軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19-12 誓い

「これは失言だった」

恐縮して頭を掻くラインハルト。頬を膨らませたエルザはそっぽを向く。

「……その『素手の誓い』っていうのは?」

当然の質問が仁の口から出る。エルザは顔を赤くしたまま横を向いている。ラインハルトは困った様な顔。

「……仕方ありませんわね。エルザさん、主人の失言は謝りますわ。ジン様にはわたくしから説明してよろしいですわね?」

そっぽを向いたまま、エルザは無言で首を縦に振った。

「成人した貴族女性が公的な場へ手袋をせずに出席するというのは、要するに『家事手伝いをしています』という証しなのですわ。そこから、『私はお仕えしている方がいます』という意思表示になり、ひいては『心に決めた相手がいます』という……」

がたん、と音がした。そちらを見れば、椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がったエルザが部屋を出ていくところであった。その顔は真っ赤である。

「……あー……あとで謝っておこう」

いかにも済まなそうな顔をしたラインハルトは仁に頭を下げた。

「多分だが、エルザとしては自分への誓い程度だったんだと思う。それを僕が指摘したものだから……悪い、ジン」

再度頭を下げるラインハルト。だが仁はそんなラインハルトに気にするな、と言った。

「……エルザの気持ちには、俺が向きあわなけりゃいけないんだよな」

エルザの出て行った扉を見つめながら呟く仁。

「ジン、君はまだ、エルザの事を『ちょっと危なっかしい妹』と思っているのかい?」

以前、崑崙島の温泉で聞かれた時に仁が答えたセリフを、ラインハルトは覚えていたらしい。

「……いや」

首を振りながら仁は答えた。

「もう『ちょっと危なっかしい』なんて思っちゃいないよ。彼女はもう立派な女性だ」

「それを聞いたらエルザさん、喜びますわよ」

「……やめてくれよ?」

「ええ、わかっていますわ。ジン様が直接、仰ってあげてくださいまし」

「……いずれ、俺の気持ちの整理が付いたら」

仁がそう答えると、ラインハルトとベルチェは小さく溜め息をついたのである。

* * *

翌朝、仁は飛行船の準備を整え、礼子、エルザ、ハンナ、エドガーと共に乗り込んだ。

だがエルザは仁を避けるように振る舞い、なかなか話す機会を作ってくれない。

仁は蓬莱島に行けば何とかなるだろう、と多少楽観視していた。

まずは 宮城(きゅうじょう) 前に一旦着陸。そこには宰相のユングと魔法技術相デガウズが待っていた。

「エルザ嬢、ジン・ニドー卿、よろしく頼む」

宰相からエルザに、『 国選治癒師(ライヒスアルツト) 』であることを示すクリーム色のローブを手渡された。

「ありがとうございます。精一杯、努めて、きます」

その後、エルザは宰相からクライン王国での細々とした注意事項を聞かされる。その時間を利用して、仁は乾燥剤のサンプルを回して貰えないかとデガウズに打診してみた。

「ふむ、いい考えだな。すぐ持って来させよう」

そんなことをしていたら小走りに女皇帝もやってきた。

「……間に合ったわね。エルザ、しっかり頼みます。ジン君、よろしくね」

女皇帝はそう言いながら、エルザに書簡を差し出した。

「クライン王国に行ったらこれを見せるといいわ。頑張ってちょうだいね」

「ありがとうございます」

書簡は直筆の親書らしい。先程まで、 魔素通話機(マナフォン) でクライン王国宰相と話をしていたという。

「万が一にも間違いのないように、ね」

その時、乾燥剤サンプルが運び込まれた。デガウズは女皇帝に仁の意図するところを説明した。

「……なるほどね、それはいいわね。ジン君、ありがとう」

乾燥剤60キロを積み込み終わればいつでも出発できる。

「ジン君、気を付けてね。エルザ、しっかりね。ハンナちゃん、また会いましょうね」

女皇帝はもう一度、仁一行に言葉を掛ける。

「はい、それでは行ってまいります」

仁は飛行船の係留索を解放してもらった。飛行船はゆっくりと上昇する。この日はやや強い西風が吹いており、仁の飛行船は速度を上げつつ上昇していった。

女皇帝、宰相、魔法技術相らは、飛行船が見えなくなるまで空を見上げていた。

* * *

追い風に乗り、飛行船は時速60キロほどで東へ向かって飛ぶ。高度は3000メートルくらいまで上げた。

