軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-34 戸籍管理

12月9日、仁は朝食の後、エルザに声を掛けた。

「……どうしたの、ジン兄?」

「あー……うん。えーっとな、今日、エルザの実家へ行こうと思うんだが」

それを聞いたエルザは小首を傾げる。

「どうして?」

「どうして……って……その、エルザのご両親に挨拶しに」

「え……」

ようやく仁の意図するところが分かって、赤面するエルザ。

「ほ、ほら、俺って、エルザの……こっちのお母さんに一度も挨拶していないしさ。それに、もうエルザも準男爵なんだから、俺の妹と名乗るのもおかしいだろう?」

「そ、それは」

廊下でそんな話をしていたら、慌てた様子のラインハルトがやって来た。

「2人とも、そんなところで何やってるんだ? 今日、陛下の巡幸があるんだそうだぞ!」

「ええ!?」

巡幸とは、皇帝が各地を見て回ること。フットワークの軽い女皇帝は、3457年の締めに、こちらの地方にやって来るというのであった。

「……エルザの実家はその後だな」

「……ん」

ということで、ラインハルト邸及びカルツ村では、慌ただしく奉迎の準備を進めるのであった。

そして午前11時、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ女皇帝のお召し馬車がカルツ村に着いたのである。

「ショウロ皇国皇帝陛下のおなーりー」

衛兵の声が響き、馬車の扉が開いた。

まず、随員兼護衛の、魔法技術相のデガウズと近衛女性騎士のフローラ、そして秘書官が順に降りてくる。そして最後が女皇帝であった。

「皆の者、出迎え大儀である」

最敬礼する村人に声を掛けた女皇帝は、ラインハルトに向き直った。

「ラインハルト・ランドル卿、よくこの地を治めているようですね」

「畏れ入ります」

そして女皇帝は近衛騎士達に守られ、ラインハルトの館、『 蔦の館(ランケンハオス) 』へと向かったのである。

「なかなかいい屋敷ね」

蔦の館(ランケンハオス) の応接室に落ち着いた女皇帝は、いつもの口調に戻っていた。

同席しているのはデガウズと近衛女性騎士フローラ、そして秘書官。

「新造船の報告はデガウズから聞きました。ラインハルトもエルザもジン君も、ご苦労でした」

そして女皇帝は礼子に目をやる。

「レーコちゃんも変わらないわね」

名誉従騎士である礼子にも、女皇帝は気さくに声を掛けた。

「……わたくしは 自動人形(オートマタ) です。お父さまが望んでくださる限り、このままでいることが務めです」

そこへ、侍女 自動人形(オートマタ) のベラがお茶を運んできた。

「ありがとう。……ラインハルトの 自動人形(オートマタ) ね?」

「はい。ベラと言います」

「そう。素敵な 自動人形(オートマタ) ね」

出されたお茶は、まずデガウズ魔法技術相が毒見を兼ねて口にする。

「なかなか美味いお茶だな」

それを聞いて、フローラが、秘書官が、そして女皇帝もお茶を飲んだ。

「ほんと、美味しいわ」

「光栄です」

しばらくそうしてお茶の味を楽しんだ一同であったが、女皇帝はその立場上、そうそうのんびりはしていられない。

「ラインハルト・ランドル卿を訪ねたのは、『戸籍』を実用化して実施した、という話を聞いたからよ」

「はい、確かに」

ラインハルトは、カルツ村の領主になって以来、戸籍作りに勤しんでいたのである。

「詳細は後で報告書にしてもらいたいけれど、概略を聞いておきたくて」

「概略、ですか」

「そう。戸籍を作るにあたっての難しい点や、注意する点ね。それよりも、一番は、何のために作り、どう運用していくつもりか、よ」

現代日本と異なり、本籍地や住民票、などという考えが全く無い社会に、戸籍を用いた住民の管理を導入するというのは困難な事業である。

何より、領主と住民、双方に利点がなければ、スムーズに行くはずがないのだ。

「戸籍を作り、それを元に税を取る、というだけだと、申告しない住民が出てくるでしょう?」

領主側にのみ利点があるような制度では上手くいかないはずだ、と女皇帝は言っているのである。

