軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19-10 エルザの決心

「……そう、決心したのね」

カレンはエルザの顔ではなく、もう少し下を見ながら微笑んだ。

「ん?」

仁はその視線を追ってみる。見えるのはエルザの手。

いつも通り、白くて細い指。右手の中指には仁が作った 守護指輪(ガードリング) 。爪は綺麗に切り揃えられ、マニキュアの類は付けていない。

地球では、自ら手仕事をしなくてもいい身分であることを示すため、爪を長く伸ばしていたという逸話があることを仁は思い出した。

「あれ?」

わずかな違和感を感じる仁。はっきりと見える手……。

「そうか」

そう、エルザは手袋をしていないことに今、気付いたのである。

貴族女性は、パーティのときには必ずと言っていいほど、手袋を嵌めている……ような気がする、と仁は記憶を思い起こしてみる。

「エルザ、今日、手袋を忘れたのか?」

「……違う」

「なら、何か理由が?」

「……そう」

「その理由って?」

「……言えない」

なぜか仁には説明したくないように、横を向いてしまうエルザ。仁はカレンに尋ねてみることにした。

「カレンさん、わかります?」

だがカレンは艶然と微笑むだけ。

「いいえ、私の口からも申し上げられませんわ。ジン様、察してお上げなさいな」

そんな言葉を残して、カレンはやや足早に立ち去っていったのである。

「おにーちゃん、あたしもてぶくろ、してないよ?」

ハンナが両手をひらひらさせて仁に告げる。そんなハンナの頭を仁は優しく撫でた。

が、やはり気になるものは気になる。

「……エル……」

改めて仁がエルザに尋ねようとした、その時。

「皇帝陛下のおなーりー!」

声が響いて、その場にいたものは全員話をやめ、部屋奥を見つめた。

向かって右にある扉が開き、女皇帝、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロが現れた。

「皆の者、出席、大儀である」

一言声を掛け、玉座に腰を下ろした。それを引き継ぎ、宰相ユング・フォウルス・フォン・ケブスラーが口を開く。

「本日は、我がショウロ皇国に、新たに4人の男爵が誕生したことを告げると共に、国家の前途を祝う目的で集まってもらったわけだ」

その声が消えると同時に、向かって左手の扉が開き、4人の青年が入場してきた。

彼等は玉座より一段低くなった壇上に、横一列に並んだ。

「叙爵式は滞りなく済んだ。新男爵は4人」

司会を務める秘書官の声が響いた。

「カルツ村領主、ラインハルト・ランドル・フォン・アダマス。エトコ町領主、クラルグ・シェール・フォン・ドルムス。イーノ村領主、ブラウゼ・アルハウズ・フォン・フルト。近衛部隊大尉、マテウス・ガイスト・フォン・リアルガー。以上である」

4人の名前が読み上げられる。左端のマテウスはラインハルトの友人でベルチェの兄である。

「マテウスも男爵位をもらったんだな」

中の2人は、地方の町と村の領主らしいが仁は面識がなかった。

そして右端がラインハルト。

4人は、ショウロ皇国で男爵位を表す茶色のローブを羽織っていた。

4人が入場し、名前が読み上げられる2分足らずの間に、侍女が列席者に白ワインの入ったワイングラスを手際よく配って回る。

再び女皇帝が立ち上がった時には全員が手にワイングラスを持っていた。蛇足ながらハンナはジュースが入ったグラスである。

「では、新たな男爵の誕生を祝い、乾杯!」

女皇帝の声に、全員がグラスを掲げたあと、注がれたワインを飲み干した。

「以降は懇親会とする。皆、くつろぐように」

その言葉を最後に女皇帝と宰相は退席した。

一気に賑やかになる会場。列席者たちは新男爵に祝辞を述べたり、列席者同士話し合ったりしている。

「やあ、ジン」

「ジン殿、ご無沙汰しております」

ラインハルトとマテウスが揃って仁のところにやって来た。横にはベルチェともう1人、金髪碧眼の女性が。

「マテウスの家内で、シアラと申します」

仁に向かって挨拶。

「ジン殿は初めてですね。聞くところによると、ジン殿の屋敷の向かいがヘケラート家だとか」

「ああ、そうだけど?」

「そこはシアラの実家なのですよ」

シアラの旧姓はヘケラート。シアラ・ヘケラート・フォン・ラブラ。現在はもちろんシアラ・ガイスト・フォン・ラブラとなる。

「やあマテウス、それにシアラ。この度はおめでとう」

またしても聞き覚えのある声。

「ジン殿、先日は失礼した」

シアラと良く似た金髪碧眼の女騎士。女皇帝の護衛に付いていたフローラである。

「フローラ姉さま、ご無沙汰してます」

「義姉さん、お久しぶりです」

フローラのフルネームは、フローラ・ヘケラート・フォン・メランテ。ヘケラート家の長女で、シアラの姉なのだそうだ。

「マテウスも男爵か。ついに追い越されてしまったな」

フローラは女性騎士、つまり士爵だから、男爵であるマテウスの方が一応上と言うことになる。

軍としてみると、フローラは近衛騎士隊、マテウスは近衛軍第3中隊隊長で大尉。なかなか難しいところ。軍事関係に疎い仁には何が何やら、というのが正直なところだ。

「いえいえ、陛下のおそば近くお仕え出来るフローラ義姉さんの方が格上ですよ」

「ああ、名前を呼ぶのはやめてくれ。どうにも好きになれない」

「まあ姉さま、まだそんなことお気にしてらっしゃるのですか?」

「……?」

マテウスたちの会話の意味が理解できない仁。そんな様子を見てとったのか、シアラがそっと説明してくれた。

「姉は昔から男勝りでしたの。騎士学校に通うほどに。それで、『フローラ』という名前があまりにも女っぽいので好かない、といつも言っているのですわ」

「……なっ、シアラ! 余計な事を言うんじゃない!」

振り向いたフローラの金髪が光る。さらさらのストレートヘアはボブカットにされており、彼女の動きにつれて翻り、光を反射した。

「……で、主人と同期で卒業し、従騎士を経て正騎士になったんですの。男勝りですが生真面目で、融通が利かない姉ですが、仲良くしてやってくださいまし」

「シアラ!」

クライン王国のグロリア・オールスタットといい、このフローラといい、女らしい女性騎士はいないのか、などといささかこの世界の女性に失礼なことを考える仁であった。

考えてみれば、仁の考える『女らしい』女性は騎士になんてなろうと思わないであろう。

* * *

夕方、午後5時に懇親会は終わり、解散となった。

懇親会とはいえ、新男爵のためのものなので日中に行われ、規模も小さいものなのだ、と退出しながら仁はラインハルトから聞いた。

「ジン殿、エルザ殿、ハンナ殿、レーコ殿、陛下がお呼びです」

「はい?」

帰りかけた仁たちに女皇帝の秘書官から声が掛かった。従騎士である礼子の名前も呼ばれている。

「……いったい何だろう?」

考えても答えは出ない。仁たちは秘書官に先導されて執務室へと向かう。

「陛下、お連れしました」

「入ってちょうだい」

通された執務室には女皇帝と宰相が待っていた。

「帰り際に呼び立ててごめんなさいね。仕事が今まで掛かったのよ」

そう言いながらも女皇帝の目はハンナに向かう。

「ハンナちゃん、こんにちは」

「こんにちは、へいか」

女皇帝はハンナを手招いた。ハンナはとことこと女皇帝の元へ。ハンナの手を取りつつ、女皇帝は呼び出したわけを口にする。

「今日はエルザに話があるの。詳しい話は宰相から聞いてちょうだい」