作品タイトル不明
20-37 閑話36 船それぞれ
大陸歴3457年11月30日、セルロア王国南端にある港町、クゥプ。
港には大勢の見物人が詰めかけていた。
「おおー、すげー!」
「……でっけえな!」
「ほんとに動くのかよ?」
「あれが実用になるなら、世界が変わるぞ」
「……妬ましい」
さまざまな想いを受け、進水したその船の名は『ブリジット』。40メートル級の木造帆船である。
船の型式は、かつて地球での大航海時代の『キャラベル船』に近いと言えよう。
帆船ではあるが、推進は魔導推進。
風魔法を帆に向けて放ち、進もうと言うのである。
小型の帆船は、ここクゥプでは珍しくなかったが、3本のマストを持ち、分割した帆を持った大型船は進水前から大衆の耳目を集めていた。
「いい出来ですね。水漏れもなく、揺れも軽減されています」
「あなた方のおかげですよ」
船上では船主、エカルト・テクレスと、 魔法工作士(マギクラフトマン) 、アルタフとが言葉を交わしていた。
「あなた、操舵装置、異常なし。いつでも行けるわ」
船尾から声を掛けたのはギェナー。アルタフの妻である。
実のところ、アルタフとギェナーは人間でなく、仁が送り込んだ 第5列(クインタ) である。その正体は、アルタフはレグルス50、ギェナーはデネブ30。
助手ゴーレムも 職人(スミス) ゴーレムの1体、 職人(スミス) 40である。
「よし、錨を上げろ! 出港だ!」
「おー!」
もちろん人間の乗組員も大勢乗っている。『ブリジット』は帆を張った。
「魔導機関、運転開始」
「了解!」
風属性魔法『 強風(ウインド) 』と同じ効果をもつ巨大魔導具……魔導機関が動き出した。
強風が巻き起こり、帆が一杯に膨らむ。
「おおー!」
岸辺に集まっている見物人達から歓声が上がる。
『ブリジット』はゆっくりと港を離れていった。
「ようし、いいぞ! 試験的に走り回れ! 1日も早く慣れてくれよ!」
船主のエカルトが船長に指示を出す。
「いずれ、ショウロ皇国へ行って食糧中心に買い付けをするんだからな!」
セルロア王国北部・東部が食糧難になりかかっているのを知っているエカルトは、この大型船を用い、豊作という噂のショウロ皇国へ、小麦を買い付けに行くつもりであった。
* * *
一方、ショウロ皇国ワス湖畔のシモスでは、仁たちが残した図面を元に、新造船第2号を作ることになった。
工廠は『ベルンシュタイン』を作ったものを使う。
下働きや手伝いの工夫のほとんどは、ベルンシュタインを作った時の者たち。
今回の現場監督はクーバルト、シモス町の 造船工(シップライト) である。
但し、進水方法は台車に乗せて湖へ移動させるのは止めて、いわゆる注水式にする予定。
予定というのは、現在突貫工事中だからだ。
ベルンシュタインが動き出さず、冷や汗を掻いたクリストフの進言で実施された追加工事であった。
さて、船の方はというと、当時と同じ材料が集められた。
魔法技術者(マギエンジニア) も、一流、とは言わないが、そこそこ有能な者を5人。質で劣る面は、人数で補おうというのである。
「さあ、頑張ってくれ!」
1度作ったのだから2度目は簡単、とはいかなかった。
「ジン殿がいないとこうも作業が滞るのか……」
同じ手順をなぞろうとしているのに、細かなところで引っ掛かるのである。仁がこっそりと手直ししていた箇所である。
「ああ、こんなに隙間が!」
「ぶつかって入らないじゃないか!」
「なんで寸法が合ってないんだよ!?」
そこかしこで愚痴や文句が飛び交っている。彼等を宥めるのにクーバルトは大忙しであった。
1号船である『ベルンシュタイン』は、ショウロ皇国の威信をかけた新型船であり、成功させることが第一目標であった。
