作品タイトル不明
19-30 プロポーズ
「もういいだろう、エルザ?」
「ん」
エルザも疲労感が拭えない様子であるし、本来ならアロイス3世が目を覚ますまで付いていたいところであるが、心配顔のリースヒェン王女もいることであるし、と、仁はバリアを解除した。
そしてリースヒェンに笑いかけると、彼女の渋面が一気に笑顔となった。
「ジン、エルザ! 父は、父上は、助かったのじゃな!」
エルザもリースに微笑んで見せた。
「はい、殿下。もう大丈夫です。あとは安静にして、少しずつ食べるようにしていけば……」
「おお、そうか! ありがとう、エルザ、ジン。感謝してもしきれぬ……」
「最初のうちは、フルーツジュース、そしてお粥に、と、病人食から始めてください」
居並ぶ王子、王女、そして宰相に向かってエルザがアドバイスを行った。
「わかった。看護人に間違いなく伝える」
エドモンド王子が代表して答えた。
看護の侍女2名を残し、一同は部屋を移した。
ミニ 職人(スミス) が国王の胆管部から取り出した寄生虫も、ミスリル銀の皿の上に載せられている。
「……これが父の身体の中に……」
しかめっ面をしたエドモンド王子が呟くように言った。
「……目の前で見ていましたしね、信じられませんが信じるしかないでしょう。どうしてこれが父の身体に?」
アーサー王子もエドモンド王子同様に顔を顰めながら、エルザに尋ねた。
「寄生虫の卵、もしくは幼虫がいる魚を、生で食べた可能性があります」
「……夏前にマヌーゼ湖に療養に行ったが、その時かもしれないな」
考えながら言ったのは宰相だった。
「思えば、陛下はトロートがお好きでな。毎年のようにデクボにある御用邸に行かれるのだが……今年でなければ昨年かもしれぬ」
「……だが、エルザと言ったか。お前は、よくそんなことを知っていたな! 大したものだ! 最初に俺が言ったことは謝る。忘れてくれ」
侮るようなことを言った、とエドモンド王子は頭を下げた。エルザは慌ててそれを押し止める。
「い、いえ、殿下、おやめ下さい。あの場合の殿下のお気持ちを思えば、当たり前だと、思います」
「……ふ、エルザ、お前は寛大なのだな。気に入った! 俺の嫁にならんか?」
「ええ!?」
「なかなか気に入った娘がいなくてな。26になっても俺は独り身だったんだが、お前はなかなかのものだ。どうだ? 考えてみてくれないか?」
「……」
真っ赤になりながら、エルザは隣に座る仁をちらっと見た。
仁は仁で、突然のことに空回りする頭で必死に断る口実を考える。
そして、過去、これに似たことがあったことを思いだした。
『駄目です殿下!』『彼女、ビーナには私がプロポーズする予定なのです!』
エゲレア王国でのゴーレム暴走事件の後、アーネスト王子がビーナを見てプロポーズした際、クズマ伯爵がそれを遮って言った言葉。
「……駄目です、殿下!」
「……ジン兄」
仁の言葉を聞き、エルザの顔が綻んだ。
「エルザには俺が……」
だが、仁のセリフはそこで詰まってしまう。
「ん? どうした?」
「……俺が……」
「だから何だ?」
「俺が、相応しい相手を見つけてやるんです」
「何?」
「……ジン兄……」
目に見えて落胆するエルザ。
「……ばか」
そして一言呟くと席を蹴って、部屋の外へと飛び出して行ってしまった。エドガーだけが後を追っていった。
「エルザ……」
仁は呆気にとられて見ていることしかできなかった。
そもそも、今は勝手に部屋を出ていったりするのはまずいはずだ、などとどうしようもないことを考えている。
「馬鹿者」
そんな仁の頭を平手でぺし、と叩いたのは当のエドモンド王子。拳でなく平手、なのはせめてもの彼の気遣いか。
「俺が見てもわかったぞ。あの娘はお前に惚れているようだ。それをあんな言い方したらがっかりするに決まっているだろうが。……まあ、いきなり求婚した俺も悪いがな。……ほれ、後を追いかけてやらないか!」
「……いいんですか?」
もう1発平手で、今度は頬を軽く叩くエドモンド。
「こういう時にうだうだ言ってるんじゃねえ! さっさと追いかけろ!」
「兄上、このようなときにそれはちょっと……」
アーサー王子が止めようとするも、エドモンド王子はその言葉を無視し、仁をせき立てた。
「そうじゃ、ジン、早う行ってやれ」
更にはリースヒェン王女までが仁の背中を押す発言をする。
「は、はい」
仁も立ち上がり、部屋を飛び出していった。
* * *
「……ジン兄の、ばか」
廊下を全速力で走っていくエルザ。警備の騎士や女官、侍女たちも呆気にとられて 誰何(すいか) することなく、それを見送ってしまったほど。
目に付いた階段を駆け上がり、再び廊下を疾走。突き当たりには開け放たれた扉があり、その先はバルコニーになっていた。
バルコニーに出るエルザ。火照った顔に外気が心地よい。片隅に置かれていた背丈ほどもある大きな木箱に背中を預け、溜め息を一つ。
「……ばかは、私」
仁との付き合いもそれなりに長い。性格もかなりわかっていたはずだった。
「……ジン兄は……」
誰にでも優しい。もちろん、身内……仁ファミリーや、それに準ずる友人たち、という条件は付くが。
「それに」
最初は自分から申し出たこと。
「……『もうランドル家を捨てた。だから独りぼっち。できればジン兄の妹扱いにして欲しい』……そう言ったのは、私」
仁としてはその申し出を断り、ランドル家へ送り届けることもできたはず。だが彼はそうしなかった。
快くエルザを迎え、居場所を与えてくれた。生きる道を示してくれた。
仁から受けた恩、家族としての情愛、そして世界最高水準の知識。考えれば考えるほどその重さ、大きさに驚かされる。
「返しきれるものじゃ、ない」
仁は別に見返りを期待していたわけではない、それもわかっている。
エルザ自身が、仁に尽くすのが喜びで、仁のそばにいられれば、それだけで楽しかった。
「でも、やっぱり」
自分が仁に取って特別なのだと言って欲しかった、と思う。
「……自惚れ」
仁が心に掛けている女の子は自分だけじゃないことは知っていた。
ハンナ、サキ、リシア。魔族にも、シオンやイスタリスという子がいる。
もしかすると、元居た世界に、好きな人がいたのかもしれない。
そんな考えがぐるぐると回り出し、知らず知らずのうちに涙が溢れていた。
そばに付いているエドガーは、こういう時に掛けるべき言葉は無いことを知っているかのように無言のまま。
そんな時、足音が聞こえた。
「……ジン兄?」
追いかけてきてくれたのだろうか、と振り向くエルザ。
「……あ」
が、そうではなかった。
「エルザ嬢、どうなさったのですかな?」
産業相、デライトが心配そうな顔をして立っていたのである。