軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19-19 診察

蓬莱島で飛行船に乗り込み、転送機で一気にクライン王国へ。

もちろん、いきなりアルバン上空に出たのでは怪しすぎるので、セルロア王国との国境にあるセドロリア湖上空に転移した。曇り空である。

そこから北上してアルバンへ向かう。時刻は現地時間で午後2時、アルバン上空に仁たちはいた。

「あの熱気球は俺が贈った物だな」

王城の上空には1機の熱気球が浮かんでいた。仁が贈ったものであることが見て取れた。

ショウロ皇国とは異なり、まだ量産出来ていないらしい。

今、仁の飛行船には仁の家紋、『丸に二つ引き』が書かれており、それは各国に通知されているはずであった。

そしてその通りに、熱気球に乗った兵士はクライン王国式の敬礼——肩の高さで横に伸ばした右腕の肘を直角に上に曲げ、手の指は伸ばし、掌は相手に向ける——を行い、仁を認識したことを表したのである。

ゆっくりと飛ぶ仁の飛行船に随従するようにその兵士は熱気球を操作し、ほぼ同時に王城前広場に着陸したのである。

量産は出来ずとも、操作にはかなり習熟したようだ、と仁は感想を持った。

「ようこそ、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) ジン殿。そして 国選治癒師(ライヒスアルツト) エルザ嬢」

そこにはリースヒェン第3王女と宰相のパウエルが。そして、初めて見る顔が幾つか出迎えていた。

強風に煽られないよう、何本ものロープで飛行船を係留し、仁は一同に向き直ったのである。

「ジン殿、ようこそおいで下された」

パウエル宰相はまずジンの手を取り、歓迎の意を表する。ついでエルザの手を取り、

「 国選治癒師(ライヒスアルツト) エルザ嬢、この度はわざわざのおいで、まことにかたじけない」

と丁寧な口調で言いながら頭を下げた。そしてリースヒェン第3王女はハンナとの再会を喜んでいる。

「ハンナ、よう来たな。元気じゃったか? 少し背が伸びたようじゃな?」

「こんにちは、おうじょさま。ごぶさたしております」

スカートを摘んでお辞儀するのも様になってきたハンナである。

仁、エルザも順に王女と挨拶を交わした。

「ふん、随分と若い治癒師を送り込んできたものだ。 国選治癒師(ライヒスアルツト) だと? 肩書きだけはご大層だがな」

そんな言葉を発した者はと見れば、20代半ばくらいの若い男。金髪にグレイの瞳。目元はどことなくリースヒェンに似ている。

「兄上、それは失礼でしょう。かのショウロ皇国が派遣してくれた治癒師、しかも 国選治癒師(ライヒスアルツト) 。さらには 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン殿の妹御だというではありませんか」

「ふん、アーサー、お前は人が良すぎる。あの国は我が国への義理などない。それこそ文字通りの外交辞令で未熟者を送り込んできたのかもしれんぞ」

「兄上!」

だが、アーサーから兄と呼ばれた男はそっぽを向き、取り合おうとしなかった。

「兄エドモンドが失礼を申しました。僕はアーサーと言います。この国の第2王子です。兄エドモンドは第1王子となります」

第2王子であると自己紹介したアーサーは兄エドモンドの非礼を詫びると、エルザに向き直った。

「エルザ嬢、どうかお気を悪くなさらないでください。これまで、我が国の治癒師が何十人も父王を診察しましたが、誰一人として治すどころか病の原因すら掴めなかったのです。それで兄もいささか治癒師という者に不信感を抱いているのですよ」

