作品タイトル不明
19-25 もう一つの問題
しばらくの間、仁たちはしりとりで遊んでいたが、その 最中(さなか) 、ドアがノックされた。
「はい」
ドアを開けたのはティア。そしてドアの外にいたのはデライト産業相だった。
「おお、デライトではないか。元気になってよかったのう」
「は、殿下。エルザ嬢のおかげで助かりました。今、よろしいですか?」
「うむ、かまわんぞ」
デライト産業相はまだ少し顔色が悪かったが、手足の痺れはすっかり無くなったようだ。
「エルザ嬢、昨日はありがとうございました。ジン殿、昨日できなかった乾燥剤についてのお話をお伺いしたいのですが」
「いいですよ」
退屈しのぎにしりとりをしていたほどである。仁は二つ返事で承知した。リースヒェン王女も文句を言うことなく、ティアにハーブティー……ではなく、フレッシュフルーツジュースを入れるよう命じた。
その場で果物を搾って作るフレッシュフルーツジュースなら毒を入れられる心配はない、という理由からだ。
念のため、仁が『 分析(アナライズ) 』し、毒物や劇物が混入していないことを確認後、全員のグラスに注がれる。
更に、仁の分は礼子が毒見をしてからという念の入れよう。
そこまでしてはじめて、全員安心してジュースを口にしたのである。
「で、乾燥剤の使い方、でしたね」
「そういうことです」
「まず、真っ先に注意事項の確認をしたいと思います。水厳禁なのは理解していただけてますか?」
仁としては火事や火傷を気にしているのだ。
「ええ、それはもう。湿気くらいなら大丈夫であっても、水を掛けると火傷するくらいに熱くなるからでしたね」
「ええ、そうです。わずかな量を使って、関係者の前で実験するのもアリかもしれません」
「なるほど、理屈ではなく、体験させるということですか」
「そういうことですね」
「……ところで、乾燥剤の製法はご存知ですか?」
いきなりデライト産業相が製法のことを尋ねてきたので、さすがに仁も警戒し、
「……いえ、そこまでは」
と答えるに留めておいた。
このようにして、デライト産業相と仁の話が進んでいる中、エルザはリースヒェン王女と話をしていた。
「リース様、不躾ですが、兄君方のことをお話しいただけませんでしょうか?」
「ん? よいぞ。……上の兄、エドモンド兄上はな、口はぶっきらぼうじゃが、裏表はない性格じゃと 妾(わらわ) は思っておる」
エルザに時々突っかかってきたエドモンド。リースヒェン王女の彼に対する評価は思ったより悪くないものだった。
「アーサー兄上はのう……」
口籠もるリースヒェン王女。
「……どうにもつかみ所が無くてのう……」
「そうなのですか?」
「……エルザだから言うが、あれで昔は 妾(わらわ) のことを随分と苛めてくれたのじゃ……」
2人の王子、3人の王女を産んだ母君は、最後にリースヒェンを産んで亡くなった。それをリースヒェンのせいだと、2人の兄は彼女を可愛がらなかった、という話は聞いていた。
「さすがに今は周囲の目もあるしのう、昔ほどあからさまには仕掛けてこぬが……」
昨日の毒入りハーブティーの時などは、心配そうにしているようでもあった。
「まあ、いくらなんでも血を分けた実の兄妹じゃしな、心配くらいはしてくれるじゃろうよ」
12歳という年齢に似合わない冷めたその口ぶりに、エルザは少し同情を覚えざるを得なかった。
「……もっとも、アーサー兄上は、家庭教師が優秀らしいからのう、本当に性格がよくなったのかも知れぬが」
「家庭教師、ですか」
「うむ。セルロア王国から招いた、高名な学者だそうじゃ。我が国の学者では束になっても太刀打ちできぬ、と誰かが言うておったが、いくらなんでもそれは大袈裟じゃろうがな」
セルロア王国は国そのものの歴史も深く、人口も多い。クライン王国を凌駕する学者がいても不思議ではない。
「その学者の名前、わかります?」
「うむ。……確か、リオネス・アシュフォードとかいうたな」
一応、エルザはその名前を記憶に留めておくことにした。
一方、仁はデライト産業相に、必要事項を伝え終えていた。
「ジン殿、感謝致します。先日もたらされた『除湿器』と併用すれば、かなりの効果が期待できそうです」
その言葉に仁が反応した。
「除湿器、ですか。その響きからすると、湿気を除く道具ですね?」
「その通りですよ。 懐古党(ノスタルギア) が各国に配っているようなのですが」
「ほう」
「説明をしてくれた 自動人形(オートマタ) は金髪の美人でしたな。いやあ、誰が作ったのか」
エレナが使用法を説明していったらしい、と仁は思った。ちゃんと活躍してくれているようだ。
それからは世間話的な雑談を交わす。
