作品タイトル不明
19-05 イスマルの町
イスマルの町は、ハリハリ沙漠にほど近い場所にある。
沙漠に棲む『 砂虫(サンドワーム) 』の害を防ぐために、周囲は高さ5メートルほどの石塀で囲まれている。
もちろん町のあたりは沙漠ではなく、地中からの害は無いからこその塀である。
ところでここは、 転移門(ワープゲート) の暴走で行方不明になった仁を捜すべく、礼子が訪れたことがある町だった。
「ふむ、これがハリハリ沙漠ですか」
砂から30メートルほど突き出した黒い岩塊に穿たれた横穴。そこに 転移門(ワープゲート) が巧妙に隠してあった。
そこから外に出た老子とアンは物珍しそうに周囲を見回した。
赤茶けた砂の原が見渡す限り続いている。所々に岩が突き出している他は、植物も見あたらない荒涼とした風景である。
空気も酷く乾燥しているのだが、老子にはそこまで感じ取ることはできなかった。
「確か、おねえさまがごしゅじんさまをお捜ししてあちこち巡ったとき、3度目に出た場所だということです」
設置された 転移門(ワープゲート) に劣化がないことを確認したアンがぽつりと言った。
「そうでしたね。……こうした 転移門(ワープゲート) ですが、守る担当を付けた方がいいかもしれませんね」
巧妙に隠蔽されており、仁と仁の配下しか使えないようセキュリティがあり、更には中間地点となる『しんかい』で警備しているが、大元の 転移門(ワープゲート) を守護する必要もありそうである。
「ミニ 職人(スミス) あたりが適任でしょうかね」
守ると同時に、奪われそうになったら破壊してしまえばいい、と考えた老子は、見つかりにくい小型ゴーレムが適任だろうと判断したのだ。
近いうちに仁に提案してみることにした老子である。
* * *
転移門(ワープゲート) の守護者については『老君』と仁に任せ、老子は自分の役目に専念することにした。
ところで、『老君』は、その膨大な処理能力ゆえに、それを分割して幾つもの並列処理を行うことができる。
その分割した機能の1つが『老子』なのである。『老子』は『老君』であるが、『老君』は『老子』ではない。
『老子』は『老君』のごく一部に過ぎず、『老君』はいつでも『老子』の行動、知識、経験を閲覧し、介入することができる。
言わば『老子』は、一時的に分離した『老君』の別人格と言っていいかもしれない。
「さて、 第5列(クインタ) が迎えに来ているはずですが」
「老子、あそこに」
アンが指差す方角には、 第5列(クインタ) の1体、レグルス42が手を振っていた。茶色の髪、茶色の目、中肉中背。ありふれた容姿となっていた。
「ようこそ、老子」
「出迎えご苦労さま。あなたはなんと名乗っているのです?」
「はい。『グラル』とお呼びください」
「わかりました、グラル。状況はどうです?」
定期的な報告は受けているが、ここ1日分の報告はまだであったので、その分の情報を欲する老子。
「はい、歩きながら説明します」
ということで、老子、アン、そしてレグルス42『グラル』の3人はイスマルの町目指して歩き始めた。
30分ほど歩くとイスマルの町である。折から昼時、巡らされた石塀の門は開け放たれており、人々が出入りしていた。
「特にきな臭い様子は無いですね」
「はい。ですが、異民族の手がかりは少しだけ掴めました」
「一昨日の報告にありましたね。詳しく聞かせてください」
そこで老子は、町の手前で話を聞いてしまうことにした。
石塀から少し離れ、周囲に人影がないことを確認した後、グラルは話し始めた。
「昔から、非公式にですが異民族との交流……いえ、『通商』が行われていた節があります」
「なるほど」
有り得ない話ではない。国対国と個人対個人は別、という考えの者は商人に多く、そのような考えを持つ者同士が出会えば、取り引きを行う事もあるだろう。
「そして、異民族は思ったよりも進んでいるようですよ」
「ふむふむ」
「蓬莱島でも見たことのないものを作っているようです」
「なんですって?」
「『かつおぶし』と呼ばれていました」
それは、仁も興味を持ちそうな情報である。その『かつおぶし』があの『鰹節』であれば、老子をして、異民族との接触を決断させるのに十分な動機になった。
* * *
石塀の内側、すなわちイスマルの町へと移動した老子たちは、宿に部屋を取っていた。
