作品タイトル不明
19-35 それからのクライン王国
アロイス3世の手術が成功してから3日間、仁とエルザはクライン王国に留まっていた。
国王の経過観察の必要があったからだ。
その間に、仁とエルザはこっそりとカイナ村へ転移して、心配するハンナに、無事治療が終わったことを知らせていた。
「そうなんだ! おうさま、げんきになるんだね。おうじょさま、よろこんだでしょう? おにーちゃん、おねーちゃん、ありがとう!」
ハンナの笑顔を見られただけでも、苦労した甲斐があった、と思える仁であった。
そして。
「エルザ嬢、ジン殿、まったくもって、感謝してもし足りない」
アロイス3世もかなり顔色が良くなり、自ら2人に礼を言うことができるようになった。
まだ体力が付いていないため、ベッドの中でではあるが、3日目ともなると上体を起こすくらいはできるようになったのである。
その状態のクライン王国国王、アロイス3世に仁たちは謁見していた。
命を救ってくれた恩人に直接礼を言いたいという希望からだ。
同席しているのは、血族ではエドモンド第一王子、アーサー第二王子、そしてリースヒェン王女の3名。
閣僚からはパウエル宰相、クラロト・バドス・ケーリス魔法相、それにファダス・ロフス・フェアグラム防衛相の3名。
国王を前に、簡単な報告をする宰相たち。そして病気についての説明が行われる。
「……そうか、生魚を食べるというのは体に良くないのだな……」
がっかりした様子のアロイス3世。よほど好きなのだろう。
「父上、お体の方が大切です、ご自愛下さい」
リースヒェン王女の言葉に、国王は言葉もなかった。
「……アプルルやペルシカのジュースなどはお身体にいいので、積極的に口にして下さい」
エルザが助言をする。
そして、仁は蓬莱島で収穫したアプルルを持って来ていた。
日持ちさせるため、まだ硬いうちに摘み取ったものを10個。それを、後ほどフレッシュジュースにして飲ませてもらえれば少しは効果が出るだろう。
蓬莱島産の果物は全て、 自由魔力素(エーテル) 含有率が飛び抜けており、特に病人には効果覿面なのだから。
本当なら回復薬を飲んでもらった方がいいのだが、旧態依然としたこの国では受け入れてくれないおそれがあったため、果物にしたのである。
「ありがとう。あとで搾らせよう」
リースヒェン王女が代表で受け取り、国王専任の侍女に手渡した。
あまり病人に体力をつかわせるのも良くないので、一同は退室。そのまま、小会議室に移動した。
「さて、ジン殿、エルザ嬢。今回の騒動が解決出来たのは貴殿たちのおかげだ」
宰相が頭を下げ、語り出した。
「この3日で、王国内部に入り込んだ工作員を5名、排除することができたことを述べておこう」
名前は挙げられなかったが、この短期間に5名の工作員を見つけ出したことで、かなり風通しが良くなったらしい。
明言はされなかったが、その一人はあの治癒室棟勤務の治癒師、ボーデマンだったようだ。
「工作員はいろいろな手段を使って妨害をしてくれていた」
怪我人の治療をわざと長引かせてみたり、食事に古い食材を入れてみたりというのは可愛い方で、経済的な混乱を引き起こしかねないような工作もあったらしい。
苦虫を噛み潰すような顔をした宰相は、思い出すのも忌々しい、と言わんばかり。
「だが、この5人で終わりではないだろう。まだまだいるに違いない。追及の手を緩めるつもりはないからな」
まだ宰相の苦労は続きそうである。
そしてデライト元産業相は、やはりセルロア王国の工作員だったようだ。
ようだ、というのは、物的証拠が何も無く、状況証拠だけで、また本人も自白しないからである。
「 統一党(ユニファイラー) の一員だったと言い張っておるのだ」
それは本当なのだろう。エレナのことを知っていたようだから。
「うまいことハンクス家に婿入りし、当主となり、奥方が死去してからは堂々とセルロア王国に情報を流していたようだがその証拠がない」
