軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19-26 閑話34 黄金の姫君

仁たちがクライン王国へ向かう数日前。

エゲレア王国首都、アスント。

その上空に、金色の気嚢を持つ熱気球が飛来していた。

気嚢には『懐古党』と大書され、意匠的にはともかく、これ以上ないほどに所属を主張していたのである。

仁が贈った熱気球を調べ、同型機を2機作り上げていた王国騎士団は、すぐにその金色の熱気球に接近。

すると、金色の熱気球から声が伝わってきた。

「私はエレナ。 懐古党(ノスタルギア) の外交員。貴国に贈り物を持って来ました。着陸許可願います」

これは、風魔法で声に指向性を持たせ、遠くにいる特定の相手に伝える魔法である。

魔導大戦前にはよく使われており、『 伝声管(アコチューブ) 』と呼ばれている。

懐古党(ノスタルギア) の拠点から最も遠いエゲレア王国。

エレナは飲食・睡眠不要なため、まず最も遠いこの国から訪問することにしたのであった。

因みに、エリアス王国は気候や食習慣がかなり異なるため、今回の除湿器贈与対象ではなかった。いずれ折を見て渡す予定ではあるが。

エゲレア王国の熱気球に挟まれ、エレナはアスント城中庭に着陸した。

その周囲を、抜剣していないとはいうものの、剣を持った近衛騎士20名が取り囲んでいる。

かつて 統一党(ユニファイラー) 時代、この城を『熱気球』を以て攻撃した過去を知っているエレナは内心苦笑していた。

「はじめまして。私は『エレナ』。 懐古党(ノスタルギア) の外交員ですわ」

改めて名乗るエレナ。彼女の前に、一人の騎士が進み出た。

「ようこそエレナ殿、私はブルーノ・タレス・ブライト、近衛騎士隊副隊長です。本日の用件は『除湿器』をお贈りいただける、ということでよろしいでしょうか?」

エレナは艶然と笑った。その笑顔に、騎士の何人かが見惚れ、相好を崩した。

「ええ、そのとおりですわ。責任者もしくは担当者の方にお引き会わせ願えますかしら?」

「もちろんですとも。魔法相ケリヒドーレと内務相ウィリアムがお相手致します」

ブルーノがそれだけ言うと、他の騎士たちは踵を返して立ち去った。

エレナは小さな包みを手にすると、ブルーノの案内に従い、まだ所々にゴーレム 園遊会(パーティー) 騒動の爪痕が残る中庭を横切り、外宮左手にある建物、迎賓館へと向かう。

迎賓館の大会議室と思しき部屋に迎え入れられたエレナ。

近衛魔導騎士2名が同席し、説明が開始された。

「温度を下げ、結露させて、その水分を抜き、元の温度に戻すことで湿気を抜いています。……動作原理は以上です。おわかりですか?」

簡潔に結んだ説明に戸惑う出席者たち。

「う……ま、まあ、仕組みは簡単なのだな。我々にも作れるだろうか?」

「ええ。是非作ってみて下さい」

微笑むエレナ。

「抜いた水分が溜まりますから、これは定期的に排出して下さいね。何か分からないことはありますか?」

「温度を下げるとどうして結露するのだろうか?」

ケリヒドーレからの質問である。エレナは困った様な顔をした。

「……それを説明するのは短時間では無理ですわ。今はそうなるもの、と捉えて下さいませ」

だが、ケリヒドーレの顔に、ありありと不満が浮かんでいたのをエレナは見て取った。

「……空気に含まれる水蒸気量の上限は気温によって変わります。これを飽和水蒸気量と言います。温度が高いときは多く含むことができ、温度が低いときはあまり含むことができません。……どうでしょう? こう説明すると、またまたわからないことが出て来たでしょう? 基礎ができていないと言うことなのです。ですから短時間では無理だ、と申し上げたのですわ」

