作品タイトル不明
19-03 力
「お父さま、わたくしはどうしますか?」
魔族のときと同じように、礼子も付いていく必要があるのかどうか、という質問である。
「礼子にはこっちでいろいろ手伝ってもらいたいしな……」
「わたくしは、お父さまのおそばを離れたくありません」
老君の移動用端末である『老子』ならば単独でも十分だろうが、やはりサポート役はいた方がいい。
「よし、今回はアンに行ってもらおう」
仁はアンを呼ぶ。
「ごしゅじんさま、お呼びですか」
「アン、今回のイスマルの町へは、老子とアンに行ってもらおうと思う」
「はい、お任せください」
そこで仁は、計画の詳細をアンに伝えた。老君がそれを補足し、アンも十分な事前知識を持つことになったのである。
* * *
老子とアンが 転移門(ワープゲート) で出発したあと、礼子が仁に尋ねた。
「お父さま、おやりになりたいことって何でしょうか?」
「ああ、ハンナが寝たら、主だった者を集めて説明するよ」
現在ハンナがいるショウロ皇国首都ロイザートと、蓬莱島との時差はおよそ5時間20分。ハンナが起きるのはだいたい午前6時頃。
ロイザートが午前0時なら蓬莱島は午前5時20分ということだ。
「蓬莱島時間午前3時、仁ファミリー集合だ」
ということで、仁の呼びかけに応じたのはラインハルト、エルザ、サキの3人。
トアとステアリーナはテオデリック侯爵邸に招かれており、抜け出せないということだった。
また、今回は純粋に理論的な話になりそうなのでミーネとヴィヴィアン、ベルチェは不参加になった。
「さて、今回集まってもらったのは、先日俺が気が付いた理論について話をするためだ」
ショウロ皇国ではまだ真夜中、少し眠い目を擦って仁が話し始めた。
「まず、俺が開発した『 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) 』は知っていると思う」
そこにいる3人とも頷いて肯定の意を示した。
「これは、風魔法から反動を打ち消す部分を無くした構成にしたものということも知ってくれていると思う」
通常の風魔法は、術者にかかるはずの反動を打ち消す構成になっている。そのため、どんなに強い風を起こしても、術者にはまったく影響がないのである。
その『反動を打ち消す』のをやめれば、当然風魔法には反動が生じる。これを推進力に利用したのが『 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) 』であった。
ラインハルトとエルザは即、頷いた。そしてサキも何とかその辺までは理解してくれているようで、少し戸惑いながらも頷いてくれた。
「さて、ここからが本題だ。じゃあ、逆に風を発生させないようにしたらどうなるだろうか?」
「え? ……なるほど! 風がないのに反動を打ち消そうとする力だけが生じる、のかな?」
一番最初に答えたのはラインハルトだった。
「正解だ、ラインハルト。それを仮に『反動消去魔法』と呼ぶことにする」
「……それは、どんな力なの?」
「いやいや、その力だけ取り出すことなんてできるのかい?」
エルザとサキが疑問を口にした。
「それをこれから検討しようというんだよ」
真剣な面持ちで仁が答えた。
「なるほど、それができたら大きな前進だな!」
推進力としての革命になるかもしれない。
「予備実験で多少の目処は立っている。まずはそれを説明しよう」
仁は小さな 魔結晶(マギクリスタル) を取り出した。
「これは方向性のある重力魔法を発生させる魔導具だ」
そう説明したあと、『 魔鍵語(キーワード) 』を唱えて重力を発生させた。
「これは1Gの重力を上向きに発生させている。つまりこうすると……」
仁は小石をつまみ、 魔結晶(マギクリスタル) の上で手を放した。すると、小石は床に落ちることなくふらふらと宙に浮かんでいる。
「なるほど、重力を打ち消しているわけだな」
納得した顔でラインハルトが発言した。
「そうさ。じゃあ、これをこうすると?」
仁は 魔結晶(マギクリスタル) を90度回転させて横に向け、向けた方向にさっきの小石をつまんで持っていき、手を放した。すると、小石は斜め横に飛び出したあと、重力に引かれて床に落ちたのである。
「ふむ、重力と魔導具の力を合わせた方向に小石が飛んだ、ということだな」
「ボクにもだんだんわかってきたよ、ジン。風魔法の反動を打ち消す力っていうのは重力魔法と同じじゃないか、というんだね?」
