作品タイトル不明
20-06 ランドル家
一方、時間は少し戻って、11月17日、夜。ショウロ皇国、カルツ村、 蔦の館(ランケンハオス) 、その地下室。
「エルザ、お帰り。聞いたぞ、大手柄じゃないか!」
転移門(ワープゲート) を使ってやって来たエルザを、従兄であるラインハルトは出迎え、歓迎した。
「エルザさん、素晴らしいですわ。尊敬いたします」
ラインハルトの奥方、ベルチェもまた、心からの賛辞を送った。
「ありが、とう。でも、ジン兄のおかげ。ジン兄がいてくれなかったら、きっと、駄目だった」
少しはにかみながら謙遜する従妹の肩を、ラインハルトは優しく叩いた。
「まあとにかく、上へ行こう」
「そうですわね、お茶の仕度をさせますわ」
地下室から応接室へと移動した一同。侍女 自動人形(オートマタ) のベラがお茶を運んできた。
「もう今日の執務も終わったから、ゆっくり話を聞かせてくれ」
ラインハルトはお茶を一口飲み、エルザに話を促した。
「うん。まず、陛下から、クライン王国の王様が具合が悪いというお話を聞いて……」
それからたっぷり1時間、エルザの話は続いた。途中、ラインハルトやベルチェも少し口を挟んだが、9割方、喋っていたのはエルザである。
あの話し下手のエルザが随分……と、ラインハルトは内心喜びながら聞いていた。
「……と、いうわけ」
長時間の説明で乾いた口と喉をお茶で潤し、エルザは締めくくった。
「……ほう、ランドル子爵家……じゃない、準男爵家を興してもいいと言われたのか。それは凄い」
一旦取り潰された家を再興できたという話はなかなか無い。それほど、家の取り潰しというのは厳しい措置なのである。
「うん……」
だが、エルザが俯き、あまりうれしそうではない様子を見て、ラインハルトは何かを察したようだ。
「エルザ、悩みごとがあるなら話してごらん?」
「……ライ兄」
「僕はエルザと一緒にいた時間が長いからな。その顔は、何か悩みごとを抱えている顔だ。いいから、言ってごらん?」
「……うん」
ラインハルトの優しい言葉に、エルザは訥々と打ち明け始めた。
「……家を、再興できることは、素直に、うれしい。でも、それは、今よりも国に、縛られること」
「……ふむ」
一つ頷くと、ラインハルトは目で先を促した。
「ジン兄は、自由な人。自由であるべき、人。私は、そんなジン兄の枷になりたくない」
「だから悩んでいるんだね?」
「……ん」
ラインハルトは腕を組み、目を閉じて、しばらく考え込む素振りを見せた。
その間に、ベルチェがエルザに質問をする。
「……エルザさん、エルザさんはジン様の枷になりたくないのですわね?」
「うん」
「でも、そばにいたい」
その質問に、エルザは頬を染めながら頷いた。
「……うん」
「ジン様のことがお好きなのね」
「……」
今度は答えが返ってこなかったが、恥ずかしそうなその顔を見れば、一目瞭然である。
「あらあら、可愛らしいこと」
そのとき、ラインハルトが口を開いた。
「こらこら、ベル。1つしか違わないのに年上ぶるんじゃない。見ろ、エルザを」
「あらまあ」
そのエルザは真っ赤になって俯いていた。
「……ごめんなさいね、エルザさん。からかうつもりじゃあないんですのよ」
そう言われてもエルザは俯いたままである。そんなエルザに、ラインハルトは静かに声を掛けた。
「エルザ、ジンがそのくらいで自由をなくしたりすると思うかい?」
「……え?」
「彼は異世界の知識を持っている。そしてそれは一国が独占すべきものじゃない。皇帝陛下も、彼が異世界出身だと知らないはずなのに、ジンを縛るのは愚の骨頂だと思ってらっしゃるよ」
「……」
「だから、エルザは思い通りにするといい。……こんなアドバイスじゃ不満そうだね?」
俯いたエルザは、顔はそのままに、目だけをラインハルトに向けていた。そしてその目には不満がありありと表れていたのだ。
