作品タイトル不明
20-05 シャーク
仁は、どんな船を作るか悩み続けていた。
『 御主人様(マイロード) 、一つの意見としてお聞きください。……『縛り』を設けて作る、というのも面白くはないでしょうか?』
「縛り?」
『はい。蓬莱島の有り余る資材を使うのではなく、この世界に有る普通の資材を使って作る、ということです』
「おお、なるほど……」
そうすれば、飛び抜けているのは仁の魔法工学技術だけ。どこでも同じものを作る事ができるわけだ。しかも、堂々とどこへでも行ける。
「面白いかもしれないな」
その線で考えていくと、すぐに構想は纏まった。
「全長10メートル、全幅4メートル。基本木造、部分的に軽銀で補強。動力は 風魔法推進器(ウインドスラスター) 応用の 水魔法推進器(アクアスラスター) ……」
いままでの悩みぶりもどこへやら、すらすらと基本スペックが決まっていく。
「最大定員8人、4人までの居住スペース確保」
こうしてみると、やはり相反する、あるいは矛盾した条件を両立させようとしていたことがよくわかる。
いかに 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) でも、相反する条件を両立させることはできなかったのだ。
「非常用に小型の 転移門(ワープゲート) と 力場発生器(フォースジェネレーター) は載せておこう」
口にしながら、仁の脳裏にはおおよその設計ができあがっていた。
それを改めて図面にする。鞣した魔獣の革に描き上げたそれは、この世界に有る材料を使いつつも、世界最高水準の性能になるであろう船であった。
「よし礼子、さっそく作ろう。まずは素材を用意するぞ」
「はい、お父さま」
製作は研究所ではなくタツミ湾そばに建造した造船ドックの片隅で行う。ドックでは現在、巡洋艦が建造されているのだ。
それを横目で見ながら、仁は自分の船造りに取りかかった。
船体はチークで作ることにする。
チークは主にアジアの熱帯に分布する木で、材質は堅く、油分を含んでいるので水に強い。船の甲板にも使われていた木だ。
北回帰線上にある蓬莱島にもかなりの数が自生しており、それなりに材木としての備蓄があった。
「部分的に64軽銀で補強することにして、と」
船体はモノコック構造と呼ばれる、外板で応力を受け持たせる構造とすることで、船内に広い空間を確保する。小さな船に大きな居住性を持たせる上で重要だ。
要は船体の中身はがらんどう。これには 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) ならではの技術が幾つも用いられている。
「『 接合(ジョイント) 』『 強靱化(タフン) 』」
接合部を一体化し、強度を向上させることで船体を仕上げていく仁。
「お父さま、楽しそうですね」
手伝う礼子も嬉しそうだ。
今回はエルザもおらず、こうして2人きりで製作していると、蓬莱島開発初期のことを思い出す。
(あの頃、お父さまはわたくしだけを頼ってくださいました……)
今でも仁は礼子を可愛がってくれるし、頼りにしてくれている。
仁の周りに人が増えた今、他の者たちにも仁の意識が向くのは仕方のないことであると、礼子も承知しているし、仁のためにもそれはいいことだ、ともわかっている。
それでも、自分だけを見てもらえるというのは、礼子にとって何ものにも代え難い喜びであった。
「よし、次は『 水魔法推進器(アクアスラスター) 』だ」
水に強い64軽銀で本体を作る。青銅でもいいのだが、これくらいは構わないだろう、と作業を進める仁であった。
舵だけでなく、 水魔法推進器(アクアスラスター) でも進行方向を制御できるよう、舷側にも噴射口を設けた。後退用も含め、全部で10基の 水魔法推進器(アクアスラスター) が搭載される。
これらのエネルギーは、『 魔力反応炉(マギリアクター) 』ではなく、『 魔力貯蔵庫(マナタンク) 』から供給される。一般的なゴーレムと同じだ。
但し、『 魔素変換器(エーテルコンバーター) 』使用の 魔力素(マナ) 供給機も積んでいるので、事実上無補給で航行できるのだが。
このような効率の悪い方式にしたのはやはりカムフラージュのためである。
「さあ、後は仕上げだ」
3時間足らずで8割方完成させた仁は、居住空間などの仕上げに取りかかる。
「一応、船の中でも寝泊まりしたいしな」
やや狭いが、1人用のベッドを4つ、船内に設置。それとは別に、作り付けのソファやテーブルも備える。
「中で寛げるというのはいいよな」
小型の冷蔵庫を入れ、飲み物や食料を保存。もちろん非常用として小型の 転移門(ワープゲート) は忘れてはならない。
