作品タイトル不明
19-11 クライン王国へ
「本日来てもらったのは他でもない。エルザ嬢に頼みがあるのだ」
宰相が話し始めた。その顔に沈痛さは窺えないので、緊急を要するような内容ではなさそうだ、と仁は思った。
「クライン王国のアロイス3世が、夏前頃から体調を崩されていてな」
その話は少し前に聞いてはいた。7月の終わり、熱気球をクライン王国に譲渡したときのことだ。
あれから容態が良くなっていないということは、少々気になるところではある。
「 魔素通話機(マナフォン) での情報なので詳しい症状まではわからんが、起き上がれないほど容態が悪いそうだ」
「……顔色、とかはわかりませんか?」
少し考えた後、エルザが口を開いた。
「うむ。少し白目が黄ばんでいるらしいが、詳しいことはわからぬ」
「そうですか……」
可能性として、かつて、サキの祖父テオデリック侯爵が患っていた肝硬変が思い浮かんだが、まだ断定するには情報が少なすぎた。
「それでだな、クライン王国としては我が国だけでなく、エゲレア王国にも、よい治癒師はいないか、という打診をしてきたのだ」
クライン王国内の治癒師では王の病を治せなかったのであった。
「我が国としては、以前テオデリック侯爵を見事に治したエルザ嬢が適任ではないかと、私も陛下も意見が一致してな。どうであろう、ショウロ皇国の治癒師としてクライン王国へ行ってもらえないだろうか?」
「……」
長考するエルザ。以前、仁やハンナと一緒に首都を訪れた際、第3王女のリースヒェンと知り合いになっている。ゆえに彼女の父であるアロイス3世を治してあげたいという気持ちはある。
だが、治してあげたい気持ちと実際に治せるかどうか、ということは別である。今回、ショウロ皇国の治癒師代表として派遣されたなら、エルザの失敗はそのまま国の失敗になる。
躊躇っているのはそのためであった。
「治せなかったときの責任を気にしているのかしら? それなら気にすることはないわ」
女皇帝がエルザに言葉を掛けた。ハンナと遊んでいるように見えたが、こんなところはさすがだ。
「自国の治癒師が治せないから他国に救いを求めてきたんですものね。駄目だからといって恨まれたらたまらないわ」
そう言って女皇帝はエルザに笑いかけた。
「無理にとは言わないわ。嫌なら断ってもいいのよ?」
「……」
エルザはゆっくりと顔を巡らせ、まず仁の、次いでハンナの、そして礼子の顔を見、最後にもう一度仁の顔を見た。そしてその口から紡がれた言葉は。
「……行きます」
「え?」
「行かせて下さい。やれるだけのことはやって、みます」
「わかったわ。あなたには…… 国選治癒師(ライヒスアルツト) の肩書きを与えます」
日程としては明後日、できれば明日出発してほしいとのことであった。仁は、自分が飛行船で送り届ける、と申し出た。
「それは助かるわ。熱気球の倍は速いでしょうからね。道中の安全も心配いらないでしょうし、ジン君はクライン王国にも顔が利くようですからね」
そして最後に仁とエルザの手を取ると、
「ジン君、エルザをよろしくね。エルザ、ジン君を支えてあげるのよ?」
と、励ますように言って一行を送り出したのである。
* * *
「エルザ、良かったのか?」
女皇帝の執務室から退室したあと、仁はエルザに尋ねた。
「ん。やってみる。いつもいつも、私はジン兄たちに守ってもらってばかりだった。アロイス3世は、あの、リースヒェン王女のお父さん。治せるなら治してあげたい」
「……そうか。わかった。俺もできるだけ手伝うよ」
「うん」
「おにーちゃん、おうじょさまのお父さん、びょうきなの?」
話を聞いていたハンナが、心配そうな顔で仁に尋ねた。
「ああ。そうらしい。だからエルザが診察しに行くことになったんだ」
「そうなの? おねーちゃん、治してあげてね?」
