軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-36 挨拶

翌日、仁はエルザと一緒に、エキシにある彼女の実家へ向かった。

仁のゴーレム馬車に乗り、仁とエルザは会話を交わす。

「エルザの実家に行くのは2度目かな」

前回は、テオデリック侯爵への砒素毒事件の時だった。

「うん、ごたごたの無いときに、ジン兄には来てほしかった」

「まったくなあ。世の中、落ち着かないよなあ」

「ジン兄の周りには厄介ごとが集まってくる。それは、解決出来る人だからこそ。解決出来ないような人のところには、そもそも問題を持ち込む人はいない」

エルザが言ったことは、ある意味正論かもしれない。解決能力があると期待されるからこそ、さまざまな問題がやって来る、というのは確かにあるだろうから。

「だけど俺は、好きなもの作って過ごせればいいと思っているだけなんだけどなあ。そんな簡単なことなのに、なかなかできないもんだよ」

「簡単な事ほど、難しいものなのかも」

「さあ、どうなんだろうな……」

今日の仁とエルザはいつもより口が軽い。

この先に待つものに緊張しているからなのだろうか。

そんな話をしているうちに、馬車はエルザの実家に着いた。

今、ここに住んでいるのは、寝たきりになっているエルザの実の父であるゲオルグと、義理の母、マルレーヌ。それに数名の使用人だ。

そういう事情であるから、エルザを出迎えたのは、古くからの使用人であるルーベル1人。初老の家宰である。

七三に分けた白髪に、短い鼻髭。実直そうな雰囲気だ。今は主にマルレーヌの世話をしている。

「お帰りなさいませ、お嬢様。……いえ、ご当主様、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

エルザは微笑んで首を振る。

「……今までどおりにしてほしい。それよりもお客様をお願い」

「は、かしこまりました。ジン・ニドー様ですね。ようこそいらっしゃいました」

前回の訪問で、仁の顔と名前は覚えられていた。

「レーコ様もようこそ、どうぞこちらへ」

礼子が名誉従騎士であることも知っているようだ。残念ながら、エドガーは単なる 自動人形(オートマタ) としてしか見られておらず、声を掛けられなかった。

仁と礼子は応接間に通される。

「それじゃあジン兄、私はお母さまのところへ行ってくる」

エルザはエドガーを従えて、マルレーヌのところへと行った。

その間、仁は出されたお茶を飲んでみた。煎茶で、飲み頃である。仁が猫舌だと言うことをちゃんと弁えているようだ。

「美味しいな」

「お代わりはいかがですか?」

「あ、いただきます」

緊張のせいか、喉が渇いていた仁は、お茶を3杯お代わりした。

3杯目を飲み終わった頃、エルザと、その母、マルレーヌが連れ立ってやって来た。エルザは心なしか顔が赤い。

仁は立ち上がって挨拶した。

「初めまして、ジン・ニドーと申します。お嬢さんには、いつもいろいろとお世話になっております」

マルレーヌはそんな仁をじっと見つめていたが、すぐに破顔する。

「これはご丁寧に。初めまして、エルザの母、マルレーヌと申します。こちらこそ、娘がいろいろと……そう、それこそ、言葉では言い尽くせないほどお世話になりまして、お礼申し上げますわ」

