作品タイトル不明
19-14 進展
温泉から出た仁は居間の畳に寝転んで涼んでいた。
「こうして目を瞑っていると虫の声が聞こえて、いい雰囲気だな……」
館の周りには秋の虫がたくさん棲息しており、秋の夜の交響曲を奏でていた。
その時、仁の耳に足音が聞こえた。
「あの足音はエルザか……」
ハンナより大人の足音ならエルザしかいない。だが、エルザにしてはやや慌てている感じがする。
「ジン兄!」
更に、声も上ずっている気がする。
「エルザ、何かあったのか?」
仁が目を開けると早足でやって来たエルザが立っていた。下着姿で。
「エ、エルザ、何があった!?」
「ジン兄、『反動消去魔法』の『力』って、工学魔法で普通に使っている力と同じものじゃ、ない?」
「……え? 何だって?」
思いがけないエルザの格好に気が動転した仁は、聞いた言葉の半分も理解できていなかった。
「……じれったい。じゃあ、こう言ったらわかる? ……工学魔法で使われている力って、『反動消去魔法』と同質のものじゃ、ない?」
「え……あ、ああ」
「……今度は、わかった?」
そこへハンナもやってきた。そして一言。
「エルザおねーちゃん、服きないの?」
「だから……え、服?」
ハンナに言われて、下着のまま仁の前に立っていたことに今更ながら気付いたエルザ。
「え、あ、う……あああ!」
真っ赤になり、駆け足で居間を出て行ってしまった。遠くでどたん、と音がしたのは転んだのだろうか、と仁は混乱する頭の片隅で考えていた。
「えーと……工学魔法で使っている力は反動消去魔法と同じじゃ、ないかって?」
ようやく頭が回り始めた仁は、エルザの言葉に含まれた示唆を理解したようだ。
「老君、仁ファミリー緊急招集だ」
* * *
「……というわけで、エルザが解決のヒントを掴んでくれた」
蓬莱島では仁、エルザに加え、ラインハルトとサキ、それにトアとステアリーナを加え、2回目の『反動消去魔法検討会』が開かれていた。
「エルザ、説明してくれ」
まだ少し顔が赤いエルザを促す仁。そのエルザは訥々と話し始めた。
「……まず、工学魔法の『 変形(フォーミング) 』を、考えて、ほしい。……ライ兄、どうして『 変形(フォーミング) 』で物質の形が、変わるのか、わかる?」
話を振られたラインハルトは少し考えてから答える。
「どうしてって、そりゃあ形を変えようとして魔法を使っているんだから。そういう魔法だ、としか……」
言いかけたところで、ラインハルトも気が付いたようだった。
「そ、そうか、物質を変形させている力というのは……!」
「そう。風を起こすのも、火を飛ばすのも、物質を変形させるのも、みんな同じ力なのじゃ、ないかって、気付いた」
「ふうむ、興味深いねえ」
トアが腕組みをしながら呟いた。次に口を開いたのはステアリーナである。
「分かる気がするわ。クリスタルゴーレムを動かすのも基本は『 変形(フォーミング) 』ですものね」
つまり、『 変形(フォーミング) 』という魔法は、ゴーレムの動力になりうるほどパワフルであることがここからわかる。納得する一同。
「だとすると、『反動消去魔法』だけ特別な力、というのはおかしい、と思う」
エルザが締めくくった。
そこでサキがにやりと笑い、エルザの語りを先取りする。
「なるほどね。でもそうすると、エルザはどうして前回ジンが失敗したのか、見当が付いているんだろう?」
風魔法を使わずに反動消去魔法だけ発動させようとして発動しなかった実験のことである。
だが、エルザは首を横に振った。
「ううん。それについてはわからない。でも、別の可能性を、思いついたから」
「別の可能性?」
「そう。……一番いい例が、土属性魔法の『 石つぶて(ストーンバレット) 』。あれは石を飛ばして相手にぶつける魔法だけど、その力は何?」
「ああ、なるほど……」
全員、エルザが言わんとするところを理解し、納得したように頷いた。
「以前立てた仮説だけど、魔導士ならば皆、自前で微力ながら魔力を発することができる。これを精神力もしくは精神波と呼ぼう。この精神波は、魔導士が作り出せるオリジナルの魔力だ。これを用いて周辺の 自由魔力素(エーテル) を 魔力素(マナ) に変え、 魔力素(マナ) をエネルギーに変えることで魔法を発動させている。『 石つぶて(ストーンバレット) 』の場合は運動エネルギーということだな」
