作品タイトル不明
19-06 食材発見
叩く物じゃない、という声に老子は、微笑みながら返事をする。
「これは失礼。食べ物を粗末にしてはいけませんね」
すると、声の主は意外だ、という顔をした。
「これは驚きました。それを食べ物だと当てた人はお客さんが初めてですよ!」
奥から出て来た声の主は30前くらい、明るい茶色の髪、グレイの目の男だった。老子はこれが店主のオリヴァーだろう、と見当を付ける。
「ご主人ですか?」
「え、ええ、店主のオリヴァーといいます。お客さんは……遠くからおいでですか?」
老子の格好……小群国では標準的な執事の格好を見て、オリヴァーは少なくともこの近所の町からではないことを察したようだ。
「はい、主人に命じられまして」
嘘ではない。仁が懸命に求めている食材である。
「その手にされている物が食べ物だとご存知なのですね?」
「ええ。鰹節でしょう? これを薄く削り、お湯に入れてエキスを取り出し、スープなどに利用するのですね」
老子がそれを口にした途端、オリヴァーは飛び上がった。
「なんと! そうやって食べる物だったんですか!」
「は? ご存じなかったのですか?」
「え、ええ。恥ずかしながら……」
細かく砕いてしゃぶってみたりもしたが、あまり美味くなかった、とオリヴァーは言った。
「あなたのご主人様はよくご存知でしたね! 仕入れては見たものの、名前は分かれど詳しい使い方は分からず、いささか困っていました」
「ええ、何でも、主人の家に代々伝わる言い伝えらしく」
嘘をつく必要はないが真実を全て話す必要もないので、老子は適当に誤魔化しておくことにした。
「要するに『旨味』を抽出して使う食材ということですね。元が魚なので、野菜などの煮物に使うといいようですよ」
「なるほどなるほど! ……もしよろしければ、何か一品、作り方をお教えいただけませんでしょうか? あ、その際はその『鰹節』、1本は無料とさせていただきます」
オリヴァーとしては、使い方がわかれば、この鰹節という食材ももっと売れるようになるのではないか、と思ったようだ。
老子は、仁が和食や日本文化を広めることにやぶさかではなかったことを知っているので、その申し出を受けることにした。
「わかりました」
「おお、ありがとうございます! 台所をお使いになりますか?」
そこで老子はオリヴァーと共に台所へ向かった。
「まずは『削り節』を作ります」
鰹節削り器が無いので、老子は護身用のナイフを出し、オリヴァーが差し出した鰹節を削り始めた。少し欠けているのは砕いてしゃぶったりしたせいか。
「ほうほう、そんなに薄く削るのですね!」
老子は削り節を、水を張った鍋に入れ、火に掛けた。
「使い途によって、沸騰する直前に火を止める場合と、沸騰させてしばらく置くやり方があります。沸騰させると魚臭さが出るようです」
ペリドリーダーが積み重ねた知識も動員して説明していく。
「エキスを取ってしまったあとは網ですくい取ります。これは一部の家畜に食べさせることもできますよ」
江戸時代などは猫に食べさせていたらしい。
「これが『鰹出汁』です」
「ふうむ……これをスープに使うんですね?」
「ええ。……野菜は何がありますかな?」
「この辺は野菜が貴重なので乾燥野菜が少しあるだけです」
だが、老子は棚に数個の卵があることに気が付いた。
「この卵は使っても?」
「ああ、それは 砂喰鳥(サンドバード) の卵ですね。どうぞお使い下さい」
砂喰鳥(サンドバード) はハリハリ沙漠に棲む中型の鳥で、スコルピアを捕食するのだそうだ。肉はまずくて食べられないが、卵が食用になるのだとオリヴァーは説明した。
老子は卵スープを作るつもりだった。
卵を出汁を取ったお湯に落とし、かき混ぜて散らす、塩で味を調えて出来上がり、なのだが、乾燥した葉野菜を少しだけ入れてみた。
「さあ、どうぞ」
自ら味見をし、塩加減を確認した老子は卵スープをオリヴァーに差し出した。
受け取ったオリヴァーは一口飲んでみて、
「これは美味しいですね!」
と、驚いたように言った。
「こんな簡単に味を良くすることができるなんて!」
だが、その言葉を老子は否定した。
「いえ、使う事は簡単ですが、鰹節を作るに当たっては相当手間が掛かっているはずですよ」
仁から教わった知識である。その仁もおそらくマンガで仕入れた知識だろうが、その言葉にオリヴァーは感心した。
「確かにそれは言えますね。いや、ありがとうございます。使い方もわかりましたし、約束通りお代は1本分で結構ですよ」
1本の値段は400トール、約4000円であった。
これだけ値引きをしても、鰹節の使い方がわかったのだから安いものだろう、と老子は思う。とても400トールと引き替えにできる知識ではない。
が、オリヴァーとの繋がりを得るという意味において、老子は成功したと考えていた。
「仕入れておきますので、よろしければまたどうぞ」
去り際のオリヴァーのセリフに老子はさりげなく聞き返す。
「今度はいつ頃になりそうですか?」
聞かれたオリヴァーは一瞬躊躇したが、すぐに笑顔を浮かべて返答する。
「5日後くらいになるかと思います」
「ほう、それならまだこちらに滞在しておりますね。また寄らせていただきますよ」
「どうぞごひいきにお願い致します」
予想外の方法ではあったが、オリヴァーとの繋がりが出来、老子は満足していた。
「さて、残るは異民族の件ですね」
老子は、おそらく5日以内にオリヴァーは鰹節を仕入れられる相手と会うに違いない、と推測したのである。その相手が異民族という可能性は大だ。
が、違法すれすれの取り引きである。おそらくショウロ皇国の密偵にも気取られないような慎重さを以て行動しているのだろう。焦ってはならない、と老子は自らを戒めた。
「この機会をどう生かしますかね……」
老子を使役している蓬莱島の魔導頭脳『老君』は、仁に報告すべきと結論した。
それで、老子には手に入れた鰹節2本を 転移門(ワープゲート) で送るよう指示を出す。
受け取った鰹節があれば仁を呼び出す十分な理由になるだろうと考えたのである。
* * *
『 御主人様(マイロード) 、鰹節が見つかりました』
その情報を聞いた仁は、老君が予想したとおり、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「鰹節が手に入ったって!?」
眠気もふっとんだようである。
『はい、先程老子から送られて来ました』
「すぐ行く!」
仁は工房から司令室へと駆けていく。礼子も続いた。
「おお!」
司令室のテーブル上には、仁が求め続けた鰹節が2本載せられていたのである。
「これで味噌汁作ってもらいたいなあ……」
仁の呟きに、控えていたペリドリーダーが返事をする。
「わかりました。さっそくに。そしてご主人様、1本は調理用に、もう1本は研究用に使ってもよろしいでしょうか?」
鰹節というのは、カビを付け、そのカビの力でタンパク質をアミノ酸に変え、旨味を出している。そのカビの種類を特定したり、加減を研究したりするサンプルが欲しいというのであった。
「ああ、いいとも。老君によると、またじきに手に入るようだからな」
「ありがとうございます。お食事は何時にご用意しましょう?」
「そうですね、1時間後に」
礼子は、仁が睡眠不足なのを知っているので、1時間ほど仮眠を取ってもらいたかったのである。
「そうだな。その頃にはエルザとハンナも帰ってきているだろうから、3人分、な」
「承りました」
ペリドリーダーは鰹節2本を持って下がる。
仁は館に布団を敷き、仮眠を取ったのである。