仁に向かって綺麗なお辞儀をするマルレーヌである。

「俺は、この国のやり方を知りません。失礼がありましたらご容赦下さい。本日お伺いしましたのは……」

そこまで言いかけた仁を、手を上げてマルレーヌは遮った。

「お待ち下さい。不躾ながら、私から先に話をさせていただきたいのです」

「は、はあ」

「まずはお掛け下さいまし」

仁の対面にエルザとマルレーヌ、という構図で3人は腰を下ろした。

そしてマルレーヌがゆっくりと口を開く。

「実は昨日、皇帝陛下がお見えになりました」

「えっ」

「お、お母さま、それ、初めて聞きました」

エルザもたった今聞いたと見え、若干狼狽え気味。マルレーヌはそれにかまわず話を続ける。

「15分ほどの短いご滞在でしたが。……エルザが国にどのような貢献をしたのか、詳しくお話し下さいまして。そして、ジン様が、どのようなお方なのかも伺いました」

女皇帝が仁のことをどう話したのか気になるところではあるが、問いただすわけにもいかない。

そしてマルレーヌは、つと立ち上がり、仁に向かってお辞儀を行った。

「……ジン様、これからも娘のことを、よろしくお願いいたします」

「え……」

「お、お母さま?」

仁もエルザも、マルレーヌの態度と言葉に戸惑いを隠せなかった。

再び腰を下ろしたマルレーヌは、静かな口調で話を続けた。

「娘の事をお心に掛けて下さっていらっしゃるのはとてもありがたく思います。でも、それが貴方様の枷になってはいけないと思います」

「……」

仁はマルレーヌの言葉に秘められた真意が読み取れず、言葉を発せられなかった。

「幸せの形は人それぞれ。私は、娘が幸せならいいと思います。それがどんな形であっても」

「……」

仁は考え込んでしまった。しかし、言うべきことは一つである、と今更ながらに気が付く。

「エルザを、幸せにしてみせます」

その言葉に、マルレーヌはにっこりと微笑み、エルザは真っ赤になった。

「ありがとうございます。そのお言葉を聞けただけで十分です。でもお急ぎになることはありません。昨日、陛下も仰っておられました。ジン様のお望みは、平和なのだ、と」

「それは、確かに」

「世の中が平和になったら……娘のことをもっと見てやって下さいまし。でも、あまり待たせないでやってくださいね?」

最後の言葉は半分冗談なのだろうが、娘を思う母の気持ちは仁にも伝わってきた。

要するに、今すぐ式を挙げろとは言わない、まだ仁にはやりたいこと、やらねばならないことがあるのだろうから。でも、忘れずに気に掛けてやってくれ、そう言うことだろう、と。

朴念仁の仁にしては、察した方だと言えよう。

「……ありがとうございます。………………………………お義母さん」

やっとの思いでその言葉を口にした仁。口の中はからからだった。

「はい、これからもよろしくお願いしますね、婿殿」

仁は婿殿、と返されて、耳まで真っ赤になる。マルレーヌの隣に座っているエルザも同じだった。

そして、礼子は……少しだけ、寂しそうな顔をしたあと、

「ご婚約おめでとうございます。お父さま、エルザさん」

と言って頭を下げたのである。

「れ、礼子?」

「レーコちゃん?」

その仕草に仁とエルザは面食らった。

「エルザさん、あなたはお父さまが選んだ方です。これからもお父さまを支えて差し上げて下さい」

礼子は、ほんの少し寂しそうな顔でそう言った後、顔を伏せた。

「レーコさんは素敵な従騎士ですのね」

マルレーヌは再び立ち上がると、礼子のところまで歩いて行き、その手を取った。

「名誉従騎士、レーコ・ニドー様、どうか、娘のことも、ジン様の万分の一で結構ですから、お心に掛けてやって下さい」

「言われるまでもないことです。お父さまの大切な方は、お父さま同様、わたくしがこの身に代えましてもお守りいたします」

「ありがとうございます」

そしてマルレーヌは席に戻った。そしてエルザを促して仁の隣に座らせた。

「ジン殿、しきたりなどお気になさることはございません。貴方の誠意はしかと承りました」

柔らかな微笑みを浮かべるマルレーヌ。

「主人は満足に話のできる状態ではございませんし、今のランドル家当主はエルザです。ですので、婚約の儀に関しましてはお2人が納得していればそれでいいと思います」

そう言ってマルレーヌは席を立った。そして応接室を出る間際に一度振り返ると、無言のまま軽く会釈をし、出て行ったのである。

残されたのは仁、エルザ、礼子、エドガー。

しばらくの間、無言の時が流れたが、最初に口を開いたのは仁だった。

「……エルザ、これからもよろしくな」

「ん、ジンに……ジン、さん」

そんな2人を眺めていた礼子は、エドガーに合図をすると、そっと部屋を出、音を立てずに扉を閉めていったのである。

窓の外は冬だったが、部屋の中は暖かな空気に包まれていた。