作品タイトル不明
19-31 窓辺の花
エルザを追ってバルコニーに現れたのは、産業相、デライト・ドムス・ハンクスであった。
「どうして、ここに?」
ぐい、と顔を拭ってエルザが聞いた。
「ええ、私の執務室はこのバルコニーの隣でして。廊下を駆けていく音がしたので覗いてみたら貴女だったというわけですよ」
普通、廊下を走るようなことはなく、緊急の何かが起きたのかと思って覗いてみたのだそうだ。
「……恥ずかしいかぎり」
俯いて顔を赤くするエルザ。そんな彼女にデライトはちょっと不思議そうな顔をしたものの、穏やかな声で話し掛けた。
「もう夕方、ここは風が冷たいですよ。何か複雑な事情があるのかもしれませんが、とりあえず私の執務室にいらっしゃいませんか?」
少しだけ落ち着いたエルザは、その言葉に甘え、デライト産業相の執務室を訪れた。エドガーはドアの外に立ち、仁が捜しに来たら教える役目を担う。
窓際にはシックなテーブルセットがあり、デライトはエルザに椅子を勧めた。
「ちょうど一段落ついていたところでしてね。まあおかけ下さい」
「……どうも」
窓際の椅子に腰掛けるエルザ。窓からはバルコニーがすぐそばだ。痴態を見られたかと恥じるエルザだったが、木箱が邪魔をして、ここからはバルコニーを見通せないようで安心もする。
「まあ、お茶でも淹れましょう。……毒は入ってませんから大丈夫ですよ」
まだ少し難しい顔をしているエルザを笑わせようと思ってか、デライトは毒の話を持ち出したりしている。
「……ごらん下さい、こいつらが私の助手なのですよ」
「……あ」
デライト産業相の助手というのは2体のゴーレムであった。1体は成人男性並みの体格で、今お茶を淹れようとしているところ。汎用型だろう。
もう1体は2メートルあまりのごついゴーレムで、重作業用か。そちらは部屋の奥に立っていた。
「荷物運びなどの重作業は奥のグレーン、日常の手伝いはこのレカーに頼んでおります」
「そう、ですか」
見るとはなしにエルザはレカーというゴーレムを眺めていたが、その動作が洗練されているのに気づき、少し感心した。なかなか出来のいいゴーレムである。
「さ、どうぞ」
出されたのはバラの香りのするハーブティーで、甘さの中にわずかな酸味が感じられるものだった。
一口飲み、ほう、と息を吐くエルザ。デライトも同じお茶を飲み、微笑んだ。
「どうです、少しは落ち着きましたかな」
「……ええ、ありがとう、ございます」
「それはよかった。貴女には命を救っていただいた恩がありますからな。何分の1かでもお返しできれば幸いです」
もう一口ハーブティーを飲み、デライトは再度口を開いた。
「……こんな機会は滅多になさそうなので、少しお話をさせていただいてもよろしいですかな?」
「え、はい」
丁寧な口調に、エルザも半ば反射的に返事をした。
「……この国はもうぼろぼろです……」
うって変わって重い口調になったデライト。
「……王は病、貴族たちは自分の利益を優先、そして天候にまで見放されました」
「……」
「貴女はショウロ皇国の方だ。忌憚なき意見をお聞きしたい。……この国に、未来はあると思いますか?」
エルザには酷く重い質問だった。
だが、2年前ならともかく、ラインハルトと旅をして各国を見、仁と共に更にいろいろな経験を積んだ今、答えることはできる。
「ある、と思います」
意外な言葉だったらしく、一瞬デライトの目が驚きに見開かれたようだ。が、すぐに平静になる。
「ほう、どうしてそうお考えに?」
エルザは言葉を選びながら答えた。
「国とは、人です。クライン王国の支配層には、一部、駄目な人がいるかもしれません。でも、国を建て直そうとする人もいます。そして、領民は一所懸命に生きています。まだ、この国は死にません。死なないと、思い、ます」
「……」
「…………」
エルザの言葉を、デライトは目を閉じて聞いていた。
予想外の質問と会話に、エルザの頭は冷えていった。デライトは、この国の未来が暗いと思っているようだ、と感じる。
そんな彼女の脳裏では、これまでのさまざまな出来事が思い出され、繋がっていった。やや不完全ではあるが、謎解きパズルが組み上がっていく。
産業相という立場、弱い毒、国王の病、食糧問題、後継者……。
まだ幾つかのピースが足りず、全体像は見えてこない。
その間、エルザは何の気無しに部屋の中を眺めていた。ふと、その視線が窓際で止まる。
窓辺に置いてあったのは質素な花瓶。その花瓶には花が活けられていた。紫色で、細長い 冑(かぶと) のような花が幾つも付いている。但し、葉は付いていなかったが。
「アコニータ?」
その言葉を聞いたデライトは目を見開く。その目は少し血走っていた。
「エルザさん、この花をご存知なので? ……このあたり……いいえ、ショウロ皇国にも無い花だと思いますが」
「……はい。薬や毒になる植物について、多少知っています」
エルザは花瓶からゆっくりと視線を戻しながら言葉を紡ぎ出す。
「……先日、デライトさんが飲んでしまった毒は、おそらくこの植物の、葉です」
「……」
「デライトさん、この花の葉はどうして1枚も付いていないのですか?」
重要なピースを導き出そうと、つい余計な一言を言ってしまった。
その言葉を聞いた途端、デライトの形相が変わったのである。
「……そうですか、そこまでわかっているのですね」
「え?」
* * *
仁は飛び出していったエルザを捜していた。