エルザは優しい微笑みを浮かべ、ハンナの頭を撫でた。
「うん。精一杯、やってみる」
* * *
一旦館に帰り、仕度を調えることにする。
「ふうん、そういうことになっていたのか」
一足先に帰っていたラインハルトが難しい顔をした。
「アロイス3世の病気は重そうだな」
「ああ。だが、老君なら何か情報を掴んでいるんじゃないかな?」
老君はクライン王国王城にも 第5列(クインタ) を派遣しているはずであった。
仁は礼子に、老君と連絡を付けるよう指示する。 魔素通信機(マナカム) はまだ設置していなかったのだ。
「……」
礼子はしばらく無言でいた。老君とやり取りしていたのである。
「……お父さま、アロイス3世の容態についてやや詳しいことがわかりました」
礼子の報告によると、黄疸の症状、痩せてきているのにお腹が異常に膨れているそうだ。
「……肝臓に異常があるのは間違いなさそう」
難しい顔でエルザが言った。
「あとは、いい。あまり先入観を持つのは良くない、から」
その先は自分の目で確かめる、とエルザは言った。
次は準備である。仁は、最初と最後だけ飛行船で行くつもりであった。
「そうだな、飛行船で出発して、上空で『コンドル3』に出迎えてもらい、そのまま蓬莱島へ行こう。向こうで準備をしたら、転送機でクライン王国付近まで転移すれば、道中余計な気を使わずに済むし、第一安全だからな」
仁の飛行船で行く、という裏にはこういう手段も取れるということ。
蓬莱島で治療薬や治癒の魔導具などの準備をし、ナースゴーレムも連れていけばいい、と話がまとまった。
「あとは、バロウとベーレはどうするか。ここにいてもらうか、カイナ村に帰るか……」
「ジン、僕のところで預かろうか?」
ラインハルトの申し出を、仁はありがたく受けることにした。
「そうだな。ラインハルトのところでいろいろ勉強してきてもらうのもいいか」
ということで、バロウとベーレは、この機会にラインハルトの屋敷で預かってもらうことにした。
彼等の同僚は(かろうじてミーネがいるとはいうものの)そのほとんどがゴーレムメイドやゴーレム執事ばかりであり、人間の執事や侍女がする仕事のことをもう少し覚えておいてもいいだろうという考えからである。
「わかりました。勉強してきます!」
バロウもベーレもラインハルトの館『 蔦の館(ランケンハオス) 』で働けるのが楽しみなようであった。
「さて、ハンナはどうする?」
一緒に来るか、カイナ村に帰るか、と仁はハンナに聞いた。
「うーん、おうじょさまに会いたい。で、げんきだして、っていってあげるの」
「そうか。わかった。一緒に行こう」
これでメンバーは決まった。仁、エルザ、ハンナ、礼子、エドガーの5人である。
飛行船にはまだ若干の余裕があるので、考えた末、乾燥剤の無償サンプルを持っていくことにした。60キロ程度の荷物なら余裕である。
場合によっては重力魔法で軽量化することも視野に入れていた。
「よし、こんなものかな。明日、宰相に話を付けて出発しよう」
そういうことに決めたのである。
ラインハルト夫妻は翌日カルツ村に帰るので、その時にバロウとベーレを伴っていくことになる。
屋敷にはバトラーDやゴーレムメイドがいるので問題ない。
その夜は仁の屋敷でささやかなパーティが開かれた。ラインハルトの男爵への昇爵祝い、それにエルザの壮行会である。仁自身は相変わらずのマイペースだ。
「改めて、ラインハルト、おめでとう」
「ありがとう。これもジンたちのおかげだよ」
そんなラインハルトはエルザにエールを送る。
「エルザ、しっかりな。ジン、エルザを頼むよ。エルザの決心を支えてやってくれ」
「ああ、もちろんだ」
「それに『素手の誓い』を受け入れてやってくれよな」
「え?」
「ライ兄!」
顔を赤くしたエルザがラインハルトを睨む。
「え? 何? ジンに知らせてなかったのか?」