1時間も飛ぶと、眼下に雲海が広がった。

「うわあ、きれい!」

はしゃぐハンナ。仁はそんなハンナの頭を撫でながら呟いた。

「そろそろ来る頃だ」

「え? おにーちゃん、何がくるの?」

訝しむハンナ。仁は悪戯っぽく笑ってそんな彼女の頭を撫で続ける。

「まあ、見ていてごらん」

その言葉通り、500メートルほど先に巨大な物体が現れた。

『 転移門(ワープゲート) 』を備えた『コンドル3』だ。転送機でここまで送られて来た。

「わあ、まえにいちど見たひこうきだ!」

クライン王国を訪問した際、帰路に使ったことを覚えていたようだ。

飛行船はコンドル3の巨大な 転移門(ワープゲート) 目指し、微速前進。

「……あー、ちょっと危ないかな?」

だが、仁は 転移門(ワープゲート) へ飛行船で突入するのをやめることにした。

「ジン兄、どうしたの?」

照れのため、昨夜から仁を避けていたエルザだったが、事ここに至っては口を聞かないわけには行かないようだ。

「ちょっと今日は風が強いから揺れて危なそうだ」

飛行船や気球は風に弱い。もちろんそれは航空機全般に言えることなのだが、中でも特に弱いのが飛行船や気球といった飛行体である。

「コンドル3に飛行船を係留して、俺たちは徒歩で 転移門(ワープゲート) に入ろう」

強風時の対策をもっと考えないといけないかな、と仁は思いながら、飛行船をコンドル3上に下ろした。

要員であるスカイ21、22らが出てきて飛行船をしっかりと係留する。

固定が完了したところで、仁はエルザとハンナの手を引きながらゴンドラから下りた。礼子とエドガーがそれに続く。

「よし、じゃあ行こう」

転移門(ワープゲート) をくぐる一行。飛行船はコンドル3が蓬莱島まで運んでくるだろう。

『しんかい』から蓬莱島へ。ハンナも数度の転移ですっかり慣れたようである。

「わあ、もうほうらいとうだ!」

研究所から外へと走り出るハンナ。元気である。

ハンナ専用の 隠密機動部隊(SP) 、イリスとアザレアがここで合流。その2体は飛行船に乗せるわけにいかなかったので、ロイザートの屋敷地下に隠した 転移門(ワープゲート) を使い、一足先に蓬莱島へ戻って来ていたのである。

* * *

ショウロ皇国の首都ロイザートから、目的地であるクライン王国の首都アルバンまではおよそ800キロメートル。

無理をすれば1日で飛べる距離だが、仁は2日の予定、と言い置いてロイザートを出てきた。

つまり蓬莱島でまるまる1日を過ごしても余裕があるということになる。

この時間を利用して、仁はいろいろな手を打っておくつもりだった。

「さて、それじゃあ始めようか」

仁はエルザの前に、1つの記録用 魔結晶(マギクリスタル) を差し出した。

「……ジン兄、これ、何?」

怪訝そうなエルザに、仁は説明をする。

「更なる知識への鍵だ」

言ってから、あまりにも厨二病な物言いに恥ずかしくなる仁。だが、エルザは真剣な目で仁を見つめていた。

「ジン兄、それって、この 魔結晶(マギクリスタル) には科学知識が……?」

仁が言った言葉の意味を、エルザはちゃんと理解していた。

「ああ、そうだ。以前、初級篇の知識を 知識転写(トランスインフォ) していたな? これは中級篇だ」

初級篇は中学生レベルの科学知識などであったが、中級篇では高校生レベルとなる。漢字知識やアドリアナ・バルボラ・ツェツィの魔法工学知識も一部含まれていた。

「今のエルザならもう使いこなせるだろう」

「ジン兄……」

「エルザが自分の意志でクライン王国へ行くと決めた、そのはなむけと思ってくれ」

仁としても、エルザの身の安全のため、できるだけのことはしてやりたかったのである。

「……うれしい」

エルザは、はにかみながら 魔結晶(マギクリスタル) を受け取った。

「『 知識転写(トランスインフォ) 』」

すぐにその知識を自分用の 魔結晶(マギクリスタル) に転写後、改めて吸収する。

初級篇と比べ、さらに高度な知識を受け取ったエルザは、一瞬ふらついたが、すぐに立ち直った。

「大丈夫か?」

「……ん」

仁はエルザを労り、椅子に座らせた。

「……」

10分ほど、新たに増えた知識を確認するようにじっと俯いたままでいたエルザであったが、やがて顔を上げ、心配そうにのぞき込む仁と目が合うと、にっこりと微笑んで見せた。

「ジン兄、ありがとう」