廊下にいた騎士に聞いてみると、廊下を突っ切り、階段の方へ行ったらしい。
仁も階段まで行ってみる。上ったのか下りたのか。仁は考え込み、あまり時間を掛けてはいられない、と判断した。
飛び出していったとはいえ、 隠密機動部隊(SP) のマロンとプラムは 不可視化(インビジブル) で姿を隠したまま警護をしている。エドガーも一緒だ。
であるから、エルザがどこへ行ったのかは、老君経由で調べればすぐにわかるのだ。
最初からそうしなかったのは、礼子たちに頼らず、自分自身で捜し出したかったからだが、この王宮内では限界があった。
「礼子、エルザがどこへ行ったのか、老君に確認してくれ」
「……わかりました」
若干不満そうな顔で、礼子は老君に連絡を取った。すぐに答えは返ってくる。
「……上の階にあるデライト産業相の執務室にいるようです」
「何でそんなところに……」
その時、リースヒェン王女がやって来た。
「ジン、どうじゃ? 王城内を1人で探し回るのは難しいじゃろうと思い、追いかけてきたのじゃが……もう見つけたのか?」
「リース。……いや、まだなんだけど、なんでも、デライト産業相の部屋にいるらしい」
「デライトの? そうか。行ってみよう」
王女の案内で、仁は階段を登り始めた。
「……そういえば、今思い出したのじゃが、デライトもセルロア王国の出身じゃったな……。大分昔にハンクス家に婿入りしたと聞いたことがある。奥方は数年前に亡くなり、今は独り身だそうじゃ」
それを聞いた仁は、脈絡もなく、ふとデライト産業相が漏らした言葉を思い出した。
(そういえば、エレナを 自動人形(オートマタ) と言っていたな……以前見たことがあったとか?)
エレナが自分から話すとは思えない。そして、彼女が 自動人形(オートマタ) だと見抜けるほど、デライト産業相が優秀だとは思えない。
とすると、過去、エレナのことを見たことがあったことになる。仁は嫌な予感がした。
「2階が今までいた階じゃな、3階は各大臣たちの執務室となっておる」
その時、礼子が2人の会話に口を挟んだ。
「お父さま、エルザさんが危険です」
* * *
「貴女は優秀です。とても優秀です。できることなら説得して一緒に来てもらいたかったですよ」
「い、いったい、何を?」
立ち上がったデライトは扉の前に立ち塞がり、エルザの退路を断つ。
「貴女にはわかっているのですな? あの毒騒ぎが狂言だったことを?」
「……アコニータの毒では人は死なない、ことなら知ってる」
「そう、あの場にいる者全員が毒で倒れたら、あなたの信用も地に落ちる。そうなれば国王も長くない。そう思ったのですがね。まさか知るまいと思っていたアコニータのことまで知っているとは」
「あの毒入りのティーキャディー、あなたが持って来た、ということ?」
「……お利口なことだ。貴女を手土産にしたなら、指示をこなせなかった埋め合わせになるでしょう」
「え、指示?」
嫌な予感がしたエルザは椅子から立ち上がった。エドガーはドアの外だ。
「もうこの国は長くない。お隣のフランツ王国と同様にな。それならいっそ、セルロア王国に吸収されて、統治を任せた方がいいというものだ」
口調ががらりと変わったデライトは、狂気を孕んだような目をしていた。
「……それは違う、と思う。セルロア王国の政府は、クライン王国を占領したら、自分たちの国よりも低く扱う、はず」
いろいろな国々を見てきたエルザ。この前などは、セルロア王国の我が儘兄妹と直接対面し、酷い目にあった。ステアリーナやヴィヴィアンからも話は聞いている。
どう考えても、公平な統治が行われるとは思えなかった。
「……ふん、庶民などどうでも良いのさ。肝心なのは、我々……私が今よりもいい役職に就けるかどうかなのだから。……レカー、その娘を逃がすなよ」
デライトに指示されたゴーレム、レカーが近付いてくる。エルザは咄嗟にテーブルを盾にした。
「ふん、無駄なことを。素直に協力しないかね? 私としても手荒なまねはしたくない。狂言とはいえ、解毒してくれた恩人だからね」
「……こんなことをして、無事に逃げられると、思う? 大きな音を立てれば、すぐに誰か、駆けつけてくる」
「ふふ、それが目的の時間稼ぎかな? ……グレーン!」
その一声で奥に立っていたゴーレムも動き始めた。
「こいつと同じゴーレムが廊下にいる。誰も来られるものか」
「それでも、逃げられるはずがない」
「ふふん、抜かりがあると思うかね? ……私も熱気球を持っていると言ったら?」
「……まさか」
「セルロア王国の技術は素晴らしい。小麦300トンと引き替えに、熱気球1台、そしてゴーレム5体を与えてくれたのだからな」
「……大事な食糧を横流し、したの? ……あなたは、最低。自分の国を売る、なんて」
「若いな、権力がどれほど魅力あるものか、理解していないとみえる。国を自分の思うように動かせるということがどれほど素晴らしいことか、わからないのだろう。それに、私の祖国は……セルロア王国だ」
「……わかりたいとも、思わない。権力なんて、面倒臭い、だけ」
仁の考えにも染まってきたエルザは、デライトの権勢欲を斬って捨てた。
「面倒臭い、か。やはり女だな。人を支配する喜びを理解できないとは」
「俺は男だけど、そんな喜びは理解できないな」
「何!?」
「ジン兄!」
部屋の扉が外からこじ開けられたかと思えば、そこには仁が立っていた。