
「艦長にはもう許可をいただきました。ジンさん、エルザさん、ラインハルトさん、本当に、いろいろお世話になりました」
深々と頭を下げるロドリゴ。仁はそんな彼を押し止めた。
「いいんですよ。マルシアは一緒にゴーレム艇競技に参加した俺の友人です。友人のお父さんの力になるのは当たり前ですよ」
「ジン、ありがとう。エルザ、ラインハルト。あたしからも礼を言うよ」
今まで黙っていたマルシアだったが、ここで3人に向かって頭を下げた。
年末、冬の最中とは言え、ポトロックに吹く風はどこか優しさを含んでいた。