作品タイトル不明
19-36 閑話35 ラインハルト邸では……
ショウロ皇国、カルツ村にある 蔦の館(ランケンハオス) 。
ラインハルトの屋敷であり、領主の館でもある。
「……と、いうわけで、この2人は、本来はジン・ニドー卿の使用人なのだが、彼は今、陛下の勅命によりクライン王国へ出向いているため、その間ここで働いてもらうことになった」
使用人たちを集めたラインハルトは2人を紹介した。
「バロウです。至らないところが多いと思いますが、精一杯務めますのでよろしくお願いいたします」
「ベーレと申します。若輩者ですが、頑張ります。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
一時的にラインハルト邸で働くことになったバロウとベーレは、本人たちのたっての希望で、他の使用人と同じ扱いをすることになったのである。
* * *
「バロウ、君は僕の秘書、アドバーグについて仕事をしてくれたまえ」
「はい、承りました。……アドバーグさん、よろしくお願いいたします」
「うむ、こちらこそよろしくな。さっそくだが、バロウ、計算はできるかね?」
「はい、アドバーグさん。大丈夫です」
「よし、それならこの帳簿を付けてもらおうか」
バロウはまず、秘書としてのアドバーグを補佐することとなった。
渡された帳簿は、日々の生活費を管理する、いわゆる家計簿に近いものだ。
入金と支出、そしてそれぞれの内容を付ける、というもの。
入金は税収が主なため、最低でも月単位での入金となる。従って、もっぱら管理すべきは支出である。
「えーと、食費と、給金、それに雑費……?」
バロウは目を剥いた。あまりにも大雑把だったからだ。
「あの……アドバーグさん、これで全部ですか?」
「ん? そうだが?」
「ちょっと大雑把すぎませんか? この雑費ですが、もう少し細かく分けていけば、無駄を無くして節約する目安になると思うのですが」
細かすぎても手間が増えるばかりであるが、費用の内訳を細分化することで、無駄な支出を見つけられることも多い。
「せめて、衛生費、交通費、住居費、生活雑貨費、その他、くらいに分けませんか?」
「ふむ。君はそういうやり方をどこで覚えたのかね?」
「はい、ジン様のところで」
「そうか。ジン様は合理的な考えを持ったお方だ。私たちも見習う点が多そうだな。済まんが、その分け方をもう少し詳しく教えてくれんかね?」
「ええ、もちろんです。まずは……」
* * *
「ベーレ、これ畳んでちょうだい」
「はい」
ベーレは2人の侍女の手伝いをしていた。
2人とも、ここカルツ村の出身ということで、歳は17と19。行儀見習いも兼ね、働きに来ているという。
「難しい仕事は 自動人形(オートマタ) のベラさんがやってしまうから楽なものよ」
洗濯物を畳みながら、17歳の侍女、カアラが言った。
ベラはラインハルトが作った 自動人形(オートマタ) で、紫色の髪、黒い目をしている。外見のモデルになったのは(ラインハルトは言わないが)、ミーネらしい。
そこそこ胸は大きめで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あー、火のしって面倒で嫌になるわ」
もう1人の侍女、デッサは19歳。シャツに火のしを掛けながらぼやいている。
彼女の手元を何気なく覗くこんだベーレは目を見張った。
「な、何ですか、それ?」
デッサが手にしていたのは三角形をした鉄の塊。
「何って、『火のし』よ。見たことないの?」
「え? もしかして、服のしわを伸ばすのに使うものなんですか?」
「そうだけど? あなた、使ったこともないのかしら?」
「いえ……」
確かに、ベーレは仁の所に来るまで『火のし』というものを見たことがなかった。
出身地のマギルーツ村では使われていなかったし、最初の奉公先であるセルロア王国の貴族の所では下働きと雑用だったから。
衣服のしわを伸ばすことを覚えたのは仁の下で働くようになってからだ。
「あの、『アイロン』を使わないのですか?」
そして、仁の所ではアイロンを使っていたのである。
「『あいろん』? 何、それ?」
「あ、ちょっと待っていてもらえますか?」
ベーレは、荷物の中に小型のアイロンがあることを思い出し、取りに行った。仁が作ってくれたものである。
そもそも、仁が着ている服のほとんどは 地底蜘蛛絹(GSS) でできており、この生地は言わば『形状記憶生地』で、洗ってもしわにならず、最初に仕立てたときの風合いを保つ。