今回、乾燥剤の製法を仁から聞き出そうとしたのもその一環らしい。
「300トンの小麦を横流しした罪だけでも死罪に相当する。聞き出すことを聞き出したなら、いずれ刑が執行されるだろう」
沈痛な顔で宰相が締めくくった。
「デライトの奴が小麦を横流しして手に入れたゴーレムだが、改造して我が国で使うことにした」
今度発言したのはクラロト・バドス・ケーリス魔法相。赤毛、茶色の目をした中肉中背の男である。
汎用ゴーレムのレカーではなく、重作業用の方である。
レカーは、礼子の一撃で 制御核(コントロールコア) が解析できないほどに壊れてしまっており、確たる証拠がないので口にはしなかったが、仁の推測では『 催眠(ヒュプノ) 』を使用人に掛けたりしたのはこのゴーレムである。
「ジン殿が上手いこと無力化してくれたので助かった。礼を言う」
「いえ、そうやってお役に立てれば幸いです」
当たり障りのない言葉を返しておく仁である。
「ああ、それから奴の熱気球だが、ジン殿から贈られた物よりも劣るので、無理に修理はしないことにしたよ」
推進エンジンも付いていないので当然といえた。
「乾燥剤と除湿器の併用及び乾燥剤単体での使用も上手くいっているようだ」
再度宰相が口を開く。産業相の後釜がまだ見つかっていないからである。
「ショウロ皇国には、100トンの乾燥剤を発注した。順次送ってもらえるそうだ」
「そうですか。繰り返しますが、水分には十分注意して下さい。火事になったり火傷をしたりしたらおおごとですから」
「うむ、注意しよう」
そして今度は仁たちからの発言となる。
まず口を開いたのはエルザ。今回の病気に関しての話だ。
「今回、陛下が 罹患(りかん) されたのは『吸肝虫』という寄生虫です」
「それはどんな?」
アーサー王子からの質問。
「陛下と、2名の患者から取り出した、あの虫です。その卵か幼虫が寄生していた魚を口にされたのだと、思います」
「なんと!」
そこでエルザは一旦口を閉じ、少し考えてからまた話し始めた。
「……陛下は、毎年のように、マヌーゼ湖畔を訪れていらっしゃる、とリースヒェン王女殿下から伺いました。地元ではこの病気になった者も、いるはずです」
そこでエルザはまた言葉を切り、一同を見渡した。
「……陛下がこの寄生虫を宿した、その責任の一端は、あなた方にも、あります」
「……!」
王国側の者たちに緊張が走った。
「地元に置けるこの病気の発生を陛下にお伝えしなかったこと。もし陛下だけがかからずに済む、などという甘い見通しでのことなら、本当に無責任極まりないと、思います」
「……」
一同、言葉もない。
やがて、宰相が口を開いた。
「……仰ること、もっともだ。……責任の一端は、間違いなく私にある」
項垂れ、いつもより更に覇気がない。
「陛下が静養に行かれるということで、周囲の住民を遠ざけさせる指示を出したのは私だ」
「……いや、実際にそれを行ったのは兵士だから、病人がいたとしてもパウエルが知ることはできなかっただろうよ」
アーサー王子が意気消沈する宰相を慰めた。
「それよりも責められるべきは我々兄弟……いや、私だ。父王は毎年行かれており、私だって何度も同行していた。にも関わらず、そのような病気があることに気付けなかったのだから」
「おいおい、それって俺にはそういう気遣いできないって言ってるのか?」
「……兄上、このような場所でそういった発言をしなければ、私だって言いませんよ」
そんな兄弟の掛け合いを尻目に、頭を下げたのはリースヒェン王女。
「……何より、そのような病気がマヌーゼ湖周辺に多いなら、それを放置していた為政者に問題があろう。現地の問題に目を瞑り、現地の声に耳を貸さず、現地の困窮に手を差し伸べなかった我等の責任じゃ。それが巡り巡って父王に跳ね返ってきたのじゃ」
「王女殿下の仰る通りですな。耳が痛い」
