軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20-18 ワイン

「ふむ、知識と、平和、か。……いささか抽象的だね。もう少し詳しく教えて貰えるかね?」

コップの水を一口飲み、クロウが言った。

「ええ。知識、というのは、まだ見ぬ西の地を旅し、見て回ることです」

「ふむふむ、それは我々としても望むところだ」

「そして平和、というのは、東の国家群との関係のことを言います」

その言葉にはダローが反応した。

「……町長、ショウロ皇国の一部では、我等が攻め込もうとしている、という噂があるようなのです」

「何? ……何がどうなって、そんな噂が広がったのかはわからぬが」

クロウはジョンを真っ直ぐ見ながら断言した。

「我等『ミツホ』は、少なくともこの私が知る限りは、そのようなことを考えてはいない」

「では、300年ほど前の話は?」

魔導大戦後、異民族がショウロ皇国へ攻め込もうとした、という話はあまりにも有名すぎ、でっち上げとは到底思えない、とジョンは説明した。

「……」

クロウもダローも目を閉じて無言になり、何ごとかを考える素振りを見せた。

「町長、説明してやればええやないですか」

マヤの声に、クロウは目を開け、ゆっくりと話し出した。

「300年前、大気中の 自由魔力素(エーテル) が激減した時の話だな。……あの時、我々が使っていた魔導具が使えなくなったのだ。そしてそれは死活問題でもあった」

確かに、 自由魔力素(エーテル) 濃度が減少すれば、魔導具類の動作は不安定になる。

「その時に、急進派といえる一派が、攻め込もうとしたのだ。……今は、この程度で勘弁してもらおう。君がもう少し我々に溶け込んでくれたら、もっと詳しい内情も話せると思う」