食事別で1人1泊400トール。この町として標準的な宿屋である。名は『沙漠の小鳥亭』。
沙漠に小鳥がいるのかという声が聞こえてきそうだが、このあたりでは沙漠に棲息するスコルピアという蠍に似た小型の魔物をシャレで小鳥と呼んでいるのだ。
きいきいと甲高い声で威嚇してくるからというのがその理由である。
「さて、これからどうするか、ですが」
宿の部屋で老子はアンとグラルに向かって仕切り直した。
「まずは異民族との接触を行う必要がありますね」
鰹節を手に入れるにせよ、侵攻の真偽を確認するにせよ、異民族と接触しないことには話にならない。
「簡単にはいかないでしょう」
グラルが発言する。
「異民族はとても慎重だと言うことです。まずは異民族と取り引きをしている商人と知り合うところから始める必要があるでしょう」
「心当たりがあるのですか?」
「はい。2人、これはと目星を付けた商人がいます。1人は『オリヴァー』。まだ若いですがなかなかのやり手です。もう1人は『ルドマン』、中年の大商人です」
レグルス42、グラルはかなり調査を進めていたようである。
「ですが、2人ともかなり慎重でして、不用意に近付くのは危険と判断しました」
「危険というのは?」
「はい、2人ともこの町の警備隊と繋がりがありますし、私費で護衛を多数雇ってもいます。その者たちと騒ぎを起こすのは得策ではないと判断しました」
「わかりました」
「そしてもう1つ。おそらくショウロ皇国の密偵と思われる者が数名……私が確認した限りでは3名、潜入しています」
「ふむ、おそらく異民族のことを調べているのでしょうね。彼等は何か掴んでいるのですか?」
ショウロ皇国の密偵が有益な情報を掴んでいるのであれば、自分が無理する必要もない、と老子は考えたのである。
「いえ、彼等にもまだ掴めていないようです。異民族はかなり慎重にやっているようで」
老子は、いや、老君は考え込んだ。異民族も違法すれすれの取り引きをしているわけであるから、おいそれと尻尾を掴まれるようなことはしないのだろう。と、するとどうするべきか。
「取り引きの場をこっそりと押さえますか……」
とも考えたが、それでは相手が老子を警戒してしまうだろう。摘発することが目的ではないから、その線は却下である。
「やはりこちら側の商人と、地道にお近づきになるのがいいのでしょうかね」
「はい、老子でしたらできると思います」
商人が欲しがりそうな物を作り出し、それを切っ掛けに仲良くなるというやり方は有効そうである。他にも幾つかの手が考えられた。どれを使うかはその場で決めることになるだろう。
「地道に行きますか……」
まずは若い方、『オリヴァー』の店を覗きに行くことにしたのである。
老子はアンを伴い、一通りイスマルの町を巡り、その地理を記憶した。それからアンに町中での情報収集を頼み、1人でオリヴァーの店へと向かったのである。
オリヴァーの店はイスマルの町外れにあった。町外れとはいえ活気がある。どうやら一帯は新興地らしく、上り調子の店が多いようだ。
大きな看板が掛かっていて、一目でオリヴァーの店とわかるようになっている。
老子はさっそく中を覗いてみることにした。
いわゆる『 萬屋(よろずや) 』に分類されるような、種々雑多な品物が並んでいる。
(ほう、面白いものがありますね)
中央では見ないような形式のシャツが並んでいた。袖口と襟元を紐で縛るようになっている。砂の侵入を防ぐためのものだろう、と老子は推測した。
同様に上着類もフードが付いているものがほとんど。更に靴も、浅い靴は僅かで、ブーツ状になった深い物が多い。
(ハリハリ沙漠という環境のためですね)
老子はさらに店内を巡っていく。
(こっちは食糧ですね。……おお、これが鰹節ですね!)
ついに鰹節を目の当たりにした老子。
(確か…… 枯節(かれぶし) というのでしたっけ)
手に取ってみると、硬い感触。『世界で最も硬い食品』といわれるほどの硬さを誇る枯節である。
(作り方さえわかれば、蓬莱島でも作れるのでしょうけど)
陳列されていたのは2本。老子はそれぞれを手にし、打ち合わせてみる。
かあん、という澄んだ高い音がし、いかに硬いかがわかるようだ。
と、その時。
「お客さん。それは叩く物じゃありませんよ」
奥から声がしたのである。