「……それじゃあ、もう一つだけ。母上が好きならば、親孝行、してあげなさい」
「……どういう、意味?」
今度はエルザの顔が上がった。その顔はまだ少し赤いが、ラインハルトの言葉に対する疑問の答えを欲するエルザは、もう照れてはいなかった。
「君の実家は、取り潰しになった。これが第1の前提」
「うん」
「君は……いや、一般的な貴族の家では、女の子は、どこかよその貴族に嫁ぐことが役目と見なされている。これが第2の前提」
「……うん」
第2の前提を聞いたとき、エルザはほんの少し顔を 顰(しか) めた。
「そして、ショウロ皇国の法では、『世襲貴族の子女が嫁ぎ、それにより 後嗣(こうし) となる者がいなくなった時は、近い血縁者からそれを選ぶことができる』、とある。これが僕からの助言だ」
ラインハルトの言葉を噛みしめるように、エルザは顔を上げたまま無言でいたが、やがて意味を理解したと見え、その顔に笑みが浮かんだ。
「ライ兄、それって、つまり……近い血縁者、って、例えば、モーリッツ兄様でもいい、ということ?」
「正解だ」
にこやかな笑みを浮かべながらラインハルトは頷いた。隣ではベルチェも微笑んでいる。
「親孝行、と、いうの、は……」
「エルザが思っているとおりさ。ランドル家を再興し、当主となったお前が、もしもどこかへ嫁いだなら、モーリッツ殿を後継ぎに指名すればいい。それでランドル家は存続できる」
モーリッツは、エルザの義理の母、マルレーヌが産んだ実の息子である。ランドル家を継ぐのに何ら問題は無い。
「お前は、 誰憚(だれはばか) ることなく、ジンの下へ行けばいい」
「……わかった。ありがとう、ライ兄」
訪問したばかりの時とはうって変わって晴れやかな顔になったエルザ。
が、ラインハルトが最後に言った言葉の意味……『ジンの下へ』、の言葉を理解すると、再び真っ赤になって俯いたのである。
そんなエルザを、ラインハルトは優しい目で見つめながら声を掛けた。
「今日はもう遅い。泊まっていくといい。実家へは明日、僕が送っていこう」
「……ん。ライ兄、お願い」
ところで、巧妙に左手を隠していたためラインハルトは気付かなかったが、ベルチェだけはエルザの左手薬指の指輪に気付いていたのである。
* * *
そして翌日、エルザは実家を訪れていた。ラインハルトも一緒だ。
「お母さま、ご無沙汰して、います」
「叔母上、ご無沙汰しています」
エルザの義理の母、マルレーヌは、血色のいい顔で2人を出迎えた。エルザが治療して以来、体調も良いようだ。
「ラインハルト様、このたびは男爵になられたとのこと、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
などと一通りの挨拶を済ませ、エルザはマルレーヌに、女皇帝陛下の言葉を伝えた。
「まあ、あなたを準男爵にして、一家を立てさせてくださるのですか。ありがたい事ですね……」
うっすらと涙ぐむマルレーヌ。だが、その次に発した言葉は、冷静なものだった。
「……それで、エルザ、あなたはどうしたいのです? ランドル家を再興するのですか? それとも別の姓で家を立てたいのですか?」
だが、その質問に対する、エルザの答えは決まっていた。
「ランドル家を再興、します。私は、エルザ・ランドル・フォン・ラズーラ、です」
「そうですか……ありがとう、エルザ。ありがとうございます、ラインハルト様」
マルレーヌには、エルザの気持ちが伝わったようだ。そして、その陰にラインハルトの助言があったこともなんとなく察しているようでもあった。
「よかったな、エルザ。それじゃあ叔母上、僕はこれで帰ります。エルザはゆっくりしていくんだろう?」
「うん。ありがとう、ライ兄」
「それじゃあ、 明明後日(しあさって) ……期限の前日に迎えに来るよ。それまでゆっくりしておいで」
ラインハルトはそう約束を口にして、1人帰って行ったのである。