ただ、仁が各国から下賜された上着やコート、エルザが元から持っていたブラウスやドレスなどは絹や麻や毛織物なので、洗ったあとの仕上げが必要になり、その過程でアイロンの掛け方を習ったのである。
「……お待たせしました」
その時、仁がわざわざ練習用にと作ってくれたアイロンを、私物用にもらったので、今回も荷物に忍ばせてきていたのである。
「へえ、何、それ?」
「これがアイロンっていうんです。ここに 魔石(マギストーン) を入れて……」
熱源は 魔結晶(マギクリスタル) でなく 魔石(マギストーン) 。2分くらいで熱くなる。もちろん簡単な温度制御付きだ。
「これって、麻ですよね。でしたら霧をたっぷり吹いて……」
麻はしわになりやすいので、十分に湿らせてから熱めのアイロンを掛ける。しわを伸ばすように力を込めて掛けるのがコツだ。
「……へえ……」
「毛織物は当て布をします。温度も少しぬるめにして掛けます」
手際よく仕上げていくベーレを、2人の侍女だけでなく、 自動人形(オートマタ) のベラもじっと見つめていた。
* * *
その夜、アドバーグとベラは主人であるラインハルトに報告を行っていた。
「……ふうん、さすがジンだな。ならば、ベラはお返しに宮廷での作法や貴族への応対なんかを教えてやってくれ」
「はい、ご主人様」
「アドバーグは……そうだな、簡単な護身術を教えてやれるか?」
不埒な客や、泥棒などに対処する術。体術の達人のアドバーグなら教えられるだろう、とラインハルトは思ったのである。
「そうですね、期間が短いので本当の基本だけになるでしょうが」
「うん、それでいい。……日常生活に関する仕事への対応は、ジンの所でできるだろうが、さまざまな貴族の応対は難しいからな。主人であるジンが恥をかかないよう、2人ともしっかりと教育してやってくれよ」
「承りました」
「承りました」
* * *
「……そうです、目線は少し下げて、けっしてお客様の目を見てはなりません。下げすぎても失礼になります。見つめるのは口元です」
「はい」
「ご案内するときは、お客様の視線を遮らないように、斜め前を歩くようにします」
「はい」
「お客様のお荷物をお預かりするときは……」
「扉を開けるときは……」
「お帰りになるお客様をお見送りするときは……」
翌日から、1日2時間ずつ、ベラによるお客様への応対術の講義が始まった。カアラとデッサも一緒に受ける。
「違います。深くお辞儀をするときは、お腹の前で手を組んではいけません。あなたはお腹が痛いのですか? よく見てください。こうやります。……」
「食器を下げるときも、できるだけ音を立てないように気を付けなさい」
ベラの指導はなかなか厳しかったが、バロウとベーレは貴重な体験と、真摯に取り組んだので覚えもよかった。
カアラとデッサは、最初はやる気があまりなかったようだが、バロウとベーレが真面目に取り組んでいるのを見て意識も変わったらしく、一所懸命にやるようになっていった。
「ふうん、ジンはいい人材を得たみたいだな」
かつて、帰国の途中に拾ったぼろぼろの2人が、これほど役に立つようになったことに驚くラインハルトであった。
「違う! 右足はもっと引いて!」
「は、はい!」
アドバーグからの護身術講義は1日1時間。
まずは足捌きを習っているところである。
「そうだ。半歩右足を引きながら、左足を軸に、身体を半身にする。これで直線的な攻撃ならかなり 躱(かわ) せる。これを左右交互に練習しなさい」
こちらは一朝一夕で物になるものではないが、基本をしっかり身に付ければ応用も効く。
「下半身の安定が悪ければどんな格闘技も武術も大成はせん。普段から鍛えておくように」
「はい!」
バロウとベーレ、また少し成長出来そうである。
* * *
「今朝、クライン王国との定期連絡で、ジンたちが見事役目を果たし、戻ってくると知らせがあったそうだぞ。そうなるとロイザートに着くのは明日になるな」
「そうですか!」
「ああ。となると、ここで働いてもらうのも終わりだ。短い間だったが、ご苦労だったな」
「こちらこそ、いろいろとありがとうございました!」
こうして、バロウとベーレはロイザートの屋敷へと戻ることになる。
ラインハルトは、2人を 転移門(ワープゲート) でロイザートの屋敷に連れて行ったらどうかと検討をしてみる。
(……そろそろ 転移門(ワープゲート) のことを教えておいた方が何かと都合がいい気がするな。ジンと相談して見るか)
そしてまた新たな物語が……。