軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-21 タイタニック

仁は、直径20センチの円盤状の方位磁石を作り、それを油に浮かべることにした。

薄い 地底蜘蛛樹脂(GSP) …… 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸を元に作ったプラスチックの円盤裏に方位磁石を装着した。

そもそも、実際に船に使われている方位磁石を知らないので、自己流だ。

容器は、素材庫にあった石英と水晶。下半分を白い石英で、上半分を透明な水晶で構成し、中には鉱物性の油を入れた。

鉱物性の油でないと、固まったり変質して白く濁ったりするからである。もちろんこっそりと蓬莱島から持ち込んだもの。密閉してしまえばどんな油なのかわからなくなる。

「よし、これを2機、積み込めばいいだろう」

「お父さま、随分と肩入れしてらっしゃいますね」

不満、というわけでもないだろうが、少し不思議そうな口調で礼子が言った。

「ああ。やっぱり記念すべき1号船だしな。それに、やっぱり自分が手掛けた船だ、成功させたいよ」

これだけ入れ込んでいるのは、仁、エルザ、ラインハルトが手掛けた船であるからだった。それには礼子も不満はない。

「そうですね。お父さまの名前も残るんですものね。成功してもらわなくては困ります。 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) が協力した船なんですから」

「まあな」

そして仁は、余った時間を利用して、覚え書きを作り始めた。

「お父さま、何を?」

「うん、今回は俺が手伝ったけど、良く良く考えてみると、いつも手伝えるわけじゃないだろう? だから気が付いた点をまとめているんだ」

仁にしてはよくぞ気が付いた、と言うべきか。今回のやり方でまずいところ、失敗しやすいところ。

仁がこっそり直していたところがまさにそれである。ゆえに仁がまとめるというのは誠にもって意味があることであった。

「よし、こんなものか」

皮紙に書いたものをまとめて綴じ、表紙を付けて完成。『新造船覚え書き』とタイトルを付けておく。

「これを責任者に渡しておけばいいかな」

仁は『新造船覚え書き』と方位磁石を持って部屋を出た。

その出来上がった方位磁石を見た面々は、またしても 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の凄さを見た、という顔。