サキが発言した。が、仁は首を横に振った。
「俺もそう思っていたんだ。だが、どうも似て非なるもの、らしい」
「え? どういうことだい?」
「つまり、もしそうなら風魔法を放った術者だけでなく、もっと遠くまで重力魔法の影響が出るはずだろう?」
「えーと……」
仁の説明が良くなかったのか、サキはその内容を消化すべく、視線を宙にさまよわせながらちょっと考え込んだ。
そのとき発言したのはエルザ。
「重力と同じだったら、ずっと遠くまで影響を受ける。でも、実際は術者にしか反動を消す力はかかっていない。そういうこと?」
「エルザ、正解だ。……俺が悩んでいるのはそこなんだよ」
仁は改めて、重力魔法と……『反動消去魔法』では効果範囲が違うことを説明した。
「そのためだと思うんだが、消費する 魔力素(マナ) も大きく違う。重力魔法の方が1000倍以上 魔力素(マナ) を喰う」
「なるほど、ジンがその『反動消去魔法』に拘るのはそこか」
魔力の『燃費』が1000倍も違うのは大きい。ラインハルトも、なぜ仁が懸命になるのかわかったようだ。
「魔力燃費が違うのは効果範囲が関係していそうだよね」
ようやく考えがまとまったサキの発言。
重力魔法は発生点から伸びる直線上にその効果を発揮し、『反動消去魔法』は術者にだけ効果を発揮している。効果範囲が違いすぎるのである。
「うん、それはほぼ間違いないと思う」
仁も同意する。
「……ジン兄、そもそも『重力』ってどういう力?」
エルザから今回の話、その根本とも言える質問が出てしまった。さすがの仁も口籠もる。
「うーん……それについては、俺にも詳しくはわからないんだ」
アインシュタインの一般相対性理論では、重力場は時空の歪みそのものである、と説明される。これはTVや科学雑誌、果てはSF系小説やアニメでも語られることであるから仁も知っていた。
が、知っていることと理解していることは別である。
「 自由魔力素(エーテル) とか魔力とか、俺のいた世界にはない力があるこの世界だから、きっと新しい理論が必要になるんだと思う」
最終的に、仁は正直にわからない、と言うしかなかった。
「理論は理論として、その『力』を利用する事はできるのかな? ……いや、ジンのことだから、目星くらいは付いているんじゃないのかい?」
そんなサキの言葉に、仁は苦笑するしかなかった。
「いや、途中で行き詰まっているんだよ」
「ふうん? ジン、僕にも詳しく聞かせて欲しいな」
「私も」
ラインハルトもエルザも興味津々という目で仁を見つめた。
「もちろん。今日はそのつもりだったからな」
そして仁はもう一つ 魔結晶(マギクリスタル) を取りだした。
「これは、『反動消去魔法』の試作品だ。だが、失敗作だ」
「ほう? 見せてくれ」
仁はラインハルトに向けてその 魔結晶(マギクリスタル) を放った。
「ありがとう。……ふむ?」
魔結晶(マギクリスタル) を受け取ったラインハルトは、さっそく書き込まれている 魔導式(マギフォーミュラ) の解析にかかった。
「ほう、これは……」
基本は風属性魔法『 強風(ウインド) 』。そこから、風を吹かせると思われる 魔導式(マギフォーミュラ) を取り除けば、理論的には『反動消去魔法』が残ると思われたのだが……。
「発動しないんだ」
苦虫を噛み潰したような顔で仁が言った。
「え?」
「……おそらくだが、『反動消去魔法』つまり『反作用』を打ち消すために働く魔法だけに、『作用』、つまり風を吹かせないと発動しないらしいんだ」
仁の推測に、サキとラインハルトは頷いた。
「なるほどな……原因あっての結果、というわけか」
「『反動消去魔法』を無くすことはできても、『反動消去魔法』だけを取り出すことはジンにも難しい、ということなんだね……」
だがその時、じっと考え込んでいたエルザは、突然思いついたように口を開く。
「『反動消去魔法』は、どうやって『作用』の大きさと同じ『反作用』を打ち消しているの?」
「え?」
「何らかの情報をどこかから得て、それを元に『反動消去魔法』の大きさを決定するのでは、どうしても『遅れ』が出ると、思う」
エルザの発言は仁を初め、ラインハルトとサキにも、その言わんとする問題点が鍵だということを感じさせた。
魔法発動と同時に、一瞬の遅れもなく、反動を打ち消している。これはどうしてか。
「それがどうしてもわからないんだ」
悔しそうな仁の声が響いた。