作品タイトル不明
19-04 仁の葛藤
ショウロ皇国首都、ロイザートに仁がもらった屋敷の一帯は中級貴族の屋敷が多い区画である。
都市計画に沿って作られたため、敷地面積は一様に約500坪。敷地は正方形なので一辺が40メートル強となっている。
向かって右隣はウッドルフ・アーベライン・フォン・エルム伯爵家、向かって左隣はフォルカー・ゴルトマン・フォン・オルク子爵家。
お向かいさんはヨルゲンス・ヘケラート・フォン・パドック子爵家である。
いずれも、政府の各省でそれなりに重要なポストに付いている家柄であった。
「……『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』?」
「はい、そう伺いました」
向かいの屋敷に住むヘケラート子爵は大きく頷いた。
「なるほど。屋敷改装の手際の良さからして只者ではないと思っていたがな」
ヨルゲンス・ヘケラート・フォン・パドック子爵はショウロ皇国産業省次官。
「あの技術博覧会で見た彼の飛行船は忘れられない」
大きく1人かぶりを振りながら呟いた。
そして両隣はショウロ皇国魔法技術省に勤務しているため、これもジンの名前と業績はよく知っていた。
「落ち着いたら挨拶に行くか」
両家ともそんなことを思っていたようだが、いきなり女皇帝陛下のお成りがあったのを見て、仰天していた。
「……陛下がそこまでお認めになるのか……やはり重要人物なのだな」
* * *
仁の屋敷では、専属となった5色ゴーレムメイドたちが細部の整備に勤しんでいた。
加えて、老君も警備態勢を強化しておこうといろいろ画策していたのである。
「あ、ねこちゃんだ」
朝起きて顔を洗うとすぐ屋敷内を探検して歩いていたハンナが猫を見つける。もちろんゴーレムで、屋敷内の警備とネズミなどの害獣対策用である。
因みに2匹いて、三毛猫は『ミケ』、茶色の虎猫は『トラ』と名付けてある。
にゃあ、と一声鳴いてハンナに顔を擦りつけたミケはマイペースに廊下を歩き去り、トラはハンナが抱きかかえるままにじっとしていた。
「うふふ」
ご機嫌な顔でトラを抱きかかえたまま廊下を歩いて行くハンナ。廊下の突き当たりは階段、上へ行こうか下へ行こうかと思案していると後ろから声が掛かった。
「ハンナちゃん、おはよう」
エルザであった。蓬莱島での討論を終えたあと、部屋で短時間眠っていたのだ。そのせいか、少し眠そうである。
「エルザおねーちゃん、おはようございます!」
元気に朝の挨拶をするハンナ。
「ハンナ、おはよう」
仁も起きてきた。こちらも眠そうな顔をしている。
「あ、おにーちゃん、おはようございます!」
もうハンナは仁に対しても『おはよう』ではなく『おはようございます』という。マーサに躾けられたのだ。
「あ、ジン様、エルザ様、ハンナ様、もう朝食の準備ができております」
そこにベーレがやって来て、3人を見つけると食事の仕度が調ったことを告げた。
「はーい!」
抱いていたトラを床に下ろし、ハンナは元気よく返事をした。仁とエルザも頷いたのである。
「うわあ、おいしい!」
今朝の献立は白米のご飯、油揚げと豆腐の味噌汁、白菜(に良く似た野菜)の漬け物、アジ(と思われる魚)の干物、そして梅(そっくりの実)干しである。
カイナ村での教育の甲斐あって、ハンナは箸もフォークも使いこなせるようになった。
加えて、梅干しも食べられる味覚。仁としては嬉しい限りである。
エルザも同様。バロウとベーレも和食への適応は早く、蕎麦アレルギーなどもないため、仁としては遠慮なく献立に注文を付けられる。
5色ゴーレムメイドのペリド102が家事全般を管理しているため、食材の調達も過不足無い。
基本的に現地調達、足りないものは蓬莱島から取り寄せているわけだ。
「……おかわり」