クリストフは 欣喜雀躍(きんきじゃくやく) しながらそれを受け取り、どこに取り付けようかと検討を始めた。

一方、ロドリゴは何か言いたそうな顔。

「ロドリゴさん、何か?」

それを察した仁から声を掛けると、若干慌てたような返事が。

「え、ええ。……い、いいえ、何でも……」

「方位磁石に興味がありますか?」

おそらくその事だろうと当たりを付けた仁。

「ええ、まあ……」

この後、仁は、いわゆる『乾式』と呼ばれる方位磁石を幾つか作るつもりでいた。

油を満たした中で動く湿式に比べ、作り易いのが利点だが、針の揺れが止まるのが遅く、錆びると使えなくなるという欠点もある。

この知識は、以前ショウロ皇国へ贈った『 指導者(フューラー) 』にもあるので、オーバーテクノロジーというほどでもない。

クリストフはともかく、魔法技術相デガウズは方位磁石を知っているはずだ。

そのクリストフには、『新造船覚え書き』を渡しておく。

「おお、ジン殿、これは助かる。次への参考にさせてもらおう!」

クリストフは喜んでその覚え書きを受け取ったのであった。

船用タラップの出来も良く、この日でほぼ新造船は完成したのである。

翌日午前中に最終チェックを行い、問題なければ更に翌日午後、進水式となる予定。

進水式には宰相が熱気球でやって来るそうだ。

* * *

「いよいよ大詰めだな」

「面白かったよ」

「ジン兄、大活躍だった」

「それを言ったらエルザもな」

仁、エルザ、ラインハルトは、入浴後、食堂でワインを飲みながら歓談していた。

ラインハルトがすっかりこの地方のワインに嵌ってしまったからである。

ワス湖の東西にはブドウ農家が多く、ワインの生産が盛ん。東がエルリッヒ地方、西がオルセン地方である。

今日持って来たのはエルリッヒの3456年。

「まだ若いワインだが、思ったより美味かった」

そう言いながら、料理にはあまり手を付けず、ラインハルトは早いペースで飲んでいく。

「ライ兄、もう少し抑えないと」

心配したエルザが声を掛ける。仁とエルザはほとんど食べ終わってしまったのに、ラインハルトはまだ半分くらいしか食べておらず、もっぱらワインばかり飲んでいるのだから。

「帰ったらベルチェさんに言いつけるから」

その一言でラインハルトの手がぴたりと止まった。

「う……わかったよ」

渋々頷き、料理にも手を付けるラインハルト。仁は、最終チェックはまだとは言え、船が完成したことでラインハルトも肩の荷が下りた気がするんだろうな、とその心中を察した。

「ジン殿、ラインハルト殿、エルザ嬢、よろしいですかな?」

仁たちのテーブルへロドリゴがやって来た。

「ええ、どうぞ。ロドリゴさんもどうです?」

ラインハルトがワインを勧めたが、ロドリゴはそれを断った。

「いえ、お気持ちだけで。お話ししたように身体を壊しておりますので」

その言葉を聞きとがめたのはエルザ。

「あの、失礼ですが、お身体が、お悪いのですか?」

「……ええ。少し前まで酒を飲みすぎていまして」

「よろしかったら、後ほど、診察させて下さい」

「え?」

怪訝そうな顔をしたロドリゴに、仁が説明する。

「エルザは、こう見えても先日陛下より直々に『 国選治癒師(ライヒスアルツト) 』として任命されたほどの治癒師でもあるんですよ」

それを聞いたロドリゴの顔に、一瞬喜びにも似た色が見えたような気がしたが、次の瞬間には今までと変わらない表情となっていた。

「いえ、大丈夫です。それよりも、提案がありまして」

「何でしょう? まあ、座って下さい」

ラインハルトは椅子を勧めた。

「ああ、どうも。……それでですね、お話というのは……言いにくいのですが、沈んだときのことを考えなくていいのか、ということですよ」

「沈んだとき……ですか」

さすがのラインハルトも顔を少し 顰(しか) めた。

進水式もまだなのに、沈んだらどうしようという話が出たのだから無理はない。だが、仁は違った。

「……救命艇、ということですか」

仁も忘れていた。

現在の地球における船舶は、乗員全員が乗れるだけの救命艇を積んでいるということを。

それが足りなかったがために、あのタイタニック号の悲劇が起きたのだということを。

救命艇があったとしても、沈没までの短時間にそれらを全部下ろし、尚かつ乗員を避難させられるか、という議論はさておいて、である。

無い袖は振れない。用意されていなければ、どんなことをしても乗れないのだから。

「おお、そうです。そういうことです」

仁が理解を示したことで、ロドリゴは勢いづいた。

「明日の朝、会議に掛けましょう」

「よろしくお願いします」

仁の言葉を聞いたロドリゴは一礼して去っていった。

「……」

仁はラインハルトとエルザを自室へ呼んだ。

2人とも、沈没の話を聞いて少し気分を害しているらしいからだ。

「これは技術的な話じゃないから2人とも知らないだろうけど……」

と、仁はタイタニック号の沈没にまつわる話を、自分の知る範囲で話して聞かせたのである。

「……で、女性と子供を優先して……」

「……」

「…………」

2人とも、無言で話を聞いていた。

「だから、確かにあまり意気込んでする話じゃない。だけど、絶対に沈まない船なんて無いんだ。だから……」

「いや、もういい。わかったよ、ジン」

「ジン兄、よくわかった」

ラインハルトもエルザも、神妙な顔で頷いたのである。

「俺としては、クライン王国で作られるゴムボートも幾つか使いたいとは思うんだが」

クライン王国というよりもカイナ村で、それも仁とエルザが作っているわけだが。

「……ああ、あれも使える」

当のエルザも思い至ったようだ。

「遊びにだけでなく、こういう時にも」

「だろう? あとは救命胴衣の全員着用だな。少なくとも船の乗組員は」

浮き輪、ゴムボート、救命胴衣。これらも翌日の話で持ち出すことに決めた3人であった。