ファダス・ロフス・フェアグラム防衛相が初めて口を開いた。
「国の防衛とは、何も目に見える敵を相手にするだけではない。病というものも敵なのですな」
そして訪れる沈黙。
沈黙を破って口を開いたのはリースヒェン王女だった。
「……エルザ、ジン、マヌーゼ湖周辺には、父王と同じ寄生虫に苦しめられている者が多数いると思う。彼等を治癒してもらうことは……無理じゃろうな……」
仁としても気持ちはわかる。何とかしてやりたいと思わないでもないが……。
「エルザはショウロ皇国の人間じゃしな、すまぬ、忘れてくれ」
項垂れる王女を見て、エルザは何ができるか考え、口を開いた。
「まず、寄生虫のいる魚を、生で食べさせてはいけません」
予防に関する助言である。これ以上患者を増やしてはいけない。
「火を通せば寄生虫は死にます。どうしても生で食べたい場合は、適切な処理をしてからの必要があります」
「エルザ、その処理とは?」
リースヒェン王女が反応した。
「はい、基本的に工学魔法は、生物には、及ぼせないのです。これを逆に、利用します。調理前の死んだ魚、に、生きた寄生虫や卵がいるかどうか、なら確認できるはずです」
「おお、なるほど。それならば父がお好きなトロート、これからも食べていただけるわけだ」
これはアーサー王子。
「まずはこれ以上、寄生虫に取り付かれないようにすること、です」
アーサー王子の発言を聞き流すかのようにエルザは続ける。
「わかった。ありがとう、エルザ。誰かに頼るのでなく、自分たちでまず、できることをやっていくことにする」
答えたリースヒェン王女は、少し大人びて見えた。
「食糧の件ですが」
今度は仁が、それまで考えていたことを口にした。
「エリアス王国に相談するといいかもしれません。あの国は南にありますので、食糧の増産が比較的簡単ですので」
「おお、確かにそうだ。魚の干物などを送ってもらえればいいかもしれぬな」
この時点で仁が考えていたのは『トポポ』なのだ。フィレンツィアーノ侯爵が、首都ボルジアのみならず、王国全土に広めたという情報を老君経由で掴んでいたのである。
だがそれは隠し、海産物で援助してもらうことを示唆するに留めておいたのだった。
同様に、海のあるエゲレア王国にも海産物の援助を依頼することを示唆しておく。
エルザの件が片付き、落ち着いて考えてみたところ、何も穀物に拘る必要は無いと思い当たったのである。
これで、若干ではあるが宰相の心労は軽くなったのではないだろうか。
「宰相も、疲労を感じられたら、果物のジュースを飲むといいですよ」
「おお、そういうものかね」
さりげなく、回復効果の望める蓬莱島産アプルルを勧めておく仁。
その他、幾つか助言を行い、仁とエルザはこの訪問における使命を果たし終えたのであった。
* * *
仁とエルザは帰る準備を進めていた。
とはいえ、たいしたことはない。見かけ上は。
城内各所に散らばった『サム』が戻ってくるのを待って箱に収納したり、 隠密機動部隊(SP) を城外に出したり、の方が時間がかかっている。
「……ジン兄、病気の人、助けてあげられないの、かな」
荷造りしながらエルザがぽつりと言った。
「エルザは優しいな。来て早々、いろいろ揶揄されたり、毒殺……まあ、毒性は低かったけど……されかかったり、この国の暗部もいろいろ見ただろうに」
「うん。でも、それと病気の人を見捨てるのとは別」
「確かにな。……蓬莱島に帰ったら考えてみよう」
「だからジン兄、好き」
そこへ礼子が割って入った。
「お父さま、飛行船の準備が整ったようです」
「お、そうか」
「……」
「ジン、エルザ、いろいろと世話になった。また会おう」
「ジン殿、エルザ嬢、皇帝陛下によろしくお伝え下さい」
「またいつか、お会いしましょう」
リースヒェン王女、宰相らに見送られ、飛行船は空へと舞い上がった。
久しぶりに晴れたクライン王国の空は青く、冬の訪れを告げているようであった。