「はい。それで考えました。まず住民を全部集め、説明会を開いたんです」

「うん、それで?」

「住民の名前と生年月日、住所を記した台帳を作りたい、と言いました」

「反対意見や不満が出たんじゃない?」

女皇帝は推測を口にしたが、それは当たっていた。

「はい、その通りです。それで、次に住民への利点を説明したのです」

「それよ、聞きたいのは」

『 指導者(フューラー) 』から得た知識で、戸籍や住民票による領民の管理をする、ということは知識としては知っている女皇帝だが、そこ止まり。

エゲレア王国の首都アスントにも戸籍の原型と言える制度があるのだが、出入りの激しい首都ゆえに、上手く機能していないというのが現実だ。

また、元々『 指導者(フューラー) 』の知識は小学校レベルなので、為政者としては物足りない点もあるだろう。が、ラインハルトは、仁と共にあり、もっと進んだ知識を得ていた。

女皇帝はその事実を知らないが、仁の友人である、ということだけで、他と違う事をしているのではないか、と推測してやって来たのである。

「福祉、を考えました」

「福祉、ね」

福祉。住民に最低限の幸福と援助を提供する、と言う意味である。

「しかし、住民に福祉と言っても分からないでしょうから、具体的な例を挙げたんです」

女皇帝は無言で頷いた。

「窃盗や暴力などの犯罪に遭った場合、戸籍に載っている者には優先的に対処する。また、逆に罪を犯して捕まったときに、戸籍に記載が無い者は、より重い刑罰にする、という」

「ああ、なるほどね」

「次に、何か困ったとき、戸籍に載っている者なら相談に乗る。また、5万トールまでなら、最長で半年、無利息で貸し出す」

「それは思い切ったわね」

ロイザートと違い、カルツ村での5万トールは大金である。およそ、一家5人が4ヵ月食べていける。

「ええ、こちらは何というか……言葉は悪いですが、『撒き餌』でした」

旨味を見せ、その気にさせるために行った、とラインハルトは補足した。

「実際、貸す前にはよくよく身辺調査をさせ、何に使うのか、そして使った結果を教えるように念を押しました。結果が不明瞭な場合は即返却、または差し押さえをする、ということも伝えて」

「で、どうだったの?」

「はい。……」

始めた月では、貸した件数が4件、そのうち1件が怪しかったので調べた結果、賭け事に使おうとしていたことが分かったのである。

「で、そういう不正をしたときは追放刑、ということにした結果、その後は同じような不正は起きていません」

「なるほどね。で、こちらとしては、課税対象がはっきりするから、収穫を隠す、ということがしにくくなって、結局は増収にも繋がるわけね」

「はい、その通りです」

どんな領地でも、農民は払う税を少しでも減らしたいと思い、逆に領主は少しでも多く取ろうとするもので、その間には深い溝がある。溝が無いのは仁のカイナ村くらいのものだ。

戸籍を作ることによって、税高をはっきりとさせ、この溝を埋めようというのだ。

「大体はわかったわ。詳細は報告書で出してもらえばいいから。時間も無いしね」

窓の外に見える日時計は正午を指していた。

「もしよろしければ、昼餉をお食べいただきたく」

これは仁。ラインハルトではなく、仁からの言葉だったため、女皇帝は一瞬目を見張ったが、次の瞬間には微笑みを浮かべた。

「まあ、嬉しいわね。楽しみにさせてもらうわ、ジン・ニドー卿」

応接室を出た仁は、礼子を通じて、老君に指示を出す。内容は、『味噌と削り節を10人分送って寄越せ』である。

そしてそれはすぐに行われた。

「よし礼子、手伝ってくれ。……というか、ほとんどお前にやってもらうんだけどな」

「はい、お任せください」

ラインハルト邸の厨房を借り、味噌汁を作る礼子である。具はトポポとマルネギ(タマネギ)。

白米の炊き方は、厨房にいる者は精通しているので心配はいらない。

その他の献立は料理長に任せた。

「まあ、このスープは何!? 禾(のぎ) ……いえ、お米によく合うわ!」

仁がほっとしたことに、女皇帝陛下は味噌汁を気に入ってくれたのである。