エルザもごはんのお代わりをしている。ちなみに茶碗はアルミナを使って作った。お椀は木製で、サキが手に入れた漆仕上げ。
この一角だけ妙に和風テイストになっている。
「あとは醤油と……鰹節だな」
醤油の方は仕込み中なので時間の問題だが、鰹節はまだ見つかっておらず、蓬莱島でも作り出せていなかった。なので味噌汁の出汁は煮干しである。
「このおとうふっていうの? やわらかくておいしい」
海水から作ったにがりと大豆もどきで豆腐が作れたし、油揚げも同様。稲刈りが済んだので稲藁が手に入った今、蓬莱島では納豆にも挑戦している。
「ジン兄、干物って美味しいね」
エルザはアジ(と思われる魚)の干物がお気に入りだった。今では器用に箸を使って骨を避けつつ身をつまみ出している。
一方、バロウとベーレは箸の使い方はまだまだ初心者だった。
「今日の予定はどうなってる?」
食後に緑茶を飲みながら、仁はバトラーDに尋ねた。
「はい、こちらの屋敷も一通り落ち着きましたので、エルザ様がご近所に挨拶回りをする予定です」
「ジン兄、そっちは任せて」
エドガーを連れて、いわゆる『向こう三軒両隣』に挨拶してくるという。手土産はペルシカとシトランの盛り合わせ。ショウロ皇国では珍しい部類に入る果物である。
「うん、頼んだ」
「ご主人様には、先日陛下にお約束なさいました畳をご用意いただけたら、と」
「あー……そんなこと言ったな」
女皇帝が様子を見に訪れた際、和室を一目見て気に入ったため、畳を献上すると仁が言ったのである。
「そうなると、ゴザもいいかもな……」
蓬莱島では湿地でイグサも栽培しており、いろいろ製品化している。畳だけでなく、ゴザも併せて献上しようかと考える仁であった。
「ハンナはどうする?」
「うーん、街をみてまわりたい」
「大丈夫か?」
「ジン様、私がお供していきます」
ベーレが申し出てくれた。
「おにーちゃん、あたしならだいじょうぶだよ! まいごになんかならないもん」
ハンナ専属の 隠密機動部隊(SP) 、イリスとアザレアも付いているから大丈夫か、と思う仁。
心配な反面、過保護にしてもいけないと思うし、しっかりしていてもまだ9歳だ、とも考え、仁の頭の中はぐちゃぐちゃである。
(カイナ村にいるときは何にも思わないのに……)
それだけカイナ村が平和だと言うことなのである。
結局、悩み続ける仁を尻目に、ハンナはお出掛けしていった。
それでようやく仁も吹っ切れたのである。
「……エルザもハンナもしっかりしてきたよなあ……してないのは俺か……」
蓬莱島へ移動しながらぼやく仁を、礼子が慰める。
「お父さまはそれだけハンナちゃんをお好きなのでしょう」
(……そうなんだろうな……ハンナがお嫁に行く日が来たら……テレビドラマとかで父親が娘の結婚式とかで泣く気持ちが少しわかった気がする……)
などと益体もない事を考えているうちに仁たちは蓬莱島に到着した。
明け方までの討論の跡もなく、ひっそりしている。
仁は手早く、畳10枚を作製した。
「そういえば、畳って、敷いた広さは1畳2畳だけど、そのものを数えるときは1枚2枚でいいんだっけかな……」
などと、半ばどうでもいいようなことを考えつつ、転送機を使って10枚の畳をロイザートの屋敷に送った。
「さて、せっかく蓬莱島に来たんだ、何かすることがあったような気がするんだが……」
昨夜は夜中から明け方まで『反動消去魔法』について討論していたため、少し、いや、かなり眠けを感じている仁であった。そのため、頭がよく回っていないようだ。
「お父さま、少しだけでもお休みになったらいかがですか?」
礼子も心配して声を掛ける。
「そうだな……館で一眠りするか……」
そんな時、老君が話し掛けてきた。
『 御主人様(マイロード) 、鰹節が見つかりました』