作品タイトル不明
19-15 ハードル越え
「さて、今のやり方では、要するに『砲台』にしかならないわけだが」
研究所内の会議室に戻った仁は改めて仕切り直した。
「単に方向を決めて打ち出すだけであるから『砲台』か。まったくだねえ」
トアが変なところに感心したように言う。
「でも、人間は飛ばせないだろう?」
これはサキ。
「工学魔法は生物に及ぼすことはできない。以前にジンと確認した事だよね?」
魔法で起こした物理現象は人間に影響を及ぼせるが、魔法そのものを人間に、ということは不可能に近い。例外は治癒魔法くらいである。
「体内を循環してる 魔力素(マナ) が妨げてるらしい、っていうことだったよね」
「そうだったな。そっちにも興味はあるんだが、それはまたの機会にしよう」
話が膨らみすぎると纏まらなくなってしまう。
「くふ、残念だけどね」
「さて、人間に、という事はひとまず置いておいて、ゴーレムになら力が及ぼせることが分かったわけだ。これをもう一歩進めたいんだよ」
仁はいよいよ研究の核心部に触れる話を始めた。
「ゴーレム自身が、自身を飛ばすことはできないか。……自身に力を作用させることはできないか、だ」
「それがジンの最終目的なのかい?」
ラインハルトの質問に頷く仁。
「そうだ。これが可能になれば、世界が変わる」
その意味を真っ先に理解したのはエルザだった。
「飛行機の推進力……」
「その通りだ、エルザ。そしてそれはもっと他のものにも応用できる。宇宙船とかにも、な」
重力魔法で打ち上げた衛星は失敗した。再度挑戦する前に、仁は新たな推進力を開発したかったのである。
「これを実用化出来たら、人が自分で空を飛べるかもしれない」
「ジン君、それは、自分の身体を念動力で動かす、ってこと? ……そんなことができた人、今まで一人もいないと思うわ」
ステアリーナの言葉に、仁も頷かざるを得ない。
「まあなあ。でも、考えてみたい夢ではある」
それについては誰も異議はない。空を飛ぶのは人として見果てぬ夢であるから。
「まずは、人間ではなく、ゴーレムから、だ」
段階を踏んで行こう、という仁。
「でもゴーレムでも自分で自分を飛ばす……ねえ? そんなことできるのかしら?」
ステアリーナが首を傾げた。要は、自分で自分の身体を持ち上げられない、ということである。
「うん。でもそれは、魔法の起点とでも言うべき設定を間違えていたから、だと思う」
その疑問にはエルザが答える。これが、お湯の中で閃いた最大の発見である。
「つまり、自分を動かそうとした人は、例外なく自分の『中』に起点を置いていたと、思う」
「うーん……どういうこと?」
今一つ理解できていないらしいステアリーナに、今度は仁が代わって説明する。
「自分で自分を持ち上げることはできない。それは力点や支点、作用点が全部体内にあるからだ。だけど、魔法は違う。意識的に起点を体外に置けるわけだ」
かつてアルキメデスは、『我に支点を与えよ。されば地球をも動かさん』と言ったといわれている。
「あっ!」
「そうか!」
ステアリーナとラインハルトがほぼ同時に声を上げた。
力の起点が体外にあればどうなるか、想像がついたのである。
「だが、そんなことが……いや、ジンならできそうだな」
「うん」
仁は真面目な顔で答える。
「 魔導式(マギフォーミュラ) を解析できるような魔導士は稀少だから、今までそんな事を考えた者もいなかったんじゃないかな?」
「そ、そうね! それに、科学と魔法を融合させようなんていう試みも!」
とにかく前例がないというのは事実だけど、と仁は前置きして、
「やってみる価値はあるだろう?」
と言った。そして仁は実証実験の準備を始めた。
もう大分時間は遅かったが、誰も終わりにしようとは言い出さない。それほど、これから仁が行おうとしている実験に興味があったのである。
「ここを、こうして」
『 石つぶて(ストーンバレット) 』で石を飛ばす力を発生させる 魔導式(マギフォーミュラ) 。それを小さな 魔結晶(マギクリスタル) に刻み込む。
このまま飛ばしたのでは 魔結晶(マギクリスタル) が回転して方向が安定しないから、簡単な模型飛行機に取り付けることとした。
ハンドランチグライダーと呼ばれる、普通手で投げて滑空させる種類の模型飛行機。
仁は施設時代、子供たちに何機も作ってやっていたからお手の物である。
「これでよし」
再び研究所の外へ出る一同。研究所の窓から漏れる光だけでは暗すぎるので、『 光の玉(ライトボール) 』の魔法を使い、明かりとした。
「それじゃあやってみるよ。『起動』」
仁が 魔鍵語(キーワード) を唱えると、手にした飛行機から、いや、飛行機に取り付けた 魔結晶(マギクリスタル) から推進力が発生するのが分かった。
「発進!」
そんな言葉と共に模型飛行機から手を放す。と、飛行機は一瞬高度を落としたものの、速度が乗ってくるに連れ機首を上げ、やがて上昇を始め、暗闇の中に消えていったのである。
「成功だ……」
飛行機が消えていった暗闇を見つめていた仁がぽつりと呟く。するとそれに触発されたように、他の者たちも賛辞を口にした。
「やったな、ジン!」
「おめでとう、ジン兄」
「ジン君、すばらしいわ!」
「ジン君、これは大発見だねえ!」
「ありがとう」
このままでは直線的にしか動かせないし、速度調整もできないが、飛行機の推進力としては使える。最も大きなハードルは越えたといえる。
折から時刻は深夜、2回目の『反動消去魔法検討会』はこれでお開きとなった。
* * *
ラインハルトたちも帰ってしまい、館にいるのは仁とエルザだけ。ハンナもいるが遊び疲れてぐっすりと眠っている。
時刻は午前1時、月は中天を少し過ぎ、西に傾きかけている。秋の月の高度は高く、頭上近くから地表を照らしていた。
静かになった館周辺では、秋の虫が再び鳴き交わしていた。
「……静かだな」
「……ん」
夜も更けたというものの、先程までの討論の余熱を持った頭はまだ眠気を持たず、仁とエルザは縁側に座って虫の声に耳を傾けていた。
因みに、蓬莱島で鳴いている虫の声は、スズムシに良く似た鳴き声、コオロギそっくりの鳴き声、それにアオマツムシみたいな鳴き声。他にも何種類かいるのだが、仁にも名前がわからなかった。
「エルザ、ありがとう」
「……?」
小声で仁が告げたお礼の言葉に、首を傾げることで答えたエルザ。
「エルザのヒントのおかげで、ずっと悩み続けてきた問題に終止符を打てそうだ」
「……ん。ジン兄の役に立てたなら、うれしい」
「ああ、役に立ったさ。まあ、まだこれからの部分がたくさんあるけどな。そっちは何とかなりそうだ」
「……楽しみにしてる」
「うん、どんなものを作り出すか、期待していてくれ」
そう言った仁は大きな欠伸を1つ。
「……ふああ、そろそろ眠くなってきたかな」
「私も」
エルザも欠伸を1つ。
「そろそろ寝るか」
「おやすみなさい」
そして館の明かりも消え、明かりといえば空から照らす月だけとなったのである。