「……わかりました。今はそれで良しとします」

とりあえず、異民族に戦争の意志がないことを確認できただけでも大きな収穫である。ジョン=老君は、すぐにでも仁に伝えようと考えた。

「君には、数日この町で過ごしてもらった後、首府であるミヤコに行ってもらい、首長に会ってもらうことになる。その先のことは首長との話し合いで決めてほしい」

「首府、ですか? それに首長、というのは?」

聞き慣れない言葉の中に、『ミヤコ』という単語があったのも驚きだが、まずは彼等の政治形態を知ろうと思ったジョンである。

「そうだな。簡単なところまでなら話してもいいだろう。……ダロー」

クロウはダローにそれを任せる、というように顔を向け、目配せをした。

「わかりました。……ジョンさん、我々の国は貴方たちのそれとはかなり違います。まず、王という者がいません」

それは確かに大きな違いだが、魔族にも王はいないので、驚くほどではなかった。

「各地域ごとに代表が3人ずつ選ばれ、『議会』というものを作っています。そしてその『議会』が『首長』を選出するのです」

「はあ、確かに変わっていますね」

「首長は、行政の指導者で、2年ごとに選出されます。もちろん、任期途中で不適格と見なされた場合は解任もあり得ます」

「……行政の指導者ということですが、素直に従いますか?」

「ええ。行政の指導者ではありますが、『軍』は議会が把握していますから」

権力を分けている、とダローが説明する。不完全ながらも、相互監視ができているということだ。

小群国ではまだまだ王がいて、専制君主制が敷かれている。立憲君主制の国は無い。

それが、この異民族……『ミツホ』では合議制を採っているようだ。またしても深まる謎。それは、『ミヤコ』へ行けば解けるのだろうか。ジョン=老君は更なる期待を持った。

「最後に俸給だが……オリヴァー氏と離れたことで、再度話をしたいが、何か希望はあるかね?」

「そうですね、とりあえず、食うことと寝るところに困らなければいいですよ」

軽い調子で答えたジョンに、クロウは頷いた。

右も左もわからない異国では、まず金よりも生存環境なのは理解できるからだ。

「わかった。考えておこう。まあ、今日はこんなところで。寝泊まりはこのマヤに任せてある」

「ちゅうことで、よろしゅうな、ジョンさん」

「あ、よろしく」

* * *

『……以上です』

同日夜、老君は仁に詳細な報告を入れた。

「ふうん、興味深いことが幾つかあるな」

『はい。魔導具がどこから来たのか、それに地名、ですね』

「そうだ。地球の……というより、日本の地名に酷似したものがあるのが気になる」

カリ=仮、セキ=関、ミヤコ=都。それにアアジとセト。セトが瀬戸なら、アアジは淡路か、とも思える。仁は過去に何か繋がりがあるのだろうか、と考えた。

アドリアナ・バルボラ・ツェツィの後継者として、礼子の前身である 自動人形(オートマタ) が仁を見つけるための術式を開発するのに100年以上掛かっている。

その知識は、酷使されたためか、その部分の 制御核(コントロールコア) が砕け散ってしまい、残っていないのである。

更に能力が高い筈の老君なら、もう少し短期間で異空間に接続する術式の開発ができるかもしれないのだが、果たせていない。

何か、根本的なところに足りないものがあるのか。素材か、基礎術式か。

仁は惜しいとは思わなかったので、老君にも追究するような指示は出していなかった。

閑話休題。

もしかしたら、自分と同じ世界、もしくはごく近しい世界からやって来た者が過去にいたのかもしれない、と仁は思っていたのである。

「だからどう、というわけじゃないけどな」

知的好奇心といえばいいのか。正直なところ、『気になるから』というのが一番近いだろう。

「まあ、じっくりいこう。それよりも、食糧の生産はどうなんだ?」

『はい、 御主人様(マイロード) 。セキの町まではハリハリ沙漠に近かったため、畑を見ませんでした。それもこれからです』

「そうか……」

クライン王国救済のためにも、余剰食糧があることを期待しているのだが。

『ですが、食糧不足、といった印象は無かったので、期待はできるかと思われます』

「わかった。引き続き頼む」

仁は頭を切り換える。今現在、船の建造は実作業に入ったところなのだ。

材料としての木材は用意されていたから、図面に従って、雇われた職人や 魔法技術者(マギエンジニア) たちが加工していく。

ある程度部品ができたところで、船体の建造に入る予定だ。それ以降は建造と部品加工が並行して行われる。

「材料は、チークが採れないからピーネか……」

松に近い木材である。仁が知る松よりも大きくなるようで、40メートル長の材が2本用意されていた。

その他には規格物であろう、5メートルの材が大量に積まれている。

「耐水性が気になるな……」

松の木は強度はまずまずだが、耐朽性は中程度くらいなのである。

だが、この世界の松の木は、船の材料として広く用いられているというものなので実績はあるようだ。

「まあ、いよいよ明日からだ……」

この日までは部材加工が行われており、翌日からいよいよ船体の組み立てが始まることになっている。仁も楽しみであった。

「お父さま、こんなのんびりした建造は初めてです」

「そうだな。だが、これが普通らしい」

礼子がこぼすのも無理はない。蓬莱島でなら、このクラスの船であれば半日で完成させてしまうだろうからだ。

一足飛びに世界一になってしまった仁としては、こういう作業の経験がなく、従ってそれなりに楽しんでもいた。

「わたくしの新機能も出番がないですね」

力場発生器(フォースジェネレーター) を装備した礼子。空を自由に飛び回れるのだが、今回はその出番はなさそうである。

「まあいいじゃないか。使わないのと使えないのは違うんだから。それに『能ある鷹は爪を隠す』って言うしな」

そう言いながら、仁は礼子の頭を撫でた。礼子は満足そうに頷く。

「そうですね」

そこへ、ノックの音がした。礼子が扉を開ける。

「やあ、ジン」

やって来たのはラインハルト。……と、エルザだった。

「こんばんは」

「いいワインが手に入ってな。一緒にどうかと思って」

ラインハルトはワイン好きである。

「僕の好きなワイン生産地のオルセン地方はここワス湖の西岸なんだ。このホテルにもオルセンのワインがいろいろあったから選んでみた」

手にしている瓶は白ワイン、オルセンであるが、残念ながら3450年ではなく、3455年であった。

「3450年が一番出来がいいんだがな、これも悪くない。まあ、飲んでみてくれ」

礼子が3人分のグラスを用意した。

「……んっ、固いな」

栓を抜くのに手間取るラインハルト。因みに、コルク栓ではなく、柔らかな木で出来た栓である。

「お貸し下さい」

礼子はラインハルトから瓶を受け取ると、力を入れたか入れないうちに、すぽん、と小気味いい音と共に栓が抜ける。

「やあ、ありがとう、レーコちゃん」

そのまま礼子が3人にワインを注いだ。

「それじゃあ、船の建造成功を願って」

ラインハルトがグラスを掲げ、それにならって仁とエルザもグラスを上げた。

「うん、本当だ。美味い」

「美味しい。ライ兄はワインの 鑑定士(ソムリエ) になれる」

「はは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。でもなあ、自分の好きな銘柄だけじゃ話にならないからな」

和やかに夜は更けていった。