「今のところ、年を越せる程度の備蓄はできているのですがね」
食糧事情などを聞き出そうとしている仁に取っては雑談とはいえ、有効な情報源である。
「単純計算で、王国国民が10万人とすれば、麦換算で4ヵ月分が足りない計算になるのです」
おおよそ、翌年の2月から、6月の収穫期までの期間、食べるものが無くなる計算だという。
「5000トンが不足……ということですか」
1人あたり年間150キロを食べるとして、1ヵ月なら12.5キロ。4ヵ月で50キロ。それを10万倍しただけだ。
カイナ村でエリックが立てた試算と大きな差異はなかった。
「そうですな。食糧不足を自覚して、他の作物も積極的に食べ、節約に努めれば3000トンといったところでしょうかな」
「……」
仁は考え込んでしまった。
蓬莱島の備蓄はせいぜい数十トンといったところだろうから、焼け石に水である。できて精々、一時的な炊き出しだ。
「食糧調達の当てはあるんですか?」
「……難しいですな。聞くところによると、セルロア王国東部も飢饉だとか。戦争にならないことを祈るばかりですよ」
食糧を求めての戦争で、更に食糧が無駄に消費される。明らかな矛盾だが、その矛盾を行うのが人間である。
(ショウロ皇国だって、3000トンは援助不可能だろうしな……)
「ただ、年内はまだ暴動になったりする心配はなさそうですからな。なんとか年内に解決の見通しを付けたいと思っていますよ」
とはいうものの。見通しは暗い。真っ暗といってもいい。
小群国内の食糧自給率は100パーセントを少し上回っている程度だからだ。
「短期間で収穫できる作物を作る、というくらいしか俺からは助言できませんね」
だが、デライト産業相はその言葉に縋ることにしたようだ。
「ジン殿、その作物とは?」
仁も、ことが多くの人命に関わることであるから包み隠さずに教えることにした。
「ソバ、という作物です」
「ソバ、ですか。聞いたことがありませんな」
「北の土地で作られている作物で、2ヵ月半くらいで収穫できるのですよ」
「なんと!」
今は11月半ば、今から播けば2月の初めには収穫できるということ。ぎりぎりだが、なんとかなりそうである。
「ジン殿! 是非、是非、そのソバという作物を作りたい! ご協力願えますか!?」
「もちろんです。ですが、幾つか問題があります」
1つめは、必要量の種を今すぐには準備できないこと。蓬莱島では、秋ソバの大半をソバ粉にしてしまったのだ。
種として残してある分では賄いきれそうもない。
2つめ。ソバはアレルギーを持つ者がいるのである。
この世界では、小麦アレルギーは見たことがないが、果たしてソバアレルギーを持つ者はいないと言いきれるだろうか?
「……必要な種が間に合わないかもしれません。また、体質に合わない人もいるかも……」
仁としては当たり障りのない言い方しかできない。だが、それでも、溺れる者は藁、デライト産業相は仁に向かって頭を下げた。
「ジン殿! 貴殿の伝手でできる範囲で結構です、どうかそのソバを手に入れて下さい!」
そうまで言われては、仁も断るわけにはいかない。
「わかりました」
少し渋い顔をしながらも頷いたのである。
* * *
『ソバの種、ですか』
礼子を通じ、仁とデライト産業相の会話を追っていた老君も考え込んでしまった。
『蓬莱島にある種ソバを全部放出したとしても必要量の10分の1にも足りませんね……』
今の備蓄分は、言わば第1次栽培の収穫分。これは魔族領からもらったわずかな種ソバを播いた結果収穫できた分である。
大半は……とはいっても1トンに満たないが……ソバ粉にし、残りの半分を第2次栽培に回した。
第2次栽培分が収穫できれば、種ソバはなんとか手に入るだろうが、それはあと2ヵ月弱先の話になる。
『そうしますと、種ソバをどこかから調達する必要があるわけですが』
それは魔族領しか無く、魔族の食糧事情もカツカツである。
『何か代わりの食糧と交換するしかないでしょうね』
食べる分のソバを種として譲ってもらい、その代わりの食糧を渡す。これしかない、と老君は最終判断を下したのである。
『小麦粉……ですね』
蓬莱島で穫れた小麦粉1トンと、魔族領で穫れたソバの実1トンの交換なら可能だろう、と老君は計算した。
が、これでもまだまだ足りない。
ソバの収穫率は小麦より落ちるのだ。1トンのソバを播いて、収穫できるソバの実は20トン程度だろう。
老君でもおいそれと解決出来そうもない、由々しき問題であった。ただ、種蒔きから収穫までの期間が短いことだけが有利な点である。
『残るは……異民族、ですか』
ハリハリ沙漠の西に棲むという異民族。彼等がどのくらい食糧を生産し、備蓄を持っているかはわからない。
一つの賭けと言えた。