仁が自らの仮説を説明する。
火属性魔法なら熱エネルギー、風属性魔法なら運動エネルギー。
この運動エネルギーを石に及ぼせば土属性魔法の『 石つぶて(ストーンバレット) 』になるわけだ。
「さて、運動エネルギーの元になるのは力だ。この力は、魔導士の精神波、つまり精神力という名の魔力が、より大きな魔力に増幅され、エネルギーをも支配するようになったわけだ。そのメカニズムはまだわからないが」
仁は、そのメカニズムの解明はまた別の機会にするとして、今回は『力』の解析をしていく、と改めて宣言した。
「精神波を増幅した、運動エネルギーを持つ力を『念動力』と呼ぼうかと思う。この呼び方が妥当かどうかは分からないが、術者の意志に応じて発生する力だから、あながち間違ってはいないんじゃないかと思う」
一同に異論はない。
「『 変形(フォーミング) 』も、念動力で物質を変形させていると考えれば理解しやすいだろう? 風魔法も同じだ。空気を念動力で動かしているわけさ」
皆、黙って仁の発言に耳を傾けている。ここで仁は話題を転換した。
「さてここで質問だ。魔法で人間を動かすことはできるのだろうか?」
ラインハルトがすかさず反応した。
「僕が考えるに、例えば『風属性魔法』を使えば可能じゃないかと思うんだが」
「そのとおりだ。さすがラインハルト」
仁に褒められ、ラインハルトは照れくさそうに頭を掻いた。
「そう言われると面映ゆいな。何せ、前例があったからね。そう、エカルト・テクレスの船、という、ね」
エカルトはセルロア王国南部の町に住む大富豪である。
巨大な船を作り、その動力として、自らの帆に風魔法で起こした風を吹き付けて進もうとしていたのだ。
「そう、あれはいい例だ。魔法そのものでなく、魔法で生じた物理現象を使う、という発想だよな」
だが、あくまでも『魔法そのもの』ではない。
「念動力で人間を動かすことはできないのか? これが今回の鍵だ」
皆、しばらく無言で考え続けていた。そんな中、最初に口を開いたのはステアリーナ。
「ジン君、さっきの『 石つぶて(ストーンバレット) 』、あれでゴーレムを飛ばすことはできるのかしら?」
聞かれた仁もしばらく考えてから答える。
「できる、と思う。実験してみよう。……ミニ 職人(スミス) !」
「ハイ、ゴ主人サマ」
仁は身長10センチという超小型サイズのゴーレムを呼んだ。
「ちょっと実験に協力してくれ」
仁は簡単に説明。要は『 石つぶて(ストーンバレット) 』でミニ 職人(スミス) を飛ばすことができるかどうか試したい、ということだ。
「ワカリマシタ」
研究所の外に出た仁は、仮に飛んでいった先で壊れたりしないよう、礼子に受け止めるよう指示を出した。
「お任せください」
「よし、それじゃあ試してみるぞ。……『 石つぶて(ストーンバレット) 』」
仁は腕輪に仕込んだ魔法を発動。そしてその結果、ミニ 職人(スミス) は宙を飛び、礼子に受け止められたのであった。
「おお!」
「ジン!」
「これは!」
一同、驚きを以てその光景を見つめていた。
「飛ばす対象を正確に認識すればできるようだ。もっと大きいものはどうだろう?」
ミニ 職人(スミス) の後は身長40センチのリトル 職人(スミス) で実験、これも上手くいった。
「お父さま、それでしたらわたくしを飛ばしてみてください」
最後は礼子の申し出を受け、礼子にかけてみる。
「『 石つぶて(ストーンバレット) 』!」
「うおお!?」
見事に礼子は宙を飛び、10メートルほど先に見事着陸したのである。
「ジ、ジン! これは凄い発見だ!」
興奮したラインハルトが仁に駆け寄った。一方サキは冷静に意見を述べる。
「どうして今まで誰もこういう使い方しなかったんだろうね? あ、いや、空を飛ぶとかでなく、戦争とかで相手のゴーレムを吹き飛ばすことができるじゃないか」
「うーん、石を飛ばすのに比べてそれなりに魔力が必要だからな」
石とゴーレムの質量比と同じだけ魔力も消費するということ。仮に石が1キログラム、ゴーレムが200キログラムだったら200倍の魔力が必要になるということである。
「なるほど、効果のわりに必要な魔力が多すぎるからやろうともしなかったわけか」
とはいえ、光明は見えてきた。仁ファミリーは更にこの方向で詰めていくことにしたのである。