今回の2号船は、以降続く姉妹船のため、超一流の技術者無しで製造することが求められているのだ。
クーバルトの苦労は並大抵のものではない。
そんな時、仁が置いていったファイルが目に入った。タイトルは『新造船覚え書き』。クリストフに仁が渡しておいたものである。
それをクーバルトが引き継いでいたのだが、目先の仕事に忙殺され、あまり気に止めていなかったのである。
「これは……?」
何気なく手に取り、中を読んだクーバルトは、頭を殴られた思いであった。今回問題となった箇所への指摘が逐一書かれていたのである。
「ジン殿はこんなものをまとめてくれていたのか……!」
最初から目を通していれば、と後悔するも、もう遅い。
「今からでもできることをやらねば……!」
仁の覚え書きを手に、クーバルトは建造中の船を見て回る。
「おお、ここの接合部は確かに危ない。……ここの強度を確認してくれ!」
「あそこの合わせ目は水漏れすると危険だ、念入りにチェックするように」
「ふむ、動力の 噴射式推進器(ジェットスラスター) も、ジン殿が手ずから作ったものでないと、信頼性が低いな。非常用の推進器を増やした方がいいかもしれない」
そうやって覚え書きを片手に、現場を監督するクーバルト。自分でも気が付いたことを書き込んでいく。
「……あの時、ジン殿に助手を1人か2人付け、その仕事ぶりを覚えさせていれば良かったのかも知れんな」
そんなことまで考えてしまう。そこで、クーバルトは今からでも、と、若手の 造船工(シップライト) を1人選んで、自分の助手に付けた。
こうして、ショウロ皇国の造船技術は少しずつ底上げされていくのであった。
* * *
こちらはベルンシュタイン。
『12月9日、天気晴朗、波静か。いよいよポトロックを目指し、出港。乗員の意気軒昂。ブンセン沖に停泊』
『12月10日、天気晴朗、波静か。大ディバイド川を横目に航行。海流の関係か、速度が思ったより出ない以外問題無し。アルコー沖に停泊』
『12月11日、曇天、波静か。ボーダー川を横切り、セルロア王国に入る。問題無し。イナイナ沖に停泊』
そして、12月12日。
イナイナ沖を出たベルンシュタインは、いよいよセルロア王国南端のクゥプに差し掛かっていた。
「船長! 大型船が見えます! 大きさは本船と同等!」
「何?」
マストならぬ、船室屋根の展望台に上がっていた見張りからの報告が入った。
それから数分後、船長以下の乗員にも、大型船の存在が確認できるようになる。
「船名は……『ブリジット』、か。セルロア王国の船だな。帆に風を受けて進んでいるのか。……いや、待て? 少しおかしいぞ? 今日は風などほとんど無いのに。あの船の帆はあんなに風をはらんでいる」
そして『ブリジット』でも、ベルンシュタインを発見し、船上は大騒ぎになっていた。
「あ、あの船は! ショウロ皇国の船か?」
「船名は……『ベルンシュタイン』?」
「大きさはこちらと同等か。……しかし、帆も帆柱もない。どうやって進んでいるんだ?」
乗り込んでいたアルタフだけは驚いていなかった。当然、老君から話を聞いていたからである。
(あれが、チーフの手掛けられた新造船ですか。組み上がりに隙がない。さすがですね)
* * *
2隻の船は、100メートルもないような距離ですれ違う。
『ブリジット』は西へ、『ベルンシュタイン』は東へ。
それぞれの乗員は、船縁に立ち、互いに手を振り、声を掛け合う。
「おーい! どこまで行くのか知らんが頑張れよー!」
「しっかりやれよー!」
「沈むなよー!」
国籍は違えど、船乗り同士、通じ合うものがあったのだろう。聞こえるかどうかも分からないのに、声を限りにエールを送ったのである。
これを皮切りに、大型船の時代が来る、と、その場にいた誰もが思ったのであった。