そう言って頭を下げるアーサー。彼は焦茶色の髪にグレイの目。その髪色はリースヒェンにそっくりであった。

「さ、さて、さっそくですが、エルザ嬢、王の診察をお願いできますでしょうか」

宰相は取りなすように言い、エルザは無言で頷いた。

「……申し訳無いのですが、王の診察はエドモンド様かアーサー様立ち会いの下でお願いしたいのです」

「承知、しました」

頷くエルザ。仁も宰相に告げる。

「ショウロ皇国から、乾燥剤の無償サンプルを預かってきています。誰かに運ばせて下さい」

「お、おお、そうですか! それでは。……イヴァン、産業相の所へ運んでいくのだ」

「はっ」

宰相の命により、イヴァンと呼ばれた兵士は、乾燥剤20キロ入りの袋を3つ、軽々と担いで運び出し、持ち去ったのである。

「ジン、そちは 妾(わらわ) と一緒に来てくれ。ハンナも一緒にな」

ハンナの相手をしていたリースヒェンは済まなそうな顔をして仁に声をかけた。

「父王の元へいけるのは治癒師だけとなっておる」

歩き始めていたエルザは足を止め仁を振り返ると、

「ジン兄、行ってくる。心配しないで」

と短く仁に告げ、再び歩き出した。エドガーだけは同伴を許されたようだ。スチュワードは飛行船の警備に残った。

仁は礼子を連れ、リースヒェンに付いていく。向かった先は離宮、前回も泊めてもらったリースヒェンの居城である。

「……済まぬ」

部屋に入るや否や、リースヒェンは仁に謝った。

「え?」

謝られる覚えがないので仁は面食らった。

「……先程のことじゃ。兄エドモンドがエルザに失礼なことを言うたじゃろう。それに対し、 妾(わらわ) は何も言えなかった。済まぬ」

「いや、リースが悪いんじゃないし」

仁が慌ててそう言うと、リースヒェンはようやく愁眉を開いた。

「リース、と呼んでくれるのじゃな。礼を言う。…… 妾(わらわ) は第3王女ではあるが、兄たちに疎まれておってな」

前回もその事は聞いたので、仁は頷くと共に、もうそのことを蒸し返すのはやめよう、と言ったのである。

「ふふ、相変わらず人がいいのう、ジンは」

仁とハンナに椅子を勧めるリース。3人が座ると、アンと同型の 自動人形(オートマタ) 、ティアがお茶を運んできた。

「いらっしゃいませ、ジン様、ハンナ様」

「やあティア、元気そうだな」

「はい、修理していただいたこの身体、すこぶるいい調子です。おかげさまで王女様に誠心誠意お仕えすることができます」

ティアは、文字通りリースヒェンの乳母であり、養育係でもあった。老朽化のため稼働不能になっていたところを仁が修理したのである。

お茶はハーブティーであった。バラとイチゴをミックスしたような香りで、なかなか美味しい。

2口ほどお茶を飲んだ後、王女は話を再開した。

「1年前……そう、去年の秋頃から父王はなんとなく身体の調子が優れないようでのう。疲れやすくなった、などとこぼしておった」

リースヒェンは仁に容態を説明し出す。

「それが今年の夏頃から容態が急に悪くなってな。政務も満足に執れないほどじゃ」

仁が熱気球をクライン王国に贈ったのは7月の終わり。その頃にはもう寝込んだままだった、と言う。

「顔は黄ばんでくるし、お腹は膨れているようじゃし……心配でたまらぬ」

俯いたリースヒェンの肩をハンナがぽんぽん、と慰めるように叩いた。

「おうじょさま、だいじょうぶ。エルザおねーちゃんはすごいんだから。きっとおうさまのびょうきも治してくれるよ」

そんなハンナに向かい、リースヒェンは弱々しく笑って見せた。

「ふふ、ハンナは優しいのう。そうかそうか、エルザはそんなに凄いのか」

「うん!」

明るいハンナの笑顔に、リースヒェンも重かった心が少しだけ軽くなるのを感じた。

* * *

「……これは……」

一方、王城の最奥では、エルザがクライン王国国王アロイス3世の診察をしていた。

黄ばんだ目。顔色は黄色と言うより浅黒くなってきている。爪の色も黄色っぽく、明らかに黄疸の症状。肝臓が悪い事が見て取れた。

「失礼します」

布団をめくり上げ、衣服の前をはだけてみるエルザ。

「……!」

腹部の膨満が見られ、エルザはますます肝臓に原因があることに確信を持った。

「……魔法で診察をします。『 診察(ディアグノーゼ) 』」

一言断り、エルザは魔法を使った。

「……やはり肝臓、です」

その結果、肝硬変を起こしていることがわかる。

「肝臓?」

「肝臓ですと? それが原因でこのような症状が出るのですか?」

彼等も、腹部に肝臓という大きな臓器があることは知っているようだが、それがどのような働きをしているか、と言うことについては無知である。もっとも、彼等に限ったことではないのだが。

「肝臓は、人体の中でも重要な働きをしている臓器です。陛下はその肝臓が非常に悪くなっていらっしゃいます」

エルザは宰相と王子に分かりやすい説明を行った。

「原因は……?」

アロイス3世は酒に弱く、儀礼の時に飲むだけだという。その他の食べ物についても、傍に仕えている侍女の話を聞く限り、食生活が原因ではなさそうだった。

「砒素が蓄積しているようでも、ない」

テオデリック侯爵のときとは違い、肝臓に砒素が蓄積して起きた肝硬変ではなかった。

「……?」

原因が分からなければ、たとえ魔法で治してもまたじきに再発してしまう。エルザは原因の発見のため、何度も『 診察(ディアグノーゼ) 』の魔法を使った。

が、原因は分からない。

「……やはり無理のようだな」

悩むエルザを、エドモンド王子は冷めた目で見つめていた。