エレナの赤い瞳に、侮蔑するような色はなく、ケリヒドーレ魔法技術相もそれで引き下がらないわけにはいかなかった。

「……冷たい水の入ったグラスの外側に水滴が付きますでしょう? あれもこのためですわ」

「ふむ……なるほど……」

親切にも、補足説明をするエレナ。この説明は受け入れられたようだ。

「他には何かございますでしょうか?」

皆無言だ。諦めたのかもしれない。

「それでは、私はこれでおいとま致します」

一礼してエレナは立ち上がった。

再び、ブルーノが随伴して熱気球のところに戻っていく。

その姿を遠くから見つめている人影があった。

第3王子のアーネストである。彼はエレナを見つめながら、時々首を傾げていた。

「王子? どうかなさいましたか?」

そばに付いている王子付きの侍女、ライラ・ソリュースが、王子の様子を見て不思議そうに尋ねた。

「……うーん、不思議な 自動人形(オートマタ) だね。ジンが作ったものとは異質な感じがする」

その言葉に驚くライラ。

「え?」

「あのエレナ、っていう 自動人形(オートマタ) のことだよ。レーコちゃんとは違う。でも、どこか似たような所もある。でも違う。うーん……」

「あ、あの、あの子、 自動人形(オートマタ) なんですか?」

「ん? そうだろ? 見て分からないの?」

「わ、わかりませんよ……!」

王子は直感的にエレナが 自動人形(オートマタ) だと気が付いた。

他に彼女が 自動人形(オートマタ) だと気づいていたのは魔法相ケリヒドーレくらいであろうか。

少し離れた所から彼女を見ていた騎士たちは誰一人として気づかなかったのである。

* * *

その後エレナが向かったのはクライン王国。

こちらでも似たり寄ったりの反応だった。

応対したのは、パウエル宰相、デライト産業相、それに第2騎士団団長のベルナルド・ネフラ・フォスター子爵。

彼等も、説明された除湿器の原理を理解することはできなかったのである。

「それでは失礼致します」

挨拶をして辞するエレナ。熱気球に乗り込もうとしたその瞳が、一瞬見開かれた。

(青い髪……アドリアナ・バルボラ・ツェツィの 自動人形(オートマタ) ……?)

遠くから見つめるリースヒェン王女と、その乳母 自動人形(オートマタ) 、ティア。

その青い髪を見つけたエレナの胸中に、一瞬もやっとした感情が生まれかけたが、すぐにそれは沈静化した。

そして熱気球は空へと浮かび上がったのである。

* * *

フランツ王国も同様。

(……見つめる視線が鬱陶しいわ……)

が、騎士・兵士の練度は低く、担当者の理解力も乏しかった。

(この国の未来は暗いわね……)

そしてセルロア王国では、エレナをこっそりと拉致しようという動きさえあった。

譲渡と説明を終えたエレナが熱気球に戻ろうとしたその時。

「エレナ殿! ゴーレムが暴走しました! 危険です、逃げて下さい!」

などという、わざとらしい『事故』が起きたのである。

見れば、戦闘用と思われるゴーレムが2体、猛スピードで突進してくるではないか。

その1体は、明らかにエレナを、そして避ければ熱気球を直撃するコースを取っている。

(どうしましょうか……)

今のエレナは、人間並みの力しか出せないよう、デチューンされている。

但し、反応速度や覚えた技はそのまま。

万が一、故障してその 制御核(コントロールコア) を解析されそうになった場合は、自壊するようプログラムされているから、敵に秘密を盗まれるおそれは低いのだが、やはり自己防衛は必要である。

それ以上考えている時間はなく、エレナは、突進してくるゴーレムを迎え撃った。

捕まる直前に軽いステップで身体一つ分右横へ移動、ゴーレムの脚を払う。柔道でいう『出足払い』と理屈は同じだ。

重心の移動に付いて行けなくなった上半身は容易くバランスを崩し、前にのめることになる。

そのままでは熱気球に激突されるおそれがあるので、エレナはゴーレムの左腕を取り、自身の体重を以て振り回した。

半分以下の体重しかないとはいえ、バランスを崩したゴーレムの進行方向を変えるにはそれで十分。

掴んでいた腕を放したエレナは素早くその場を離脱した。

というのも、2体目の暴走ゴーレムが迫って来ていたからだ。

向きを変えられた1体目のゴーレムに、突っ込んできた2体目のゴーレムが衝突。2体は絡み合い、もんどりうって地面を転がって行った。

「……あとはお任せしますね。それでは皆様、ごきげんよう」

エレナは素早く係留索を解くと熱気球に飛び乗り、火魔法を使った。

見る見る膨らむ気嚢、浮き上がるゴンドラ。積まれた荷物も無くなったため、上昇速度は速い。

呆気にとられる兵士たちを尻目に、エレナは高度を上げていった。

(……人間というのは、賢いのか愚かなのかわかりませんね……)

そんな感想を抱きつつ、エレナは本部へと熱気球を飛ばすのであった。