「危険に対処する武器も一応積んでおくか」
礼子が一緒にいればどんな相手でも心配はないが、そこは念には念を入れて、である。
凶魔海蛇(デス・シーサーペント) も撃退できるよう、小型の 光束(レーザー) 砲とマギカノンをそれぞれ1門。
「非常時にも慌てなくていいように、と」
通信用の 魔素通信機(マナカム) 、 魔力探知装置(マギディテクター) 、方位磁石、サーチライト、そして 力場発生器(フォースジェネレーター) を取り付けて内装は終了した。
「色は明るい方がいいな」
船体外部には軽銀の粉を混ぜた漆を塗布。銀色に輝く船体となった。
浮き輪、食糧、水、回復薬などを積み込めば、作業完了である。
ここまで終えても、まだ日は高かった。仁はタツミ湾へと船を出す前に進水式を行うことを思いついた。
仁の乏しい知識では、船は女性扱いで、命名してから水へ浮かべられる、くらい。
いろいろ細かい部分が間違っているかもしれないが、この世界仕様ということで、と、仁は構わず用意を進めていく。
「名前は……『シャーク』だ。礼子、お前が命名してやれ」
「わかりました」
礼子が銀色の船体に黒漆で『SHARK』と書き、仁が『 添加(アッド) 』を使った。
漆は乾くのではなく、空気中の水分と酸素により重合し、『硬化』する性質を持っている。仁は『 添加(アッド) 』でこの水分と酸素を加えたのである。
「よし、礼子」
「我、汝を『シャーク』と命名します」
形式張った命名の言葉が礼子の口から紡がれると、仁は礼子と共にシャークに乗り込み、海へと動かした。『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』があるので簡単である。
シャークは何事も無くタツミ湾へと滑り入り、凪いだ海面にその姿を浮かべたのであった。
「よし、処女航海だ」
船体のバランスや水漏れなどを確認した後、仁は 水魔法推進器(アクアスラスター) を始動させた。
ゆっくりと動き出すシャーク。まずはタツミ湾内で操縦性のチェック。水漏れも再度確認したが、まったく問題は無かった。
「よし、外海へ行くぞ」
シャークが、問題なく動くことがわかると、仁はいよいよ総合性能を試すことにした。
今までに倍する速度で外海を目指すシャーク。時刻は午後2時過ぎ。老君は念のため、スカイ1と2に空からの護衛を命じた。
外海に出た仁はまず最高速度のテストを行う。後進用以外の 水魔法推進器(アクアスラスター) を動かし、シャークを疾走させていく。
「おお、これは思った以上に速いな」
『 御主人様(マイロード) 、おおよそ時速60キロほど出ています』
魔力探知機(マギレーダー) で位置を把握している老君からの連絡が入った。
「そうか。十分だな」
ハイドロシリーズほどは出ないが、効率の劣る 水魔法推進器(アクアスラスター) とはいえ、8基をフル稼働させればかなりのものである。
「よし、 力場発生器(フォースジェネレーター) を使ってみよう」
いざという時に出せる最高速のテストに移る仁。
今日の外洋は波も静かで、テストにはもってこいだ。
「スイッチ、オン」
力場発生器(フォースジェネレーター) が起動され、ゆっくりと出力が上げられていく。船体全体を包むように加速度が発生。乗っている者には加速度は感じられないが、確実に船は速度を増していった。
『 御主人様(マイロード) 、時速100キロを超えました。110……120……130……』
時速150キロまで出たところで、仁は 力場発生器(フォースジェネレーター) の出力ををゆっくりと絞り、停止させた。
「十分だ。いざとなったら時速200キロ以上出せそうだな」
全長10メートルの小さな船で、時速200キロは規格外もいいところだ。
万が一にも盗難に遭わないよう、セキュリティとして身長40センチのリトル 職人(スミス) を2体、シャーク専属として乗せておくことにした。
いざとなったら爆破してでも、盗難を防止させるつもりだ。それ以前に、大抵の賊はリトル 職人(スミス) により無力化されてしまうだろうが。
午後4時過ぎ、夕日で赤く染まる海面を、シャークはタツミ湾目指して進んでいた。
「艦隊を作るにあたって、やはり位置を知るための静止衛星は必要だな……」
一度は失敗した静止衛星を、再度打ち上げようと仁は考え始めたのである。
重力魔法ではなく、 力場発生器(フォースジェネレーター) を使えば簡単なはずであった。
「楽しくなってきたな……」
シャークの風防越しに大きくなってくる蓬莱島を見つめながら仁は呟いた。
そんな楽しげな仁を見ながら、礼子もまた、嬉しそうに微笑んでいたのである。